第158話 【指定封印/閲覧不可】№12-04

 2回目の成績発表を終えて、10日目の朝。


 闇が沈み、世界に光が満ちる頃。


 3人の少年が歩いていた。


「急ぎますよ」


 前を進む少年、シュタイズ・ウンターゲーブナの後ろにいるゼンカとスシュタンは、眠そうに目をこすりながらも彼のあとに着いてくる。


「なぁ、早すぎないか?俺、まだ眠いんだけど」


「僕も……」


 大きくあくびをする二人を思わず睨みつけようとして、シュタイズは首を振る。


(無駄な争いをしている暇はない)


 シュタイズも眠たいのだが、そんな悠長なことを言っている状況ではない。


 なぜなら、シュタイズには……いや、彼ら3人には、もうお金がないのだから。


(どうして、こうなった……)


 シュタイズは、思い返す。


 この10日間。


 シュタイズたちの探索は順調だった。


 足手まといがいなくなったため、『魔獣』に襲われることがなくなり、怪我をすることもなく、日々の探索を終えることが出来た。


 拠点ではそれぞれが個室を借り、食事とお風呂、装備の点検を無制限で利用できるようにしていたため、疲れもなくほぼ毎日のように『魔境』を探索をしていた。


 なのに、お金がなくなった。


 その理由は明確だ。


(『魔獣』が、いない!)


 シュタイズたちはこの10日間、一度も『魔獣』を倒すことが出来なかったのだ。


 これまでは、一回の探索で10匹以上は倒せていたはずなのに、だ。


 今、シュタイズたちは毎日一人あたり2万シフ、3人で6万シフを宿代と食事代などで支払っている。


 だが、ただ『魔境』で木の実などを採取しているだけでは、せいぜい3人で2万シフ程度しか稼ぐことは出来ない。


 つまり、シュタイズたちは一日4万シフの赤字ということだ。


 そのことを、シュタイズだけが知っていた。


(もう、貯金はない……なんとしても、今日中に10匹……いや、6匹でいい。『魔獣』を倒さないと)


 そのために、シュタイズはわざわざ早起きをしたのである。


「なぁ、なんでこんなに早く『魔境』に向かうんだ?」


 ゼンカの質問にシュタイズは答えるか少し悩む。


「……この10日間。僕たちは『魔獣』を倒せていないですよね?」


「んー? そうだっけ?」


「そういえば、そうですね」


(そうなんだよ!)


 ゼンカとスシュタンの悠長な返事に、シュタイズは苛立つ。


 もっとも、彼らを悠長だと思うのは、お金の管理を自分ですると言いだし、現状を一切報告していないシュタイズ自身のせいだが。


「……なぜ、僕たちが『魔獣』と戦えていないのか、その原因は明白です」


「原因?」


「それは、なんでしょう?」


 シュタイズは、確信を込めて言う。


「あの足手まとい。ビィーが邪魔をしているからです」


 シュタイズの断言に、ゼンカもスシュタンも首を傾げる。


「なんで、あの雑魚の名前が出てくるんだ?」


「彼は、今は別の組ですよ?」


 ゼンカたちの意見は当然であり真っ当だろう。


 しかし、それは違うとシュタイズは首を振る。


「よく考えてください。僕たちはもう二度とビィーに探索の邪魔をされないようにと、彼らとは違う『魔境』に向かっていました」


 その日に向かう『魔境』について、集会所に報告する仕組みである。


 シュタイズたちは、いつも最後に出発していたため、ビィーたちがどこの『魔境』に向かうか把握出ており、いつも彼らとは違う『魔境』を選ぶようにしていた。


「そして、偶然ですが、これまではビィーたちが前日に向かった『魔境』を僕たちは探索していたのです」


 シュタイズの言葉に、ゼンカはただ首を傾げるだけであり、スシュタンは少し考えるように口元に手をおく。


 だが、なにも気づかないようだ。


 シュタイズは、少し間を空けて、説明する。


「いいですか? ビィーは、いつも『魔境』を走り回り、『魔獣』を何匹も連れてきていました。そんな者がやってきたあとの『魔境』で『魔獣』たちがいつものように生息していると思いますか?」


 シュタイズの説明に、スシュタンはポンと手を打つ。


「えーっと、つまり、ビィーのせいで、『魔獣』がいなくなっていて、僕たちは『魔獣』と戦えなかったってことですか?」


「なんだよそれ。どこまでも邪魔だな、あの卑怯な雑魚やろう」


 ゼンカが、苛立ちをぶつけるように拳を握り、スシュタンは呆れたように頭を振る。


「でも、それがなんで早起きと関係が?」


「この『木の魔境』は、10日前にビィーたちが探索して以来、誰も探索していない『魔境』です。『魔境』に住む『魔獣』たちは、10日前後で元に戻るといいます。だから、ビィーがまたこの『魔境』に来る前に、探索をしたかったというわけですよ」


