第155話 戦闘民族?
「つ、疲れましたわぁ……」
「うう……お風呂に入りたい」
「さすがに、死ぬかと思った」
夕方、『木の魔境』から無事に帰還したサロタープたちが、ヘロヘロになりながら歩いていく。
「いやぁ、今日はお疲れさまでした。装備の修理と料理の注文は僕がしておくので、先にお風呂に入っていてください」
「わかりましたわぁ……」
武器や鎧など、血が付いている装備を外した3人は、それらをビジイクレイトに預けてフラフラとしながら大部屋に戻っていった。
そんな彼女たちを見送りながら、ビジイクレイトは頭のなかでつぶやく
『うーん、疲れているなぁ。まぁ、30匹以上も『魔獣』を倒したんだから、当然か』
あれから、次々と現れる『魔獣』たちを、サロタープたちは見事な動きで蹴散らしていた。
『ふむふむ。それで、彼女たちが頑張っている間、主は何匹の『魔獣』を倒したんだい?』
『0!』
『元気なお返事だね。主だけ今から『魔境』に行ってきたほうがいいのではないかね?』
『あと少しで夜だぞ? 『魔境』にたどり着くまえに死ぬわ』
『魔獣』は、別に『魔境』にだけ存在しているわけではない。
数は少ないが、この島にも生息していて夜になると動きが活発になって襲ってくる危険性はかなりあるのだ。
一応、この拠点の周りは『魔獣』除けの『魔聖具』は使われているので危険はないが、『魔境』に向かっている途中で確実に襲われるだろう。
そんなまっとうなビジイクレイトの返答に、なせかマメは呆れるようにしながら、話題を変えてきた。
『ところで主よ。なんだか見られているようだよ』
マメに言われて視線を動かすと、食堂のテラスでシュタイズたちが食事をしていた。
彼らの脇には、支給されていた武器とは違う武器がある。
あれが、シュタイズが購入したという『魔聖具』の武器だと思われる。
テーブルには山盛りの肉や魚が置かれていて、まるで見せびらかすように……いや、実際に見せるために、そして見るために彼らはあそこで食事をしているのだろう。
『シュタイズたちか……順調なようだな。こんな早い時間から食事をして、楽しそうだ。身につけている装備にも傷一つないし。『魔聖具』の武器なんて、まるで新品のように輝いているじゃないか』
『こっちはボロボロだったのにね。主以外が』
『俺も少しは汚れているだろ』
『魔獣』から逃げるのも簡単ではないのだ。
特に、ビジイクレイトは弱いのだから。
『ま、あんまり見て、からまれても面倒だ。どうやら、ボロボロになって帰ってくるほかの奴らを見て肴にしたいだけのようだからな』
ビジイクレイトは、汚れたサロタープたちの装備を持って集会所の入り口まで歩いていく。
そこで、装備の点検や洗浄、修理などを頼むのだ。
その後、なるべくシュタイズたちの視界に入らないように食堂へ向かい、食事を注文する。
ついでに、採取したアプフェルをいくつか使って果実水を作ってもらった。
今、サロタープたちは汚れた体をお風呂で綺麗にしているころだ。
お風呂上がりに飲むと美味しいだろう。
できあがったアプフェルの果実水を受け取ってサロタープたちがいる大部屋に向かおうとすると、ちょうど帰ってきたアーベントたちとすれ違った。
彼らも大変だったのか、汚れたと思われる鎧などは身につけていなかったが、皆疲れた顔をしている。
軽くアーベントと会話をしたあと、ビジイクレイトはそのまま食堂を離れた。
テラスからは、シュタイズたちに笑い声が聞こえてくる。
今日、『魔境』の探索を終えた子供たちで、シュタイズたちだけが元気なようだった。
「ふーさっぱりしました」
大部屋にたどりついて、しばらく待っているとほかほかと湯気をあげながらナナシィたちが風呂から出てくる。
部屋に風呂までついているのは、この大部屋くらいだ。
贅沢ではあるが、体を綺麗にすることは大切だ。
体が資本の冒険者である。
清潔にしておかなくては、変な病気にでもなったら大変なのだ。
「装備はすべて点検と修理に出しておきました。衣服の洗濯は、ご自身で持って行きますよね?」
「そうですね、ビィーくんにばかりお任せするわけにはいかないですからね。それくらいは自分でします」
満面の笑みで答えるナナシィに、ビジイクレイト尾は少し食い違いを感じ取る。
ビジイクレイトとしては、鎧などならまだしも、直接肌に身につけていた衣類を異性に任せるのはイヤだろうという意味でいったのだが、ナナシィは純粋にビジイクレイトに仕事を押しつけるのを申し訳なく思っていそうである。
ちなみに、サロタープもナナシィと同じように思っているようであり、唯一モゥモだけはビジイクレイトの言葉の意図に気がついている。
サロタープは、元々上位貴族なので、何でも他人に任せる習慣が身についているのでわかるが、ナナシィは何も思わないのだろうか。
不思議に思いつつ、ビジイクレイトは机の上に置いている果実水をナナシィたちにすすめる。
「今日の『魔境』の探索の際に採取したアプフェルの果実水です。どうぞ」
「え、いいんですか!? いただきます!」
