ゲームは一人一つまで

 さて、今日も苦手な子分と数学を乗りきり、ようやく待ち望んでいた放課後に辿り着いた。

 嗚呼疲れた。どうして苦手科目ってのは、何度生を繰り返しても変わりやしないのだろうか。

 いくら外見が一緒でも、流石に脳の作りとか違うはず。それなのに趣向の一つも変わんないとか、まさか肝心なのは脳みそではなく、魂なんて不確かなものってことなのか。


 ……この話題について、これ以上考えるのは止めておこう。

 科学者でない自分にはきっと無意味なことだろうし、そもそも深く突っ込んだら負けな気がする。


「んで姫宮ひめみや。お前今日暇かー?」

「あー、ごめんね鹿島かしまくん。今日は委員会だから」

「そっかー。美咲みさきが部活で俺がオフだし、三人で街へ繰り出そうと思ったんだけどなー」


 鹿島かしまはその図体に似合わないしょぼくれを見せてくる。

 今日は珍しく、俺達全員の部活が休みなのだ。

 だがいつも連んでいるもう一人は早々にデートに出掛け、姫宮ひめみやは今から風紀委員。そして俺は直帰し、溜めていたアニメを見なきゃいけない。


 しかし惜しいな、せめてもう一人いれば俺も付いていったんだが。

 今日はバイトもないんだけど、男二人で街に行くとかメンタルが死ぬほど疲れるから遠慮したいんだわ。

 ……それに、こいつが街に誘う理由なんてこの短い付き合いでも何となく把握出来る。


「はあーっ、せっかく良い店見つけたから下見に行こうと思ったのになぁ」


 ほら予想通り。まったく、相変わらずの正直っぷりで安心したよ。


「……またかよ。一人で行ってこい」

「いやめっちゃ良さそうなんだって! な、行こうぜ工藤くどう!」

「そんなに金ねーもん。悪いけど、せめて来月にしてくれ」


 手を合わせながら誘ってくる鹿島かしまを雑に拒否しながら、離れていく姫宮ひめみやに手を振ってきたので振り返す。


 ……良い笑顔だ。あいつ、制服違えば女子って言っても通じるんじゃあねえか?


「んじゃたこ焼き! たこ焼きだけでも買ってこうぜ!」

「金だこだろ? ……はあっ、まあそれなら。ゲームショップ寄りてえしな」

「おうし決まり! そうと決まれば、とっとと進もうじゃあないか!」


 鹿島かしまが喜びのままばしばしと俺の肩を叩き、いざと勢いづいて先を歩き出す。

 まあさっきは金がないと言ったが、正しく言えば素寒貧というわけではない。

 これでも一応バイトをしている身。お年玉と合わせれば、新作ゲームの一つは買えるくらいは財布に入っている。

 配信用の新しいゲームも欲しかったし、たこ焼きのを話したら食べたくなったから付き合ってやろう。


 目の前の筋肉ダルマほどではないにしろ、意外と気持ちを弾ませながら歩く速度を上げる。

 それにしてもたこ焼き一つに釣られるとか、我ながら子供みたいに単純だな。

 ……ま、楽しいから別にいっか。こんな幸せな日常なんて、後数年で終わりなんだしな。






「うおー! なー工藤くどう! これすっげー面白そうじゃね?」

「んー、あーDM? 前作も良かったし、今作も良さそうだよなー」


 空はすっかり茜から黒へ。

 たこ焼きを食べ終え適当にぶらついた後、俺達は少し大きめのゲームショップで物色していた。

 鹿島かしまが見せてきたのはDMデビデビマスター2。中々尖ったシナリオと大衆受けするキャラデザやグラフィック、初心者にも優しい操作性で売れた育成型アドベンチャーの続編だ。

 

 確か聞いた話では、俺も知っているくらい有名な絵師の方が担当したとか。

 前世の似たようなゲームがこんな感じで力を入れて爆死していた記憶があるし、そこまで期待を抱けないのだが、流石にそうはならないだろう。


 左と右。それぞれの手に持つのは、自分が見つけたゲームとこの新発売のDM2。

 何となく興味を惹かれたのはこの二つ。さて、果たしてどちらを買うべきか。


「……うーん」

「そんなに悩むことか?」

「当たり前だろ。勉強もしないとだし、時間も金も限られてるんだわ」


 心の底から湧いたのであろう疑問を、実に他人事のようにぶつけてくる鹿島かしま

 まったく、これだから部活と恋愛ばかりでゲームをやらない脳筋は。

 こんなんでも俺より頭が良いから軽く言えるんだ。例え陰キャぼっちが二周しようと、陽キャの一周には勝てない世の無常さを感じてしまうよ。


 しかし、やはりこの悩みの時間が肝。生活をより豊かにするエッセンスだったりする。

 ダウンロード版が主流になったとはいえ、子供心を弾ませながら容器で見比べるのは、恋なんて一色の絵の具よりも心に彩りを与えてくれるのだ。


 やはり食事と同じく、ゲームは俺の数少ない癒やし。

 ゲームまで恋愛に染まっていなくて本当に良かったと本当に思う。まあ比率的に言えば、確かに恋愛ゲームは増えているんだけども無視で。


 ……さて、うーん。

 よし、新作のDMデビデビマスター2の方が人来そうだしこっちにしようっと。


「お、決まったか?」

「おう。悪い、ちょい待たせたな」


 買わない方のパッケージを元の場所に置きながら、意外と時間が掛かったので謝ると、鹿島かしまは爽やかな笑顔で「気にすんな」と言ってくる。

 ほんといいやつだわ。これで美少女なら間違いなく惚れて告って振られてたんだろうけどな。


 どんな善人ともくっつけると思えない軟弱メンタルに嫌気が差すが、すぐに切り替え鹿島かしまと適当な雑談をしながらレジへの歩を進めていく。

 

「んでよー? そのとき照れた美咲みさきがめっちゃかわいくてよー!」

「ああそう。お前ほんともさくらさんのこと好きだなぁ」

「おう! そら一生愛していきたい……んっ?」


 いつものように彼女自慢を聞かせてくる鹿島が、ふと会話を切り怪訝な声色を上げてくる。

 まるで何かを見つけたよう。なんだ、愛しの彼女の浮気現場でも目撃してしまったか?


