悩み事はほどほどに
さっくりと風呂に入り終え、比較的さっぱりとした気分で自室の布団で寛ぎの時間に浸る。
右へ左へごろごろと。気分はさながら、フンコロガシに転がされる黒い玉のよう。
両の手に携帯を携えながら転がったりしながら、少しばかりの休息に精を出す。
「あー課題。やんなきゃなぁ……」
明日までの課題を思い出しながらも、やる気は枯れた井戸のように一滴も湧いてこず。
それでも放置して明日に突入するわけにはいかないと、瞼を閉じて一日を終える気にもなれない。
やりたくないのにやらなきゃいけないという矛盾。
……まあでもそろそろやろうか。
これ以上馬鹿みたいに寝っ転がってると、いよいよそのまま寝てしまいそうで怖いからな。
「うっしやろ──」
「せー、ちょっといいー?」
気を取り直して立ち上がろうとした瞬間、三度のノックと共に声が聞こえてくる。
別に着替えてるわけでもないので平気だと答えると、一拍おいてから扉が開かれ人が入ってくる。
三冊かの本を抱えながら立っている、シンプルな部屋着を着こなす茶髪の美少女。
風呂に入ったからか、いつもより艶やかで大人な雰囲気──同い年とは思えない色気を醸し出している。
どうしよう、ちょっとどころか結構ぐっと来ちゃうんだけど。思春期には劇毒でしょこれ。
「一緒にしない? 課題」
「あ、ああ。いいぞ、ちょうど課題やろうと思ってたんだ」
とっさに出た情けない声に、
すぐに布団を畳み、小さいテーブルを広げ、教科書と筆記用具を取り出す。
座布団がないのでまくらを反対側に置くと、
「……」
「……」
無言。学生二人にしては少し寂しいが、俺達二人の間ではこれが普通のことだ。
質問は最低限。余計な雑談は含まず、ペンを走らせる音と息づかいだけが部屋にある音。
いつもならそれで好いのだが、先ほどの思考のせいか、今日は
出ていた課題が比較的楽な現代文で良かった。
例え歴史や古典が違えども、これだけはどこの世界も解き方が変わらない学びだからな。
「終わった。せーはどう?」
「もうちょい。あと一問」
「そう。じゃあ待ってるから」
とは言っても、別に口を開くわけではなく。
頬杖を突きながら、何やら微笑を浮かべてこちらを見てくるだけ。こいつクラスの美少女がやればそれだけで絵画同然の価値にはなるが、別段特別な行動を起こすわけではない。
まったく、こんな奴のことを見てたって何が楽しいのか。
そうは思いながらも待たせちゃ悪いので、浮つきをなくし頑張って集中し問題に取り組み直す。
……ふむふむ。うーん、あー、なるなるっと。
「ふーう終わった。疲れたー」
「お疲れ様。じゃあゲームでもしよっか」
どうやらゲームをご所望らしいので、テーブルを片し、小型のテレビを起動してコントローラーを一つ渡す。
今回起動したのは最大八人で遊べる対戦ゲームの最新作。
昔これの旧作をやっていた際にこいつも混じってきたのだが、それ以来ゲームをするとき、駆けつけ一杯のノリでこれから始めるのが習慣になってしまった。
……っていうか既に俺より上手い。一応配信でもやったりするんだけどなぁ。
「……ねえ、今日は配信やらないの?」
「やんねえよ。お前いるし」
「えー? 私が出てあげてもいいんだよ?」
「チャンネル名知ってる? いやまあ、別にそれで炎上するほどの人気はないんだけども」
ちょっとでも揺さぶりたいのか、からかいの含む声でそう提案してくる
俺の持つチャンネルの名はリンネの暇つぶしチャンネル。活動方針は、恋愛消極者がゲームや何やらを楽しむこと。
つまり声だけで美少女だとわかる女なんて、それこそ匂わせを通り越してリスナーへの裏切りに等しい。別にアイドル売りしているわけじゃないし付き合っているわけじゃないんだけど、それでもあまり良い気分はしないだろう。
それを冗談とはいえ、こいつはそれをわかって聞いてきている。所謂盤外戦法というやつだ。
いつも互いにやっていることとはいえ、早速仕掛けてくるとは実に負けず嫌いな女だ。
……っていうか前から思ってたんだけど、こいつどこで俺のチャンネル知ったんだろ?
