第153話 『木の魔境』へナナシィ達と
『おおお、ブラボー』
食事を終えて、ビジイクレイトはナナシィたちと『木の魔境』へ向かった。
『木の魔境』はその名前のとおり、草原と森林が広がっている『魔境』であり、主に植物が採取できる『魔境』である。
ほかの『魔境』に比べて、『魔境』そのものに危険が少なく、『土の魔境』とともに、島にある6つの『魔境』のなかで最も初心者向けな『魔境』だ。
そのため、昨日はじめて組んだナナシィたちと向かうには最適な『魔境』であり、同じような理由でアーベント達は『土の魔境』に向かったのだろう。
ただし、ここは『魔境』である。
『魔境』以外では得ることが出来ないような様々な富がある反面、凶悪な『魔獣』がいる。
もっとも、その『魔獣』を易々と葬ることが出来る者たちがいるのだが。
「やぁああああああああ!」
「ギィ!?」
大きなネズミが、吹き飛ばされる。
ネズミの名前は、『デッドワズ』
一部を除き、ほとんどの『魔境』に存在するその『魔獣』は、『木の魔境』にも当然いる。
そんな『魔獣』を棒に刃が取り付けられた武器……いわゆる薙刀で吹き飛ばしたのは、普段は清楚で包容力を感じさせる少女、ナナシィだ。
しかし、『魔獣』と戦っている今は、その清楚さと包容力は、そのまま武士のような気高さと安心感に変わっている。
「えいっ」
「……イッ!?」
吹き飛ばされた『デッドワズ』が体勢を整えていると、背後から、脳天に刃が突き刺さる。
刺したのは、小柄な少女、モゥモである。
物静かな彼女は、戦い方も実に静かで、二本の短剣を『魔獣』の急所に刺して、トドメを刺す。
その横で、サロタープが杖を掲げていた。
「『魔聖火弾』」
サロタープが『魔聖法』を使う。
『魔聖火弾』は、小さな炎を打ち出す『魔聖法』だ。
『ツウフの魔境』で、使用したは人差し指ほどの大きさだった火の弾は、一回りほど大きくなっているようだ。
「ギィ!?」
サロタープの『魔聖火弾』は、的確に『デッドワズ』の片目に当たった。
「モゥモ」
「うん」
片目が燃えて苦しんでいる『デッドワズ』の喉をモゥモが切り裂いてしまう。
ナナシィ、モゥモ、サロタープの息のあった戦いに、ビジイクレイトは改めて感嘆した。
『ブラボー、マジでブラボー』
『発音が下手だねぇ』
『ブゥラボォー!』
『いや、発音はどうでもいいんだが』
『どうでもいいんかい。ならやらせるなよ』
『そんなことより、主よ。なんで君はまた何もしていないんだい? こんな場所で』
マメの指摘に、ビジイクレイトは、自分の周囲をみる。
そこは、アプフェルが実る木の上。
『こんな場所って、俺が『魔獣』と戦えない弱いヤツってことは知っているだろ?』
『それで、主が連れてきた『デッドワズ』の対処を仲間に任せて、主は逃げ隠れている……と。でも、これだとシュタイズたちと同じ構図になるのだが、そのことには気がついているのだよね?』
マメが言うとおり、ナナシィたちが『デッドワズ』と戦っている様子を木の上で見ているのは、2日前にシュタイズ達と『木の魔境』に来たときと同じ状況だ。
『いや、でも今回は違う点があるぞ『デッドワズ』が今回は3匹同時だし、戦っているのは可愛い女の子だ!』
『変わってはいるが、改善点はないね。主に、主の好感度に対して』
そんな話をしている間に、ナナシィ達はもう一匹いた『デッドワズ』を倒してしまう。
『……しかし、強いなサロタープ様達。まぁ、サロタープ様はもともと上位貴族で、しかも裕福な家の出だから、ある程度戦えるのはわかっていたけど……』
驚くべきは、ナナシィとモゥモだ。
『二人とも、アーベント並の強さだな。『デッドワズ』なら、普通に一対一でも勝てそうだ』
『さすがは主を除くと実質的な一位と二位、というわけだね、彼女たち』
『もしかしたら、レベル2も余裕かもな。『リスコウアッフ』とか……あ』
マメと話しながら、アプフェルを採取しようとさらに木を登ったときだ。
ビジイクレイトは上を見て固まる。
「キャキャ」
「キャルル……」
噂をすれば影、ではないが、二匹の『リスコウアッフ』がビジイクレイトを見ていた。
「いやぁああああああああ!?」
ビジイクレイトは、大慌てで木を降りる。
というか落ちる。
『マズいよ、主!』
『ああ、これはマジでマズい!』
『このままでは、完璧に同じ展開だよ、この前と!』
『そっちかよ!』
『でも、確実にPVが減ると思うのだよ、僕は!』
『それはマズいな!』
といっても、ビジイクレイトにできることはない。
ビジイクレイトは安全地帯へ……つまり、さきほど『デッドワズ』との戦いを終えたサロタープ達の元へと向かう。
「助けてぇっ!」
「ビジ……ビィー様? いったい何が……」
「……『リスコウアッフ』?」
「えっ!?」
ビジイクレイトの背後にいる二匹の『魔獣』に、少女たちは慌てて戦いの準備をする。
「レベル2の……『魔獣』」
「本当に連れてきた……」
「話には聞いていましたが……」
サロタープは強い『魔獣』の登場にごくりと喉をならし、モゥモは落ち着かせるように大きく息を吐いた。
そして、ナナシィは薙刀を構えて、言う。
「よし! 戦いますよ! サロンさんは『魔聖法』で二匹を分断、一匹を押さえてください。モゥモは、牽制と削りを!」
「……わかりましたわ」
「かしこまり」
ナナシィの指示に、サロタープはぎゅっと体に力を入れて、脱力した。
自身にあえて緊張をかけて、不要な体の強ばりを無くしたのだろう。
しっかりと二匹の『リスコウアッフ』を見据えたあと、サロタープは杖を掲げる。
「『魔聖火炎弾』」
さきほどサロタープが使用した『魔聖火弾』よりもさらに大きな炎……握り拳ほどの炎が一匹の『リスコウアッフ』に打ち出される。
やや左側。
ちょうど、『魔聖火炎弾』を避けるとさらに二匹の距離が開くように打ち出された火の弾は、サロタープの狙い通り、『リスコウアッフ』を引き離す。
「『魔聖火壁』」
サロタープが杖を振り上げると、その軌跡から走るように炎の壁が現れる。
ナナシィの指示通り、『リスコウアッフ』を分断したサロタープは、一匹のレベル2の『魔獣』と向き合った。
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