第157話 『水の魔境』から帰還

「や、やっと帰り着きましたわぁ」


 サロタープがぐったりとしながら、身につけている鎧を脱ぐ。


「あのタコさんを倒してから、『魔獣』さんが沢山やってきましたからね」


「あれ、何だったんだろう」


 サロタープほどではないが、疲れ切ったようすで、ナナシィとモゥモも汚れた鎧を外す。


「おそらく、『オゼアンインセク』は『パドル・クラーケ』の死体に集まってきたのでしょう」


 ナナシィたちの疑問に、ビジイクレイトが答える。


「タコさんの死体に?」


「『魔獣』たちにとって、自分より強い『魔獣』の死体は最高の餌ですからね。とくに、『オゼアンインセク』は死体を好んで食べますから」


 いわゆる、スカベンジャーというタイプの食性である。


「本当は、『パドル・クラーケ』なんて大物の体は珍しくて価値も高いので回収したかったのですが……すみません。その余裕はありませんでした」


 そういいながら、ビジイクレイトは袋をおく。


 中には、ナナシィたちが倒した『魔獣』たちの『魔石』が入っている。


「……いつのまに回収していたんですか?」



「皆さんが戦っている間に。さすがに、最後の方は集めることができませんでしたが……」


 サロタープが『魔聖法』を打ちすぎて動けなくなったので、ビジイクレイトが背負って逃げたのである。


『魔石』を回収する暇なんてなかった。


「……むむむ」


 モゥモが、頬を膨らませ、ずいっとビジイクレイトに近づく。


「あー、すみません。僕は知ってのとおり『魔獣』と戦えないので……」


「そういうことじゃない…………くやしいだけ」


 そういって、モゥモはわかりやすく肩を下げた。


「くやしいって……」


「最後の方、戦っていなかったのは、私も一緒。なのに、『魔石』を採取するなんて頭になかった」


 モゥモのいうとおり、サロタープが力つきるまで、集まってくる『オゼアンインセク』はサロタープの『魔聖法』で倒せてしまっていた。


 なので、モゥモも集めようと思えば『魔石』を採取できただろう。


「まぁまぁ、モゥモちゃんもそんなに落ち込まなくていいですよ。普通、『魔獣』さんの群と戦いながら採取なんて出来ないですから」


「ナナシィも採っていたよね?」


 モゥモがじっとナナシィを見る。


「……採っていたって、『魔石』ですか」


「あー……あはははは」


 ナナシィは、気まずそうに袋を取り出す。


 中から出てきたのは、大きな『パドル・クラーケ』の足だった。


「美味しそうだなーって。えへへ」


「私も採ろうとしたら、サロンが倒れた」


 どうやら、自分だけなにもしていないように感じて、モゥモはくやしそうにしていたようだ。


「美味しそうだなー、って、もしかして、それを食べるおつもりでしょうか?」


 一方、ナナシィが取り出した『パドル・クラーケ』の足を見て、サロタープは引いている。


「はい! ソテーやスープにしても美味しいですけど、細かく刻んでパンのような生地に包んで焼くのも美味しいらしいですよ」


「そ、そうなのですか……」


「あと、強い『魔獣』のお肉を食べると強くなれるらしいです!」


「それは聞いたことがありますが……」


 きゃいきゃいとナナシィ女子たちはレベル5の凶悪な『魔獣』の肉を前にしてはしゃいでいた。


「そろそろ部屋に戻りましょうか。今日の夕ご飯はその『パドル・クラーケ』として……調理はどうしますか?」


 もう雪は溶けているが、長時間なにもしないで外にいるのは少々つらい。


「『パドル・クラーケ』は私が料理をしていいですか?こんな貴重な食材を料理できる機会はそんなに多くないので」


「……私も、スープは作ってみたいですわ」


 スープに対してなにかしらのこだわりがあるようなサロタープは、戦々恐々としながらも、『パドル・クラーケ』に食材として興味があるようだ。


「わかりました。では、食堂でパンなどを頼んでおきます。あと、これも渡しておきますね」


 ビジイクレイトは、袋をナナシィに渡す。


 中には、『水の魔境』で手に入れた貝やウニなどの海産物が入っていた。


『魔境』の生き物などで、厳密にいえば小さい貝なども『魔獣』ではあるのだが、ここまで危険が少ないモノは食材として扱われる。


 あと、『魔石』も一応採れる。

 が、小さすぎて価値はほとんどない。


 そんなビジイクレイトの採取物を見て、ナナシィは目を輝かせた。


「うわぁ……スゴいですね」


「では、美味しい料理を期待しています」


 ビジイクレイトは、ナナシィたちの脱いだ鎧などの装備を持って、集会所へ向かおうとした。


 そのときだ。


 慌てた様子で、スカッテンがアーベントたちと出てくる。

 

 今日は休日だったのだろうか。


 皆、普段着なのだが、なぜか慌てている。


「どうしたんですか?」


「ビィー、か。実は……」


 スカッテンが言おうとした答えは、すぐにわかった。


 拠点から『木の魔境』へ向こう方角の道から声が聞こえてくる。


「大丈夫か! あと少しだぞ」


 5人の大人たち……先生として拠点に滞在しているスカッテンの部下たちが、慌てた様子で拠点に向かって走っている。


 彼らは荷車のようなモノを引いていて、そして、そこには3人の少年が横たわっていた。


 シュタイズとゼンカとスシュタンだ。


 彼らは、皆血塗れになっており、重傷だと一目でわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る