第147話 ナナシィとモゥモ

「あ、待て!」


 シュタイズが気づいた時には、ビジイクレイト達は扉のすぐ近くまで来ていた。


 このまま、入ってくる子供達と入れ替わるように外に出れば、シュタイズが追いついてくる前に自室までたどり着ける。


 さすがに部屋にまで追いかけてはこないだろうし、部屋の前で騒ぐようなら先生達に追い払ってもらうしかない。


 食堂や集会場での、ある程度のモメ事は許容できても、個人的な空間である部屋でのモメ事には対処せざるおえないはずだ。


 そのまま、食堂を出ようとすると、ビジイクレイトの行き道を塞ぐように二人の人物が前に出てきた。


「お、おお……!」


 シュタイズがうれしそうな声を上げる。


 ビジイクレイトの前に立ちふさがったのは、ゼンカとスシュタン……ではなかった。


『……なんで、この二人が?』


「ナナシィさんと、モゥモさん! 僕のために……!」


 ビジイクレイトの前にいるのは、ナナシィとモゥモという、2人の少女だった。


『えーと、確か、ナナシィはさっきの成績で2位の女の子だったね。モゥモは3位。主をのぞけば、実質1位と2位というわけだ。色々疑問はあるが……とりあえず、なんであの男はあんなにうれしそうなんだい?』


『シュタイズが狙っている女の子達だからな。二人とも可愛いだろ?』


 ナナシィは、真っ黒な髪の毛を長く伸ばしており、清楚でありながら包容力を感じさせる笑みが特徴的な女の子だ。


 ジスプレッサほどではないが、宝満な身体付きで彼女を見かけるとシュタイズやゼンカ、スシュタンが鼻の下を伸ばしている。


 モゥモは、ピンク色の髪の毛をショートボブにしている華奢な女の子で、無口というか、感情を感じさせない子だ。


 よくナナシィの後ろにくっついていて、微笑ましい。


 二人とも、まるで貴族のような気品を感じさせるほどに見目麗しい容姿をしており、サロタープと並べても遜色がないほどの美少女である。


『見た目がいいってのもあるだろうけど、前回の成績では1位と2位だったからな。確保しておきたかったんだろう、シュタイズは。優秀な将来の妾候補として』


『元々、貴族なんだっけ、彼』


『追い出された元貴族の子供、だけどな』


 シュタイズは、この島にいる子供達の中で唯一、家名を名乗っているように、元々貴族の子息である。


 サロタープのように暗殺されかけたのを助けられたのではなく、病気になった母親と一緒に追い出された後、母親が死亡して、この島にやってきたそうだ。


『元貴族だから、見た目のいい孤児は全員自分のモノ……なんて思考で動いているんだろうな、シュタイズ』


『……なんかわかりやすいクズだね、彼』


『そうか? 貴族の子供なんてそんなもんだろ』


『そうなると主も同じ思考ということになるね』


『いや、俺は健全なる男子高校生の精神があるから』


『男子高校生の精神にそこまで健全なイメージはないのだがね』


『誰が年中発情期だ。ちゃんとした倫理観を持っている男が、ビジイクレイトの中にいるジイク君だ!』


『発情期なんて言っていないし、そもそもちゃんとした倫理観があれば、仲間に『魔獣』をけしかけたりしないだろう……』


『あれは事故でーす!』


 なんて言い合いをしている間に、シュタイズがビジイクレイト達に追いついてくる。


 目の前にいるナナシィ達を無視して通り抜けようとしても、このまま自室に戻るのは無理だろう。


 諦めて、ビジイクレイトはしっかりと彼女達に向き直る。


『なんでシュタイズの味方をしているのかわからないけど……』


『普通にホレているとかではないかね? それか、元貴族という肩書きに惹かれたとか』


『そんな話は聞いたことないんだけどな』


 事情通というわけではないが、この島にいる子供達の人間関係については、ある程度情報を集めている。


 そのなかで、シュタイズが女の子達を狙っているという情報はあったが、おつき合いのある女の子がいるという情報はなかった。


『どっちかといえば、6位のジュエンって子がそういう玉の輿狙いって話だったけど……』


『話してみるしかないのではないかい?』


『それもそうだな』


 後ろでシュタイズが近づいてくる気配を感じながら、ビジイクレイトは目の前にいる少女達に声をかける。


「えっと、ナナシィ様と、モゥモ様、ですよね? その、どうかされたのですか?」


「……えへへ、こうしてお話するのははじめてですねビィーさん。実は、ビィーさんにお願いがありまして……」


「お願い、ですか?」


「ふ、ふふふ……そうだ、君たちからも言ってくれ。サロンさんは……」


 シュタイズがビジイクレイト達の後ろの方で勝ち誇ったように声を上げている。


 だが、彼の言葉を聞いている者は……少女は、いなかった。


「はい!ビィーさん。私と、こちらのモゥモ。私たち二人と、明日から一緒に『魔境』へ行きませんか?」


「へ……?」


 ナナシィ達からの予想外な誘いに、ビジイクレイトは思考が一瞬停止する。


「な、なぜだぁあああああああ!?」


 そして、シュタイズの声が食堂に響くのだった。

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