生まれ変わろうと、平凡に変わりなく
例えば目の前の人間が自分が転生者だとして、違う価値観の世界から生まれ変わったとする。そしてそれを信じるかを誰かに質問したとしよう。
正気ならまず言わないであろう、荒唐無稽で痛々しい一問。
けれど果たして、そんな質問を投げかけられた聞き手はどんな反応するのかと、そんなくだらないことを考えたことはないだろうか?
『つまらなすぎて草』
『転生なんてありえるわけないだろ』
『前世あんの? もしや元Vとか?』
答えは実にシンプルで相手にされない。より正しく言えば、まともな答えが返ってこないのが百点か。
ゲーム中でも読み取れる程度の量のコメントとはいえ、提示されたのは何ともまあ予想通りでつまらない現実。
醤油を瓶一本飲めば人はおっ
『どしたんリンカ? 悩みとかあるん?』
「ん、いやいやノープロ。別に世界がピンク真っ盛りだとか、無駄に美形だらけで虫酸が走るとかそんなことで悩んでいるわけじゃあないよ」
『がっつり悩んでて草。それも訳分かんない僻みとかww』
書き込まれた自分の言葉より軽薄な文字の羅列に、思わずコントローラーを握る手に力が入る。
それが一瞬の緩み。画面に映る少年は禍々しい怪物に喰われ、あっさりと命を散らしてしまった。
「あー死んだ。今日はもう無理ぽ……眠いしやめよっ」
『は?』
『は?』
『はあ~??』
「はい見えない聞こえなーい。んじゃまた明日、おつおーつ」
これ以上の言い合いは不毛だと、ぱっぱと配信を切ってゲームの電源を落とす。
時計を見れば日付が変わって丁度五分。追ってるアニメの時間まであと二十五分ってところか。
それにしても、時計を見ていないとはいえ流石は俺。
あくびをしながら姿勢を崩し、これ以上なく完璧な時間配分だと自らを褒め称える。
「……しかし、変なこと漏らしたなぁ」
振り返るのは今日の配信──その中で一番記憶に残っている、声にする気のなかった会話の一部。
何故あんな疑問を漏らしてしまったのか。
時を戻して口を縫い付けた……別にそこまででもないか。どうせどこまで語ろうと所詮は多感な頃の与太話としか取られないだろうし、そもそも視聴者なんてそこまでいないんだからな。
「転生、転生ねえ。……ほんと馬鹿馬鹿しいよなぁ」
誰もいない安心感からか、わざわざ言葉にしてまでその事象へ誹りを入れてしまう。
本来あるはずのない出来事。存在し得ない非科学。
転生なんて所詮は妄想。死後に理想を抱く凡夫を対象とした、救いという名の悪徳商法の題材でしかないだと。或いは最近流行りのジャンルの一つ程度でしかないものだと、以前の俺はそう認識していた。
だからまさか、自分がそれを経験するとは欠片も思わず。
今でも自分の記憶の方が間違いで、実は脳の病気であると診断された方が現実味があるくらいだ。
……それでももう十五年になるのか。時間が経つのは早いものだな。
要領の悪さから就活に失敗し、二十の後半に満たないままくたばった我が身。
何の徳も積んでいないにも拘わらず、何の因果か二度目の生なんてものを送ってしまっている。
別に神やら天使なんてものを通されたわけじゃない。
誰のせいかもどんな理由や使命があるかも分からずに、ただただ母と父の元に生まれて今日まで生きてきたのだ。
正直二度目の幼少期なぞ、演技力のない俺に上手くやれてたなんてこれっぽちも思えない。
好いことといえば精々、趣味が増えたことと前世よりは知り合いが多いこと、後は適度なサボり方を知っていることくらいか。
基本的に俺に出来たのは、両親に捨てられないよう大人しく過ごすことだけ。
子供らしくもあれず天才としても振る舞えない、なんとも中途半端で無様な子供時代だった。
まあ配信に関しては俺も本当に意外だと思ってる。
前世の配信ブームを思い出して始めたのだが、これが中々性に合っている。チャンネル登録者はそこまで多くはないが、他よりは似通った価値観の人と話せるから気が楽だ。
けど、どうせ転生するならチートの一つでも欲しかった。
何故か名前も外見も能力も以前のまま。特殊なスマホを授かったわけでも、合い言葉で見れるステータスを手に入れたわけでもない。
どうして転生したのが他の優れた人じゃなく、個性も長所も何にもない俺なのか。
俺なんて、大学生の八割は成功している就活に失敗する程度の凡人以下。元凶が誰かは知らないが、そんな俺にただ二度目の生を与えたって、上手く世を渡っていけるわけがないだろうに。
……それに、
陽キャであれば楽なのだろうが、陰キャにとっては以前よりも辛いハードモードな世界でしかない。
「……明日は月曜。ああっ、もう学校かよ」
ふわふわと考えに耽っていたら、つい嫌なことを口走ってしまう。
勉強への億劫さ故に忘れられないが、なるべく考えないようにしていたことではある。
いくら一度目でやった方が良いのを嫌と言うほど
嫌いなものはどう足掻いても好きになれやしない。
ただでさえ外のピンクな空気感が嫌いなのに、死んでも尚嫌なことをしにいく気力なんて湧くわけがないのだ。
……まあだからといって、別に行かないなんて選択肢なんてどこにもない。
不登校から人生レールの再復帰なんて、そんな難易度の高いことは俺には無理。
今の両親の悲しむ顔なんて見たくないし、寝坊してもいじめられても事故に遭ったとしても、俺は学校へ通い続けなきゃならないのだ。
「……お、そろそろ時間。トイレ行ってこよっ」
実にくだらないことを考えながら、再度時計を確認すれば既に時間は二十五分。
どうでもいい思考も時間潰しの役には立つ。
こちとら二度も十代やってんだし、せめて才能が必要ない時間の潰し方だけは上手くなきゃな。
パソコンの電源を落とし、椅子から立ち上がって体をほぐしてから部屋の戸に手をかける。
こんな日々の繰り返し。それが転生なんて珍妙な出来事を体験した俺──
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