第146話 春まで待って欲しい

「グレナ茶を一つ」


「500シフです」


 食堂に向かい、お茶を頼むと料金を請求された。


 これまで食事の追加注文にお金を払っていたが、お茶だけでお金を請求されたことはない。


 周囲を見ると、いつの間にか料金表が掲示されていた。


 もう、明日からの仕様に変更されているのだろう。


「あー……じゃあ、せっかくだし、このクッキーのセットに変えてもらえますか」


「かしこまりました。700シフです。料理は席までお持ちします」


 食堂には今は誰もない。


 外には出ずに、端の席にビジイクレイトは座った。


『……さて、これからどうするかな』


 窓から見える空は、青かった。


 雪はうっすらと積もっているが、風はない。


 つまり、船さえ出せば、この島から出ることができる。


『どうするんだい? 最下位どころか、一位だったわけだが』


『まぁ、一位だからって出て行かない理由にはならないしな。とにかく、スカッテンかカッツァにでも相談して……』


「おまたせいたしました」


 注文していた料理が運ばれてきた。


 しかし、ビジイクレイトは料理よりも、料理を運んできた人物に目を向ける。


「……カッツァか」


「はい。おはようございます。ビィー様」


 ビジイクレイトが知る限り、一番『闇の隠者』に近い人物であるカッツァは、ニコリと微笑んでいて、とても楽しそうにしていた。


「……知っていたのか? 成績のこと」


「もちろん。最終的な決定は『あの方』が下したので」


『あの方』とは、もちろん『闇の隠者』のことだろう。


 予想していたカッツァの言葉に、ビジイクレイトは唇をとがらせる。


「理由を聞いてもいいか?」


「それはビィー様がよくご存じでしょう。ですが……『あの方』より伝言があります」


「……なんだ?」


「『春まで待っていてほしい』とのことです。まだ雪も積もっていますし、この島から出て行くにしても、冬より春のほうがよいでしょう」


「つまり、結局は俺を滞在させるため、か。どうするんだ? モメるぞ、確実に」


「それはそれ、ですね。ビィー様が気にすることではないかと」


 カッツァの笑みが深くなる。


 綺麗だが、感情は読めない。


「……服装は普通の綺麗な村娘って感じなのにな。悪の女幹部っぽい格好の時よりも怖いぞ」


「どうかされましたか? 小さな声でぶつぶつと」


「いや、何でもない」


 ついこぼれてしまった本音を、お茶を飲みながらごまかす。


「……しかしながら、これから起きることについては、謝罪を申し上げておきます。あまりいい気分ではないでしょうから」


 カッツァは、食堂の入り口に目を向ける。


 耳を澄ませば、声が聞こえてきた。


 どう考えても、モメている。


「……気にするな。原因の半分以上は、俺のせいだし」


『そうだね。主が『魔獣』から逃げ回ったせいだね』


『うるせーよ』


「……失礼します」


 カッツァが言葉に謝罪の感情を込めながら下がっていく。


 同時に、食堂の扉が開かれた。


「つまり! 君は僕といっしょに組むべきだ!!」


 しがみつくような言葉を発しているのは、シュタイズだった。


 その前方に、ビジイクレイトがよく知っている少女がいる。


 紫色の髪を一つにまとめている少女は、食堂を見回すと、すぐにビジイクレイトに視線を止めて、まっすぐに歩いてきた。


 後ろで声をかけているシュタイズを無視して。


「サロンさん! 僕の話を聞いてくれ!」


「ビィー様。こちらにいらしたのですね。ご一緒してもよろしいでしょうか」


 サロタープは笑顔だったが、どこか異を唱えることを拒否しているような威圧感がある。


「え、ええ、どうぞ……」


「サロンさん! まさか、本当にこんな奴と……」


 すぐ隣でシュタイズが叫んでいるが、サロタープには聞こえていないようだ。


 意識から、無視されている。


「さっそく本題ですが……ビィー様。明日から、一緒に行動しましょう、ね?」


「サロンさん!」


 シュタイズの声が、もはや叫び声のようになっている。

 正直、うるさい。


『……必死すぎるだろう』


『シュタイズ、サロタープ様のことを狙っていたからな。いや、サロタープ様も、って感じだけど』

 

 サロタープがビジイクレイトを誘ってくることに驚きはない。


 そうするだろうな、と思っていたからだ。


 ただ、シュタイズの行動は予想外だった。


 ここまでわめき散らすとは、彼の生まれから考えても、ありえないのだ。


 騒いでいるシュタイズの横で、サロタープと話をするのも難しい。


 どうしようかと悩んでいると、食堂の扉が再び開かれた。


 どうやら、ほかの子供達も集会所から食堂に移動してきたようである。


 そろそろ昼食の時間だ。


 お茶にお金をとられるようになったが、通常の昼食や夕食は、今日まで提供される。


 食事をしながらのほうが、集会所よりも誰かと徒党は組みやすいだろう。


 食堂の扉が開いたことにシュタイズが気を取られている間に、ビジイクレイトは席を立つ。


 こういう事態をカッツァは予想していたのだろう。


 お盆に載って運ばれていたお茶とクッキーを持って、静かに立ち上がると、サロタープもすぐに意図を察してビジイクレイトの後についてきた。

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