第161話【指定封印/閲覧不可】№11-01

◇調査対象:アーベント


「これで、貸しはない、と」


 ビィーのつぶやきが風に乗って、聞こえてくる。


「……貸しなんて、もともとないだろ」


「どうしたの、アーベント? すごい顔しているけど」


 長い紺色の髪を一つにまとめている長身の少年、アーベントの顔を、茶色の髪に紺色の目を持つ少女、ズゥーハがのぞき込む。


「いや……なんでもない」


「そう……ネッフは大丈夫?」


「うん。思ったよりも、平気だね」


 アーベントが普段の表情に戻ったことを確認すると、ズゥーハは隣にいた背の低い柑橘色の髪の少女、ネッフに話しかける。


 アーベントとズゥーハ、ネッフの3人は、同じ孤児院出身の幼なじみだ。


 3人で冒険者になることを決め、孤児院から『日陰の迷い猫』を紹介され、この島にやってきた。


 なので、3人はお互いのことをよくわかっている。


 誰が、誰のことを好きなのかまで。


「スシュタンは……助かりそうだな」


「そうだね……うん。もういいや」


 ネッフは、どこか吹っ切れたように言う。


 スシュタンは、アーベントたちがいた孤児院によく食料などを運んでくれていた商人の息子の一人だった。


 そのころからネッフは、スシュタンとよく遊んでいて、彼のことが好きだったのだ。


 しかし、この島で再会したスシュタンは、シュタイズたちと一緒に行動するようになってから変わってしまった。


 孤児院出身で、成績の悪いネッフのことを蔑みだすようになったのだ。


 10日前に、ネッフはスシュタンをアーベントたちの組に誘ったのだが、ヒドい言葉で拒絶された。


 そのときに、ネッフの恋は終わり、大怪我をして戻ってきたスシュタンを見ても特に何も感じてないようである。


 ネッフがちゃんと自分の気持ちを整理していることに、ズゥーハは胸をなで下ろしていた。


 そんな幼なじみ二人の様子を見て、アーベントも少しだけ気持ちが楽になる。


 しかし、どうしても気を抜くと顔が険しく変わってしまう。


 その理由はわかっている。


「……これで、許してもらうと思うなよ! お前がどれだけ僕たちに迷惑をかけてきたのか、忘れたとは言わせないからな!」



 ビィーから貰った回復薬を飲んで、怪我を治したシュタイズが去っていくビィーに向かって叫んでいる。


 その声を聞くと、どうしても顔に力が入り、剣を握ってしまう。


「アーベントの言うとおりになったねー」


 アーベントの耳元で、黄色の髪の毛の少女がどこか気の抜けた声で話しかけてくる。


 彼女の名前は、ジュエン。


 10日前からアーベントと一緒に行動している少女だ。


「本当に、シュタイズたちと一緒に組まなくてよかった。あいつ等、何もわかっていないよ」


 へらへらと、ジュエンは笑う。


「ビィーがどれだけ貢献してきたのか。ちょっと調べた私にもわかったことなのに……ね?」


 シュタイズはまだ不快なことを叫んでいるが、同じ意見を持っているジュエンの言葉を聞いて、アーベントは少しだけ気持ちが楽になった。


「ああ、そうだな」


「本当に、予想通りの結果だからねー10日前に

話した内容とさ」


 ジュエンに言われて、アーベントは思い返す。


 10日前。


 成績が発表された日。

 これまでの男女でわけていた光組と闇組というくくりから、自由に誰と組むか選べるようになった日。


 アーベントたちは、一つの部屋に集まっていた。








「ひっ……うっ……うぅ……」


「ネッフは悪くないよ。悪くない、悪くない……」


「でも、スシュタンが……」


 泣きじゃくるネッフをズゥーハが慰めている。


 ネッフは、スシュタンを同じ組に誘ったのだが、断られていた。


 ヒドい罵倒と共に。


「ありゃりゃー、かわいそうにかわいそうに」


 泣いているネッフを見ながら、ジュエンが笑っている。


 その笑いには、完全に傍観者として少女の恋の終わりを楽しんでいる感情が含まれていた。


「ジュエン、だったよな?」


「そうだよ。アーベント」


「……俺たちと一緒に組む気なら、嘘でも仲間が泣いている時にからかうような笑いはやめてくれ」


「……はーい」


 ジュエンが、顔に力を入れて、笑顔を消す。


「ネッフも、そろそろ泣きやんでくれ」


「ちょっと、アーベント」


 ズゥーハが、アーベントをにらむが、意見を変えるつもりはない。


「泣きやめないなら、少しの間席を外してもらってもいい。これから、話し合いがあるんだ」


「……話し合い?」


「もしかして、私のことかなー? 幼なじみの中に混ざっているのはわかっているけど、出来れば平等に扱ってほしいんだけどー」


 ジュエンが、へらへらと笑いながら言う。


 ネッフを見て笑っているわけではないが、とりあえず笑顔になるのが彼女の癖なのだろう。


「……違う。報酬に関してはちゃんと等分するから安心しろ。話し合いというのは……」


「邪魔するぞー」


 ノックをしながら、男が入ってきた。


 けだるそうにしながら扉を開けたのは、先生役のスカッテンである。






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