「あれってさ、もしかして姫宮ひめみやじゃね?」

「ん? ああ……ああっ?」


 鹿島かしまが指差す方向を確認してみれば、そこには確かに見慣れた後ろ姿。

 髪の色なんてこの世界では些細事だが、それでも桃色の頭というのは中々に珍しいと言っていい気がしなくもない。

 確かに後ろ姿は姫宮ひめみやだ。一人なのを見るに、大方委員会が終わった帰りなのだろう。……あいつ、ゲームショップなんて来たりするんだ。

 でも待て、なんか少し違和感がある。なんていうかその……うーん、なんだろうか。


姫宮ひめみやー! 何してんのー?」

「……」

「あれ、聞こえてないんかな。おーい!」


 野太い声にも微動だにもせず、姫宮ひめみやらしき人物は棚を向いたまま。

 遠くなので不確かだが、驚き特有のびくつきも見られない。どうやら本当に聞こえてないらしい。

 

「あっれー無視? 傷つくわぁ……」

「嫌われてんじゃねえの? ま、イヤホンかなんかで耳塞いでるんだろ」


 適当な冗談でからかいながら、返事をされない理由に見当を付けてみる。

 いくら店内に音楽がかかっているとしても、あの大声に欠片たりとも反応しないのは不自然だ。

 人は何かを無視するにしても、それに伴い何かしらの挙動を示すもの。

 ならば耳を閉じ、外の音を遮断していると考えるのが自然。……まあ、あれが本当に姫宮ひめみやならの話だが。

 

 桃色髪の正体への違和感が強まるが、鹿島かしまはそれより早く距離を詰めていく。

 走らずも遅さのない歩で側に寄り、姫宮の背後を取る。確か姫宮ひめみやも百七十くらいあるって聞いた気がするが、百八十超えの筋肉野郎と比べると小さく見えてしまうな。


「おーい姫宮ひめみやよー」

「──っうひゃ! えっ、……えっ?」


 鹿島かしまに気軽に肩を叩かれ、体を跳ねさせながらこちらを振り向く。

 驚愕と困惑の張り付いた顔。姫宮ひめみや……だよな?


「か、え、えっと、どちら様……?」

「あん? 姫宮ひめみや……だよな?」

「う、うん。あー、確かに姫宮ひめみやだけど……」


 姫宮ひめみやは俺達の顔を見て、何故かたどたどしい様子で言葉を返してくる。

 まるで初めて出会ったときのようでそうでないかのよう。知り合いのなのを隠してはじめましてと言う、大学生活で何度かあった気まずい場面のようだ。


 もう一度、目の前で戸惑う少年を見直している。

 視線は上から下へ。桃色髪に教室や部活でよく見る顔、手に持つのはこの前俺が配信でやったゲーム。そして制服は見慣れた──あっ。


「ちょい待ち鹿島かしま。……すいません。大変失礼ですが、ご兄弟はいらっしゃいますか?」

「え、えーとっ、そのぉ……あっ、はいいます!」

「それは失礼しました。何分後ろ姿が友人によく似ていたもので、つい早とちりをしてしまったようです」


 恐怖を与えないよう丁寧な言葉を心がけ、なるべく声量も抑えながら弁明していく。

 いつも後ろで束ねられている綺麗な髪は、縛られることなく降ろされている。

 そして何より、頭の方にばかり気が回っていたが、改めて見てみればズボンではなくスカートを履いている。


 ここまで違えば猿にだって分かること。

 つまり彼ではなく彼女。姫宮侑ひめみやゆうではなく別の人物なのだと理解できる。

 更に姫宮と聞いて否定しなかったことから、妹か姉かは分からないが、この人はあいつの兄妹か何かということ結論になるわけだ。

 

 いやーそれにしてもさすがは俺。誰にでもわかることをそれっぽく考えるのだけは上手いよな。


「では私たちはこれで、この度は大変ご迷惑をおかけしました。……おい、行くぞ」

「あ、ああ。ごめんな嬢ちゃん、邪魔したな!」


 言うべきことを言い、頭を下げてとっととこの場を離れていく。

 名乗って良かったが、あっちからすれば俺達は怪しい男二人。特に片方がデカマッチョな時点で余計に圧をかけるだけにしかならない。

 なのでとっとと撤退が百パーセント大正解。余計なトラブルを抱えずに過ごすための最適解だ。


「それにしてもあいつ、妹なんていたんだな」

「……姉かもよ? 意外と」

「かもなぁ。じゃあ今度、当たってた方にジャンク一つな!」

 

 てきぱきと会計を済ませ、どうでもいい雑談を交えながら、俺達は店を出て帰りの帰路につく。

 それにしても、あの娘ほんとに姫宮ひめみやにそっくりだったな。

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