第156話 『パドル・クラーケ』
ナナシィたちと『魔境』の探索をはじめてから10日目。
今日は、島で『水の魔境』と呼ばれる、大きな水たまりが広がる洞窟のような『魔境』に来ているのだが、そこで、ビジイクレイトは、ただ驚いていた。
『はぁー……人間って、あんな大きな化け物を倒せるんだな』
その驚きの理由は、ビジイクレイトの視線の先にいる、大きな生き物の死体だ。
その名前は、『パドル・クラーケ』という『魔獣』である。
ビジイクレイトたちがいる、この『水の魔境』の中でおそらくは最も強い『魔獣』であり、そのレベルはなんと5。
人の体のような太さの足を8本操る『魔獣』で、体の大きさは馬車の荷台ほどはあるだろう。
そんな『魔獣』を倒したのは、なんと3人の少女である。
「……倒せた?」
「たぶん……」
「こ、今度こそ、終わりだと思いましたわ」
息も絶え絶え、といった様子だが、勝者は3人の少女だ。
『パドル・クラーケ』の全身は焼け焦げ、短剣が刺さり、足のほとんどは切り落とされている。
ちなみに、戦いの内容を要約すると、突如現れた『パドル・クラーケ』(ビジイクレイトが偶然遭遇して、慌てて逃げてきた)を相手に、サロタープが『魔聖法』で牽制しながら、隙を見てモゥモが短剣を刺して弱らせていき、ナナシィが薙刀でトドメを刺した、という内容である。
『見事だね。あのタコの『魔獣』は、イノシシの『魔獣』とおなじレベルなのだろう? 彼女たちだけで倒してしまうとは思わなかった』
『そうだな。俺も追いかけられた時はもうダメだと思ったけど』
ビジイクレイトは周囲を見回す。
『今回は、戦った場所がよかったな』
レベル5の『魔獣』に勝てた要因に、彼女たち自身も気がついているようだ。
「水辺から離れた場所での戦いで助かりましたね……明らかにタコさんの動きが鈍っていましたから」
「うん、どんどん弱っていた」
「私の『魔聖法』も最後の方は効いていましたからね」
そう、今ビジイクレイトたちがいる場所は、本来『パドル・クラーケ』が生息している水辺から遠く離れた陸地である。
一応、『パドル・クラーケ』も短い時間ならば地上で行動出来るのだが、本来の能力を発揮できる場所ではない。
『実際、あのタコは地上ではどれくらいの強さなんだい?』
『地上でも8本の足を動かして攻撃してくるのは驚異だからな……少なく見積もっても、レベル3相当はあるだろ』
ビジイクレイトが戦ったわけはないので、憶測でしかないのだが。
それでも、大金星である。
『しかし……残念だったね』
『なにがだ?』
レベル5の『魔獣』を倒して、なにが残念なのだろう。
『いや、せっかくのタコの『魔獣』なのに、彼女たちが堅実に倒したせいで、お色気シーンにならなかったじゃないか』
『そんなこと望んでねーよ!』
とんでもないことを言い出す本である。
『そうかい? 見目麗しい少女たちにお色気ハプニングは皆無だったし、戦いとしては地味だった。この場面は小説にするときにかなり端折るのではないかと思うのだが……』
『そ、そんなことねーよ』
実際、端折ってしまったが。
内容が、打つ、突き刺す、斬るしかなかったので、正直書きにくかったのである。
『ところで主よ』
『なんだ?』
『質問なのだがね。この世界にはレベルアップとかはあるのかい?』
『は? あるわけないだろ?』
そんなものがあるのなら、すでに書いているし、マメに話している。
『なんでそんなことを聞くんだ?』
『いや、彼女たちが強くなりすぎているのではないかと思ってね。10日前は、レベル2の『魔獣』を相手に慌てていたんだよ?まぁ、ちゃんと勝てていたが、今日の戦いと比べると、動きが明らかに違って見えたのだが……』
『ああ、そういうことか』
マメの言うとおり、10日前と比べて、サロタープたちの動きはよくなっているのに間違いはない。
レベル3相当の『魔獣』と戦っているのに、彼女たちの鎧に目立った傷はないのだから。
『その理由は、まずは慣れだな』
『慣れ?』
『ああ、10日前は、あんまり『魔獣』と戦うのに慣れていなかったんだろ。ま、普通に生活していたら『魔獣』と戦う機会なんてそんなになかっただろうしな。だから、この10日で『魔獣』と戦うのに慣れたってのが一番の要因だな』
『なるほど、この10日、彼女たちはずっと主が連れてきた『魔獣』と戦ってきたからね』
『人聞きの悪いことを言うなよ、俺はただ逃げ回っていただけだ』
『驚いたね。全然人聞きとやらの悪さが改善していないよ?』
連れてきたでは、わざとサロタープたちに嫌がらせをしているようである。
ビジイクレイトは、偶然『魔獣』と遭遇した哀れな被害者であるということを忘れてはいけない。
『魔境』にいる『魔獣』は、ビジイクレイトには強すぎるのだ。
『……あぁ、でも一応レベルアップみたいな話はないわけではないか』
『なんの話だい?』
『いや、さっきマメが聞いていただろうが。レベルアップはあるのかって。レベルアップはないけど、練習とか訓練とか以外で、強くなる可能性はある』
『可能性、とは?』
『話したと思うけど、『魔境』で採取出来るモノは質が良いんだよ。簡単に言えば、『魔境』の外で採れるモノのレベルアップ版ともいえなくはない。だから、人間も『魔境』で生活していると強くなるって、説があるな。『魔境』にある『魔』が体内に入って』
『それは、以前、主が話していた『聖石』が『魔聖石』に変わるようなことかい?』
『まぁ、そんなところだ』
マメは、もうずいぶん前にビジイクレイトが話してくれたことを思い返す。
『んー……なるほど。その理屈でいくと、もしかして『魔境』で採れたモノを食べていくと強くなる、とかもあるのかい?』
『ある。あるけど、あっても、筋トレの方が効率がいいってレベルの話だろうけどな。むしろ、プロティン的なモノだと思った方がいい』
『ふむ、となると、彼女たちが強くなったわけは結局……』
マメとビジイクレイトは、サロタープたちの方を見て、言う。
『慣れたから』
そんな彼らの言葉を証明するように、サロタープたちは戦っていた。
相手は、『水の魔境』のような、水場がある『魔境』では代表的な『魔獣』である『オゼアンインセク』。
わかりやすくいえば、デカいフナムシである。
「いぃいいいやですわぁああああああ!!」
カサカサと近づいてきた『オゼアンインセク』に、サロタープは叫び声をあげながら炎を放っていく。
「……サロンちゃん、元気ですね」
「私たちは楽だけど」
サロタープが炎で攻撃した『オゼアンインセク』に、ナナシィとモゥモがトドメを刺していく。
しかし、『オゼアンインセク』は次々と現れる。
「なんでこんなにやってくるですわぁああああああああ」
ほとんど混乱しているような声をあげるサロタープだが、彼女が放つ炎は、一発ごとに命中精度があがっていき、的確に『オゼアンインセク』を燃やしていく。
そして、最終的にはサロタープの『魔聖法』だけで、レベル1の『魔獣』である『オゼアンインセク』をしとめることができるようになった。
もっとも、そのあとにすぐにサロタープが精魂尽き果てて動けなくなり、ビジイクレイトたちはその場から逃げることになるのだった。
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