ナナシィたちは喜んでイスに座ると、果実水を美味しそうに飲んでいく。
「おかわりありますから」
「本当ですか!?」
「それはスゴい」
無邪気に果実水を飲んでいくナナシィとモゥモだが、サロタープだけはなにやら思案しているように、じっと手元にある果実水を見ている。
「どうされましたか? アプフェルの果実水は苦手でしたか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……ビィー様は、このアプフェルをいつ採取していたのですか?」
サロタープの言葉に、飲み干した果実水をお代わりしようとしていたナナシィとモゥモが手を止める。
「私たちが『魔獣』と戦っている間に、採取をしていたのですか?」
「……そうですね」
ビジイクレイトはサロタープの質問に答えながら、マメに言う。
『あー……こりゃマズいかな』
『まぁ、命がけで戦っている中、一人だけ採取していたんだからね。それをどう思うか……』
サロタープは目を伏せて、口を閉ざしている。
「ビィーくんに、お話しようと思っていたことがあるんです」
そんなサロタープに気を使うようにしながら、ナナシィが申し訳なさそうに言う。
『うーん、これは、あれか? もしかしなくても『3回目』か?』
『もしかしなくても『3回目』だろうねぇ。さすがに、30匹は多すぎたのではないかい?』
『いや、わざとやったわけじゃないし。こっちも命がけで逃げた結果なわけでして……』
『それでも限度があるだろう』
『この展開、人気でるかなぁ』
『『追放』されると人気がでるわけではないだろう』
マメのもっともな意見を受け入れながら、ビジイクレイトはナナシィたちから追い出された後のことを考える。
『春まで待てって話だけど、やっぱりこの島から出て行った方がいいよな』
『出て行ってどうするのか、って問題はあるけどね』
マメと一緒に今後の事を考えて、少し困った顔ををしている間に、ナナシィが重そうな口を開く。
「今日は……ありがとうございました!」
大きな声で、お礼を言いながら。
「……ありがとう?」
ナナシィの予想外の言葉に、ビジイクレイトは思わず聞き返した。
「はい! 『魔獣』さんたちを連れてきてくれただけではなくて、採取までしてくれていたなんて……装備も点検に持って行ってくれましたし、お風呂上がりに果実水まで! 何回お礼を言っても言いたりません!」
力説するナナシィに、ビジイクレイトは余計に困惑する。
「えっと、ですね」
「ナナシィの言うとおり。話には聞いていたけど、あんなに『魔獣』を連れてくるとは思わなかった。おかげで、今日は貴重な経験を積むことができた。ありがとね」
モゥモが、空になった果実水のコップに口を付けながら言う。
「『魔獣』の探知だけではなくて、採取までしていたなんて、なんてお礼を言いのかわかりませんわ。ありがとうでは、足りない気がしてなりませんわ」
サロタープが、ちびちびと果実水を飲みはじめる。
サロタープが目を伏せていたのは、申し訳なさから来ているモノだったようだ。
そんな3人の反応に、ビジイクレイトはさらに混乱していく。
「えーと、僕はただ、『魔獣』から逃げ回っていただけで……」
「今日は私たち、あまり役に立てませんでしたが、明日からは頑張りますので!」
「ナナシィ、明日は無理。装備の修理もあるし、そもそも、たぶん明日は動けない。筋肉痛で」
「そうですわね。あんなに多くの『魔獣』と戦う経験なんて初めてでしたから……明日は体を休めつつ、今日の反省点を話し合いましょう」
ビジイクレイトのことを追求することなく、お礼を言って、3人はそのまま今日の出来事を話し合っていく。
その中に、ビジイクレイトに対する批判は一切なかった。
それが不思議でならない。
『いや、これどういうこと?』
『……そうだね。彼女たちはあれじゃないかな』
マメは、一度口を閉ざして、溜めてから言う。
『戦闘民族』
『……そんな、尻尾が生えてるわけでもあるまいし』
ちなみに、この世界に月はないので、暴れることはないだろう。
『まぁ、貴族は戦う者だし、冒険者を目指しているなら、ある程度『魔獣』と戦うことは喜びだったりするのかな?』
それでも、危険な『魔獣』と戦わせてしまったビジイクレイトのお礼を言うのは、どういう感情か、弱いビジイクレイトにはまったくわからないのだが。
じっと、3人を観察するように見ていると、彼女たちもビジイクレイトの方をじっと見つめだした。
「……えっと、どうしました?」
「その……お代わりをいただいてもよろしいでしょか?」
サロタープが恥ずかしそうにいいながら、コップを差し出してくる。
ナナシィとモゥモも同様だ。
「……かしこまりました」
ピッチャーに入れていた果実水をサロタープたちのコップに注いでいく。
おかわりを受け取った少女たちの笑顔に、ビジイクレイトは深く考えるのをやめるのだった。
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