「なるほど。さすがはシュタイズですね」


 スシュタンは、素直にシュタイズに対して尊敬の眼差しを向けており、ゼンカは鼻息を荒くしている。


「つまり、今日は『魔獣』と戦えるってわけだな。久しぶりに腕がなるぜ」


 獰猛な顔つきで、ゼンカが笑う。


「ええ、今日は暴れましょう」


「はい!」


「おう!」


 シュタイズたちは、意気揚々と『木の魔境』を進んでいく。


 そこにいる、『魔獣』たちを倒すために。



 そして、夕方。


 闇が上り、世界から光が消える頃。


 3人の少年が歩いていた。


 肩を落とし、疲れ果てて。


「……なぜだ」


 シュタイズがつぶやく。


 その顔に、精気はない。


 それはそうだろう。


 一日中、シュタイズたちは『木の魔境』を歩き回った。


 それなのに、なぜか一匹も『魔獣』に遭遇しなかったのである。


「もう闇が上りはじめています。そろそろ帰りましょう」


「そうだなー」


 スシュタンとゼンカは、とぼとぼと『木の魔境』の出入り口に向かって歩き出す。


「ま、待ってください!」


 二人を、シュタイズは止める。


「なんだよ、シュタイズ。もう帰ろうぜ」


「そうですよ。このままここにいると、暗くなりますよ?」


「いや、でも、今日は『魔獣』を倒しにきたはずです。なのに、また一匹も倒せていないから……」


「そうだな。まぁ、今日は運が悪かったんだよ」


 あっけらかんと、ゼンカは言う。


「そうですね。また明日……いや、明日はお休みだとして、次の機会に『魔獣』を倒せばいいじゃないですか」


 スシュタンもゼンカと同じように、今日はもう拠点に帰るつもりなのだろう。


 ふざけるな、とシュタイズは思った。


 このまま帰ってどうするつもりなのだろうか。


 帰ったところで、もうシュタイズたちにほとんどお金はないのだ。


「あー……腹減った。今日は食うぞー!」


「僕もお腹が空きました。今日はどんな料理がありますかねー」


「肉がいいな、肉」


 二人が笑っているが、豪華な食事は難しいだろう。


 ぎりぎり、3人で一つの部屋を借りることができる程度の金はあるが、食事は一番安いスープとパンになる。


 このままでは。


 しかし、シュタイズもわかっていた。


 もう、『木の魔境』の出入り口は目の前だ。


 黒い壁の奥に、一カ所だけ開いている扉。


 そこから、地上に戻ることができる。


『木の魔境』の天気は地上と同じ状況が反映される。


 闇が上るまで、時間はない。


 このまま帰らなければ、夜の『魔境』を探索しなくてはいけなくなる。


 そんな準備はしていないし、経験もない。


 危険すぎる行為だ。


 無謀だ。


 だが、このままでは豪華な食事もゆったりと休める部屋もない。


 それに、そのことを目の前にいる二人に告げなくてはいけない。


 怒るだろうか。


 もしかして、謝らなくてはいけないのだろうか。


 貴族でもない、平民の子供に、貴族であるシュタイズが。


(それだけは、なんとしても……!)


 ありえない光景を妄想し、そのことで沸いた怒りがシュタイズの足を止めた。


 もう、スシュタンは『木の魔境』から地上に戻るための扉に手をかけている。


「ん? どうしたんだよ、シュタイズ」


「何かあったんですか?」


「僕は……」


 シュタイズが、まだ探索を続けると宣言しようとしたときだ。


 スシュタンが、何かに突き飛ばされた。


「うぁっ!?」


「おい、メガネ!」


「これは……」


 ゼンカがスシュタンに駆け寄ろうとして、足を止める。


 シュタイズも、動きを止めた。



「う……で……?」


 スシュタンの左腕が大きく切り裂かれている。


 血が飛び散り、周囲を赤く染める。


 まだ、痛みが脳に反映されていないスシュタンは、不思議そうに自分の腕から出ている血を眺めていた。


 そんな怪我を作り出したのは、スシュタンの隣にいる獣だ。


「ギギギ……」


 大きな前歯が特徴の鼠、『デッドワズ』。


 シュタイズたちが探していた『魔獣』。


 今日の獲物だった。


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