第152話 アーベントとの会話

 冒険者の朝は早い。


 というか、忙しい。


 ビジイクレイトは手早く着替えると、まずは情報収集に向かった。


 情報は大切だ。


 昨日までの出来事を知ることで、今日これから起きる事を予想して、対策することが出来る。


 そうすれば、効率よく『魔境』を探索する事が出来るし、何より、生き残る確率が高くなるだろう。


『ツウフの魔境』の時は、ある程度の情報をカッツァに集めてもらっていたが、この島では、集会所に掲示されている。


 ビィーが集会所に着くと、そこには、一人の少年がすでに掲示されている情報に目を向けていた。


「おはよう、アーベント」


「ああ、おはよう、ビィー」


 ビジイクレイトよりも少し淡い色の紺色の髪を一つにまとめているアーベントは、一度だけビジイクレイトの方を見ると、またすぐに視線を戻してしまった。


「今日は、何か変わったことがあるかな?」


「……アプフェルの買い取り価格が昨日よりも低くなっている。『木の魔境』には行かない方がいいかもな」


「へぇー……まぁ、もともと、ここの買い取り価格は安く設定されているけどね」


 昨日から掲示された『魔境』で採れるモノの買い取り価格は、通常、その土地の領主が指定する価格の平均よりも半額程度にされていた。


 というのも、島は正規に運営されている『魔境』ではないため、品物を市場に流すのに手間がかかるのだ。


 その部分が、買い取り価格に反映されているのと、あとは、あくまでもこれは訓練であるということを忘れてはいけない。


 正規に運営されている『魔境』でも、『魔境』で採れるモノの価格は日々変動する。


 現在掲示されている買い取り価格は、その品物がもっとも安い時の価格に合わせているのだ。


「アーベントは、今日はどこに向かうつもりなんだ?」


「……『土の魔境』に向かうつもりだ。鉱石の価格が良いし、それに鍛錬にはちょうどいいからな」


「そっか。僕達は……『木の魔境』かな」


「……『木の魔境』? 『木の魔境』は、アプフェルの買い取り価格が……」


「自分たちで食べればいいからな。魔境産のアプフェルは美味しいんだよ」


 ビジイクレイトが自慢げにいうと、アーベントは少しだけ目を見開いて、そして笑う。


「そうか、それは盲点だった」


「実際、お金がほしいとき以外は、物々交換のほうが効率がいい時が多いぞ、ここ」


「そうなのか?」


「ああ、食堂にアプフェルを5個も持って行けば、豪勢な夕食が食べられるし、『魔石』1つで個室に泊まれるようになる」


「……そんなこと、どうやって調べたんだ?」


「普通に聞いたら教えてくれたぞ?」


 ビジイクレイトにはカッツァという情報源があるが、先ほどの情報は普通に食堂で働いている人や、部屋を管理している人と世間話をしながら聞き出したモノだ。


 情報収集とは、集める場所が多いほど、価値が上がる。


「ちなみに、レベル1の『魔石』一つで、丸一日食堂で食べ放題飲み放題、武器の研磨や風呂も入り放題になるらしい」


「……それはいいな。『魔石』があれば、だが」


「『魔石』なら、持っているだろ?」


 アーベントは、『光組』でもっとも活躍していた。


 一回の『魔境』の探索で10匹以上の『魔獣』を倒していた『光組』は、全部で126匹のレベル1の『魔獣』と1匹のレベル2の『魔獣』を倒している。


 基本的に、前回の30日間では、課題以外の『魔境』で手に入れたモノは、その組のなかで山分けにする決まりだ。


 だから、アーベントも『魔石』は持っているはずなのだが。


「……『魔石』で思い出したが、シュタイズ達は『魔聖具』を手に入れたらしい」


「『魔聖具』? 探索用のか?」


「いや、武器だ。『剛雷の剣』と『炎の斧』と『風の弓』の3つ」


「……量産品か。それでも安くはないだろ。そんなのどうやって……」


 アーベントが言ったシュタイズが買ったという3つの『魔聖具』は、市場に広く出回っている量産品の『魔聖具』だ。


『魔聖具』を用いての戦い方を覚えるための入門用の武器のような位置づけで、安くはないが、普通の武器よりも強力なのは間違いない。


「『剛雷の剣』は40から50万シフ……『炎の斧』と『風の弓』は20万シフくらいか? 輸送費も10万シフはするだろ」


 ざっくり見積もっても、100万シフはする。


「そんなに高いのか、『魔聖具』の武器って」


 ビジイクレイトが言った『魔聖具』の値段に、アーベントは目を見開いている。


「ああ、だからどう頑張っても……もしかして、物々交換か。『魔石』はここで売ってもレベル1なら5000シフくらいだけど、直接交換すれば、一つ一万シフくらいの価格で交換してくれたのか」


 それでも、気になることはある。


「……126個の『魔石』。山分けにしたのなら……」


 ビジイクレイトがじっとアーベントを見ると、彼はただ笑みを作る。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」


「アーベントは……」


「ありがとう。今日も色々教えてくれて」


 そういって、アーベントは集会所から出て行こうとする。


「……『土の魔境』に行くなら、地面をよく見た方がいい」


「……地面?」


「盛り上がっている地面には『ファゲン・モル』がいるかもしれないから。それに、湿っているのにコケも雑草も生えていない地面からツタだけが伸びていたら、よく調べるといい。地中に『土酒』があるかもしれない」


「『土酒』?」


「『土芋』の中身が地中で発酵して出来た酒だ。度数が強くて味もいい。買い取り価格は掲示されていないけど、レベル2の『魔石』よりも価値は高いはずだ」


 ビジイクレイトからの情報に、アーベントは目を見開く。


「『土芋』のツタの形状なら、この本に載っている。物々交換なら、酒が好きな人に渡すのがおすすめだな。スカッテンとか」


 ビジイクレイトが一冊の本を渡す。

 それは、この島で採取できる植物をまとめた資料だった。


 頼めば誰でも手に入れることができるが、一冊5000シフするので、おそらくこの本を持っている子供はビジイクレイトくらいだろう。


「……いいのか?」


「僕はもう読んだから」


「ありがとうな。本当に」


 ビジイクレイトにお礼を言って、アーベントは去っていった。


『……これで少しは補填できたかな』


 アーベントの背中を見ながら、ビジイクレイトは少しだけ顔をゆがめる。


『彼は、もしかして……』


『『魔石』を受け取っていないんだろ、シュタイズたちから』


 気づけそうな事ではあった。


 彼は、シュタイズ達がビジイクレイトの食事を奪っているときも、参加している様子はなかったのだ。


『……どうするんだい?』


『別に、どうも。何をするにもアーベントに迷惑がかかるだろうし……こうやって、世間話するくらいだろ』


『世間話、ねぇ。色々教えていたようだけど』


『本を読むのは好きだからな。その内容を語る機会があって嬉しいかぎりだ』


 一通り、掲示されている情報を読んだあと、ビジイクレイトも食堂に向かうのだった。

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