第160話 タダの善意

『……なんでこんなことになっているんだ?』


 拠点の入り口までたどり着いたシュタイズたちを乗せた荷車を見て、ビジイクレイトは眉を寄せた。


 シュタイズたちは、順調に『魔境』の探索をしていたはずなのだが。


『普通に、『魔獣』にやられたとかじゃないかい?』


『いやいや、シュタイズたちは優秀だぞ? 『デッドワズ』相手でもちゃんと戦っていたし、それに『魔聖具』の武器も持っているんだから……』


「『デッドワズ』にやられたらしいな」


 荷台で倒れているシュタイズたちに、スカッテンは言う。


『やられているじゃないか』


『なんでやられているんだよ』


 ビジイクレイトは肩を落とした。


 一方、シュタイズたちは、まだ意識はあるようだ。


 途切れ途切れだが、スカッテンに向けてシュタイズは言う。


「早く……治してくれ……」


「治療をするのはいいが、金はあるのか?」


 スカッテンの言葉に、シュタイズだけでなく、その場にいた子供たち全員が目を見開く。


「な……に言っているんだ……!」


「俺は言ったよな? この一ヶ月は冒険者として生活してもらうと。当然、怪我をした場合は治療費を支払う必要があるし、そもそも、助けてもらった時点で救援代も発生している」


 シュタイズは唖然としていた。


 しかし、スカッテンの話はまだ終わっていない。


「ずいぶんと豪遊していたな。大した成果も出さずに。だから貯金なんてまったくないはずだが、違うか?」


「お……金は、払う、から」


「どうやって? もってないだろ、おまえら」


 シュタイズの顔色が悪い。


 話しているし、すぐに死ぬことはなさそうだが、このまま治療を受けなければ危ないだろう。


 何かを言おうとして、しかし言葉が続かないシュタイズの様子を見て、スカッテンは大きく息を吐く。


「……とりあえず、救援代は20万シフだ。怪我の治療費は……30万シフ、といったところか。金が払えないなら、同等の価値があるもので支払ってもらう必要がある。いいな?」


 そういって、スカッテンはシュタイズたちの荷物から剣を取り出す。

 それは、『魔聖具』の『剛雷の剣』。


 シュタイズが自慢げにビジイクレイトたちに見せつけていた武器だ。


「中古価格で20万シフ……まぁ、色はつけてやろう。30万シフだ。他の奴らの武器も合わせると、救援代も払えそうだな」


「それは……ダメだ。それは……」


「じゃあ治療はなしだ。どっちにしても救援代でこれは貰っていくが……」


「ふ……ざけるな! だいたい、お前は先生だろ! だったら助けろよ! 子供だぞ! 生徒だぞ!」


「先生役、ってだけだ。俺の本業は冒険者。そしてお前たちも今は冒険者だ。一方的に保護されるなんて考えるなよ? 甘えるな」


 スカッテンの言葉に、ほかの子供たちは黙るが、シュタイズだけは反論した。


「うるさい! いいから治せよ! 怪我を! 早く!」


「じゃあ、対価を払うか?」


「黙れ! さっさと治せ! 助けろ! それでも人間か!? 大人のすることか!? お前達は僕を、このシュタイズ・ウンターゲーブナを保護したんだろうが! だったら、ちゃんと助けろ!」


 シュタイズに同調するように、ゼンカやスシュタンも声を上げる。


「痛いんだよ、助けてくれよ! 腕が熱いんだよ!チクショウ! 熱い! 熱い!熱い!」


「そうです……早く、助けてください。お願いですから……急いでください。死んでしまいます。お願いですから……」


 彼らは助けを求めるが、対価を払うとは決して言わなかった。


『魔聖具』の武器を手放すのは惜しいのだろう。


 ただ、命は助かりたい。


 怪我の痛みは取り除きたい。


 タダで。


 タダの善意で。


 何も払わずに良くなりたいのだ。


「……しょうがない」


 そんな彼らの様子を見てビジイクレイトは前に出る。


『なにをするつもりだい? 主よ』


『んー……まぁ、一緒に行動していたときは、『デッドワズ』を倒してくれていたしな。そのお礼というか、貸しを返すというか……』


 ビジイクレイトは、そのままシュタイズたちが乗っている荷台に近づくと、瓶をそれぞれに渡す。


「……なんだ、これ」


「『回復薬』です。飲んでください」


 突然渡された『回復薬』に、シュタイズたちは困惑している。


 その間に、ビジイクレイトは運ぼうとしていた装備を置いた場所へ向かう。


「……いいのか?」


「どうせ余り物です」


 シュタイズたちに渡した『回復薬』が、一本10万シフはする高級品であることをスカッテンは、知っていた。


 なぜなら、彼も、以前ビジイクレイトにその『回復薬』をもらい、窮地を脱したのだから。


「これで、貸しはない、と」


 誰にも気づかれないような小さな声でつぶやいて、ビジイクレイトはその場を離れた。

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