幼馴染は突然に

 鹿島かしまと別れ、急ぐことも怠けることもなく家の前まで到着した。

 たこ焼きを食べたにもかかわらず、すっかりお腹は夜ご飯待機モードに移行している。

 相変わらず十代の食欲は恐ろしいものだと、食卓に並ぶものに想像力を働かせながら扉を開く。


「……ん?」


 玄関に置かれる靴の中に、朝はなかったはずの真新しいサンダルが紛れている。

 母はこんなの持っていないはず。今日買ったと言われればそうかもしれないが、こういう若者っぽいものを買うかと言われれば首を傾げてしまう。


 ──ならば客か。それなら部屋に籠もってのが利口だろうな。


 何やら盛り上がるお茶の間を避けつつ、洗面所で手を洗ってから二階の自室へと向かう。

 制服を脱いで片してから部屋着に着替え、椅子に座って一息つく。

 さてお客さんが帰るまで暇な時間をどう使おうか。今頭を動かすべきはこの議題についてだ。


 リビングを覗いたわけではないので、誰が来ているのかわからないのが難しいところ。

 父の仕事関係ならきっと長くなるだろうし、母の客ならそろそろお暇するはず。

 配信するにはちと判断材料が足りないし、声が漏れるのも嫌なのでなし。となれば後は風呂か勉強、或いはネットサーフィンが第一候補だろう。


 ……ふむ。まあ俺は学生なんだし、まずは風呂入ってから宿題を終わらせるのが安パイかな。

 

「……よし。決めた」

「何を決めたの?」

「風呂入ろっかなって。お客が帰るまで暇だ……ん?」


 何となく言葉を返している途中、ようやく違和感に気付く。

 つい当たり前のように返事をしてしまったが、一体俺は誰に話しているんだろうか。


 まさかお化け? ……なわけないだろ。んなもんいるわけが……ないはず? 


「お風呂? なら後にしなさいよ。もうご飯の準備出来てるんだし」

「──うおっ! ……って玲奈れなかよ。ああっ、まじでびくったわぁ」


 いきなり耳元で聞こえた声に心臓をびくつかせるも、知り合いだったことにほっと胸を撫で下ろす。

 ゆっくりと首を向ければ、呆れたように細めた目でこちらを見下ろす美少女が一人。

 幼馴染である鳴瀬玲奈なるせれな。……成程、客人はこいつだったか。道理で会話が弾んでいるわけだ。


「ほら、とっとと行くわよ。今日のは絶対美味しいから!」

「え、手伝ったの? お前料理できた──」

「でーきーまーすー! 練習したので前回とは違いますー!」


 玲奈れなは喰い気味に自信を表わしながら、俺を椅子から引っ張り上げる。

 

 大丈夫かなぁ。去年くらいだったか、確かこいつこの前肉じゃがに失敗してたからなぁ。

 どうにも不安は尽きないが、彼女に抗うほどお腹が満ちているわけではない。

 まあ前回と違って母さんがいたんだ。例え荒れだったとしても、それなりに形にはなっているだろう。


「……すんすん」

「え、なに。もしかして汗臭い?」

「別にぃ? 別に気になんないから平気よ」


 少しの不安と空腹感に苛まれながら、玲奈れなに引っ張られるまま進んでいく。

 はてさて何が出てくるか。……絶対に口には出さないが、正直ちょっと楽しみだな。


 ……ちなみになんだけど、それは暗に臭いと言っているようなものでは?


 

 


 最初の一口は心なしか少なめに。

 ゆっくりと、艶やかな光沢を放つスプーンで料理を掬い、口内へと入れて咀嚼する。

 舌から伝わる味わいに不快なものはどこにもない。広がる体に馴染む旨みに酔いしれながら、止まることなく食事を進めていく。

 

「……うん、旨い。旨いよこれ」

「そう? ま、今回は鈴音すずねさんに手伝ってもらったし当然よ」


 まるでテストの結果を見て貰う子供のように、俺の顔を窺っていた玲奈れな

 そんな彼女に美味しいと伝えれば、誇らしげな笑みを浮かべ喜びを見せてくる。……まあこれが俺でも作れるカレーだとはいえ、リベンジ達成出来たらそら嬉しいわな。


「美味しいに決まってるじゃない~。私と玲奈れなちゃんで作ったんだもの」

「……まあ、それはそうだけど」

「そうでしょ~? 玲奈れなちゃんもどんどん食べてね~」

「はい! いただきますね鈴音すずねさん!」


 母と玲奈れなが楽しげに弾ませるのを聞き流しながら、淡々と食事を続けていく。

 この景色にも慣れたもの。あちらの家庭が忙しいということもあり、こういうことは昔からあった。

 家が二つ空けた程度の超近所ということもあって仲の良い二人。特に母さんは、それこそ娘同然に接していると言っていいくらいだ。


 普通の息子ならちょっと妬いてしまうくらいだろうが、別に嫉妬などが湧くわけもない。

 純粋な子供とは言えない俺よりも、彼女の方が両親の気持ちに応えられるだろうから。

 

 ……それにしてもうまうまだ。

 まったく、どうしてこうおうちカレーってのは、安定感がましましで美味なのだろうか。

 

「せー、それ取って」

「ん? あー、ほい」

「ん、ありがとっ」


 頼まれたとおりに玲奈れなへ醤油を渡し、再度カレーに思考を戻す。

 あー旨っ。……あっ、もうなくなっちまった。


「ごちそうさま。風呂入ってくる」

「わかったわ~。そういえば玲奈れなちゃん、今日はお泊まり~?」

「良ければそうしたいです。両親は今日デートで遅くなりそうですので」


 背後から聞こえてくる、姦しく咲いた女共の声の花。

 ……ふむ、どうやら玲奈れなは泊まるらしい。これは今日の配信はなしかな。

 それにしても、仮にも人の親だろうに、男のいる家に女子を泊めようとしないで欲しいんだけどな。


 ただただ距離がおかしいのか、それともこの世界ではこれがデフォルトなのか。

 幾度も抱えた疑問に今日も答えを出せないまま、リビングから離れて自室に下着を取りに帰る。

 

 階段を上り部屋に入って扉を閉じれば、つい大きなため息を漏らす。

 嗚呼疲れた。やっぱあいつが目の前にいると、つい構えてしまうな。

 

 母がいるから話題を振らなくていいのだが、それでも気まずさが拭いきれるわけではない。

 それもこれもあいつが綺麗すぎるのがいけない。

 仮にも心は歳上なのに、未熟な思春期みたいに動揺してしまう。いくら前世含め女性経験が皆無だとしても、流石に醜態極まりないと自らを恥じてしまうくらいだ。

 

 ……ほんと、我ながら情けない。

 仮にも大人もどきな俺が幼馴染であるあいつに気後れしてるとか、本人には口が裂けても言えないな。

 

「……くだらなっ。とっとと風呂入ろっと」


 嫌な思考を頭を振って追い出してから、着替えを掴んで部屋から出て風呂に向かう。

 風呂場へ着く途中、聞こえてきた楽しげな雑談をどうにも煩く感じながら、雑に服を脱いで浴室へと飛び込んだ。

 

 

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