そもそも一度も言ったことないはずなのに、当たり前のように配信してることがバレてるんだよな。
まあそれはいいや。ともかく、今回の口撃は残念ながら無意味。
配信ネタは前にやられた見てますよ宣言で克服したし、期待通りの反応をすることはない。
「ふーん。……ところでせー、ちょっと胸見てない?」
「──ぶっ、あっ!」
油断は一瞬。されど決着にはそれで充分。
僅かに動きを止めてしまった俺のキャラが、強烈な一撃で場外へと吹き飛ばされてしまった。
「うーん私の勝ちー! ねぇせー、ちょっと油断しすぎじゃないのー?」
「……はしたないこと言ってくるからだろ。年頃のくせに」
「お生憎様。こっちも言う人くらいは選んでるわよ」
駄目だこいつ、欠片も警戒していない。俺の肉体がタメの男だって意識が欠片もねえ。
そして断じて誓うが、決して胸なんて見てない。
確かに小さくもなく大きすぎることもないスタイルにあった素晴らしいサイズだと思うが、いくら幼馴染といえど、節度と礼儀は保てずに何が転生者だろうか。
ったく、多分外では気をつけているのだろうが、それでも心配になる無防備さだ。……
「……何か変なこと考えてない?」
「ないない。未来の彼氏が大変だろうなぁって」
「……ふーん?」
いずれ出来るであろう存在に同情を示せば、返ってきたのはつまらなそうな反応だけ。
……しくった、少しデリカシーに欠けた発言だったか。
娘を持った父親、或いは思春期の妹がいる兄とはこんな気持ちなのだろうかと。
言いようのない気まずさに無理矢理似た例を捻り出しながら、誤魔化すようにゲームを再開する。
「……ねえ。ちょっと聞きたいんだけど」
「んー?」
「もし友達の秘密を知っちゃったら、どうするのが正解だと思う?」
手を動かすのを止めずとも、先ほどと違って真剣な声色から投げかけられた質問。
どうやらさっきと違って真面目な話らしい。……成程、今日はこれを聞くのが本題か。
「そうだなぁ。俺なら損がない限り放置だな」
「……雑だね、適当?」
「いんや真面目。大事なのは、そいつのためにどうしてやりたいかって部分だからな」
がちゃがちゃと手を動かしながら、悩める少女にあっけらかんと答えてやる。
秘密なんてバレたくないから隠しているのだし、それを暴いて白日の下に晒すのが正しいとは限らない。っていうか、ほとんどそれで余計に拗れてしまうものだ。
秘密と聞いて思い出すのは前世の十代。今とは違い、がちもんのぼっちだった高校時代のことだ。
近くで恋の話をしていた二人組。互いに秘密を守ることを誓い合う淡い友情がそこにはあった。
──だが、その三日後には片方の好きな男が漏れ、友情は崩れ去った。
果たしてそれが崩壊の理由だったのかは定かではない。
だが言えるのは、秘密なんて持った時点でバレるのを覚悟しなきゃいけないんだということ。
そしてそれを知ってしまった者に出来るのなんて、聞かなかったことにするか暴露するの二択だろう。
「別にこれが正しいわけじゃない。あくまで俺に向いてるってだけだし、お前はお前でそうしたいってやり方を選べば良いと思うぜ」
「……出たよいつもの。せーってさ、たまに経験者みたいに語ってくるよね」
そらそうよ、だって経験者だもん。
「……けどありがとっ。ちょっと楽になった」
「おう。なに、ご飯の礼だ、気に、すん、なっ!」
会話もほどほどにボタンの連打へ力を注ぐも、健闘虚し自キャラは天井を越え空の彼方へ。
……それにしても、なんか前より強くなってる気がするんだけど。え、もしかして彼氏と遊んで強くなっちゃった系?
「うーん暖まってきた! んじゃそろそろいつものやろうよ!」
「え、お、おう!こっからが本番だな!」
んな綺麗な笑顔でそんなかっこいい台詞吐いてんじゃねえ。俺もう全力なんだけど。
「今日は五先ね! 私か勝ったら一日買い物に付き合いなさいよ!」
「……いつも通りじゃん」
「いやなら勝ってみなさい! そうしたらなんでもしてあげるわ!」
……言ったなぁ?
じゃあ俺が勝ったら、めっちゃ美味しそうなのにカップル限定とか宣ってるレストランに付き合ってもらうからな。
年頃の男になんでもなんて言ってしまう小娘にお仕置きすべく、気を引き締め直して画面に向かう。
明日も学校だというのに、勝って負けてを繰り返してサドンデスにまでもつれ込み、日が変わっても終わることはなかった。
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