ドピンク世界の片隅で
学校なんてものは、例え何度経験しても好きにはなれない。
前世の完全ぼっちよりは幾分か色はあるが、それでも灰色のまま過ごす日々。
結局自分が陰の者であると突きつけられるし、単純にそこまで出来の良い頭じゃないからだ。
だが、それらは学校が嫌いな理由の根底ではなく、あくまで面倒臭いの範疇にあるもの。
今生において、俺が学校──社会を嫌う理由は他にあるわけだが。
「はい、あーん♡」
「はむっ。うーん! 今日も
「わーい♡ すっごく嬉しいな♡」
(あー煩い。何か今日は、いつも以上に食欲が萎えてくるんだけど)
時は昼休み。学生にとって唯一無二の憩いの時間。
周囲が放つ甘ったるい空気に食欲が失せかけるが、それでも箸を止めることなく弁当箱を突くのを再開する。
教室内で一人でランチをしている者など、俺以外に存在しないと言っても過言ではない。
右も左もイチャイチャしているカップル共。前はちょっと変則的故考慮から外すが、後ろもやっぱりカップルが仲睦まじく昼食を一緒にしているのが聞こえてくる。
もし俺と同じ価値観の者がいれば、こんな光景一つで吐き気を催してしまうであろう桃色加減。
だが、それはこの世界では
朝の登校から夜の就寝まで。
一日中こんな風にイチャコライチャイチャしている連中こそが、この世界では大衆なのだから。
──
恋愛への関心が前世よりも遙かに高く、学生婚や重婚、果ては同性婚などなんでも大歓迎な世界。
もし一言で表わすなら、馬鹿馬鹿しい設定のエロゲとでも言ってしまおうか。
花より団子ではなく、花も団子も両方欲す強欲な世界。その上容姿レベルも以前より一回り上で前世と同じくらい世が上手く回っている、なんとも創作めいたとんちきワールドである。
容姿について俺感覚で分かり易く言うなら、上中下が最上上中に変わったって感じか。
例えクラスの端っこにいるような奴でも、前世では普通以上だと思えるくらい。最高レベルの容姿なんて、それこそ
ま、ただしそれは俺以外に限ったこと。
どういうわけか前世と同じ容姿に生まれた俺に、そんな整った容姿は無縁な話。……一応、あの容姿端麗な両親の間に生まれたはずなのにな。
「……あーだる」
「なにがだるいんだ? 次の宿題でも忘れたのか?」
気持ちが沈みかけたちょうど同時に、背後から少し強めに肩を叩かれる。
不意の衝撃に少しびくついてしまうが、驚いたことを態度に出さないよう、ゆっくりと声の方に視線だけを向ける。
「……よお
「馬鹿を言え。委員会だから解散しただけだっつーの」
隣の席から椅子を借り、どさりと横に腰を下ろした
高校で出来た少ない友人の一人。運動部らしいがっしりとした肉体の持ち主の登場で、降下気味だったメンタルが少しだけ戻ったような気がした。
「にしてもぼっち飯かよ。他の奴は?」
「
卵焼きを口に放り込み、箸を持っていない手で前方を指し示す。
教室の前方。教壇前にいる一団を見て、
友人である桃色髪の中性的な美少年を中心とした、この世界基準でも華やかであろう一集団。
少年の名は
「あー、ご機嫌取り。そりゃお前は放置だわな」
「……大変だよな」
「まあ四人だしな。
まったくもって同感だ。もし俺があの中に放り込まれたら、三秒で胃が破裂しそうだわ。
「そういや聞いてみたかったんだけどよ?」
「なんだ? 嫌いな食べ物なら里芋だぞ」
「へえ……って違えよ。
何で知ってんだろ。……あ、そういえばこの前、つい口走ったんだっけか。
身長は俺より高く、
明るめの茶髪を伸ばしており、足も長く、その容姿は雑誌のモデルでもやっていそうなくらい整っている。
本来なら俺が近づくのすら烏滸がましい、それくらい圧倒的な美少女。
正直あの中では一番綺麗だと思う。彼女に釣り合うのは、それこそ
「ないない。いくら昔から知り合いだろうと、こんな根暗はあっちがお断りだろうよ」
「えーそうー?」
「そうだよ。だいたいな、全ての幼馴染が桃色で構成されているわけじゃないんだわ」
自分がそうだからといって、幼馴染=くっつくって価値観を押しつけないで欲しい。もし
現に今のあいつを見ろよ。
あんな満開の笑顔、高校入ってから俺の前で見せたことない。もし俺が精神的に同い年だったら、それはもう嫉妬に蝕まれているだろうよ。
「枯れてんなー。恋愛しないで人生楽しいか?」
「好きに言ってろ。俺にとっちゃ、盛り合うより追試阻止の方が優先だわ」
会話をばっさりと切り上げ、残っているご飯を一気に掻き込みお茶で流し込む。
あー旨。やっぱ軽い雑談をBGMにした飯ってのはいい、この世界では効果的な気の逸らし方だわ。
時計は丁度一時。予鈴が十分だから、残りの休み時間はあと十五分くらいか。
「……トイレ行ってくる」
「おーう。あ、後で古文の課題見せてくれ」
「拒否。自分でやれ」
何を今思い出したような顔をしているのか、どうせ最初からそれ目当てで来ただけだろうに。
見え透いた草芝居に呆れながら席を立ち、前方の戸から教室を出ようと歩き出す。
我が胃の平穏のために、なるべく周りの会話は聞かないように歩を進める。
だが姫宮達の横を抜けようとした時、先ほどの会話を思いだしてしまい、一瞬だけ彼女たちに意識が向いてしまう。
「そういえばニュースで見たけど、桜井様また彼女増やしたらしいよ」
「ふーん。ま、そんなに増やして充分に好き合えるか微妙じゃない?」
「れなっちまじシビアー。けど確かにー、うちもダーリン一人で満足かなー。ゆうっちはどう?」
「えっ、いいんじゃないかな。同意があるなら幸せなことだよね」
会話の中身に興味はないが、話を振られた
まあ
人気者は本当に大変だと、苦労する美少年に内心で手を合わせながら通り過ぎていく。
一瞬、どこかから視線を感じた気がするが気のせいだろう。
それにしても視線とか笑えるな。誰も俺のことなんて見やしないっつーの。
自分の自意識過剰さに呆れながら、早歩きで教室を抜け、そのまま速度を落とすことなく廊下を進んでいった。
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