第143話 豪勢な朝食

「どうしてお前はまだここにいるんだ?」


 翌日。


 サロタープと豪勢な夕食を食べた後、何事もなかったかのように寝て起きた後に、朝食を食べるために食堂に向かったビジイクレイトは、不機嫌そうな顔のスシュタンに言われた言葉の意味を、少し考えてしまった。


『んー……ああ、そういえば昨日、『光組』から追放されたんだったな。やべ、完全に忘れていた』


『追放されたのに、本人がその追放に何の悲壮感や怒りがないのは、あまりよくないんじゃないかい? PV的に』


『そんなこと言われてもな……正直、追放されてもされなくてもどうでもいいって感想だし……』


 元々、無理矢理連れてこられた『魔境』探索の訓練だ。


 ビジイクレイトの中で、重要度はかなり低い事柄なのである。


『まぁ、もめ事が起きても面倒だし、この場はおとなしく立ち去るか』


 スシュタンの後ろにいるシュタイズとゼンカがこちらにやってきそうなそぶりを見せていたので、ビジイクレイトは即座に食堂を去ることにする。


「あー……ああ、申し訳ございません。そういえば、昨日『光組』を辞めたのでした。失礼します」


 立ち去る前にシュタイズ達が座っている机をみると、朝食の量がいつもよりも増えていた。


 ビジイクレイトが食べるはずだった分を、すでに彼ら3人で分けたのだろう。


『まぁ、しょうがない』


 シュタイズたちがそのようなことをするのは、昨日の出来事からもわかっている。


 ビジイクレイトは、昨日の夜も座っていた外のイスに座ると、近くにいたカッツァに頼んで朝食を用意してもらう。


 お金を払った分、普段よりも豪勢な朝食を食べながら、ビジイクレイトは優雅な朝のひとときを過ごすのだった。




 朝食を終えたあと、ビジイクレイトはある部屋へと向かった。


 その部屋は、普段は全体での講義や、報告事項があるときなどに使われる拠点で一番大きな部屋である集会場であり、今は島で『魔境』探索の訓練を受けている『光組』と『闇組』の子供達が集まっていた。


 50人は収容できる集会場の前方中央には、映像を映し出す大きな『魔聖具』が置かれており、その前に、一人の男性が立っている。


「全員そろったようだな」


 最後に集会場にやってきたビジイクレイトを、その男性は軽く睨む。


『……スカッテンか』


 男性はツウフの『魔境』であった、『黒猫の陰影』の団長であるスカッテンだった。


『珍しいね。普段は名前も知らないような者が、課題を出したり、連絡事項を知らせていたのだが……』


『まぁ、『闇の隠者』の手駒というか、配下の冒険者達のリーダーだ。今日は普段のように連絡事項の案内だけじゃないし、ここにいても不思議じゃない、か』


 マメとスカッテンがいる理由を考察しながら、適当に後ろの方の席にビジイクレイトは座る。


 周りには誰もいなくて、ほかの者は皆、前方に集まっていった。


「……あー、前の方に集まってくれ」


 スカッテンが、出来の悪い子供を見る目で、ビジイクレイトに言う。


『……ダメか。動くのが面倒なんだけど』


『おとなしく従いたまえ。一人だけ後ろにいるのも目立ってしまうだろう?』


『目立っていようがいなかろうが、一緒だと思うけどな……近づきたくねぇー』


 ビジイクレイトは自分に対して侮蔑と嫌悪を示している3つの視線をはっきりと感じていた。


 視線の主は、もちろんシュタイズたちである。


 彼らにもっとも遠い位置になるように移動して、ビジイクレイトは顔を伏せた。


 子供達のなかでも最後尾に居座ったビジイクレイトに対して、スカッテンはまだ不服そうな視線を向けているが、諦めたように一息付くと、話し始める。


「まぁ、いいか。では、始める。まずは、皆、今日までの訓練、ご苦労だった。こうして、誰一人大きな怪我もせずに無事でいることをうれしく思う」


 スカッテンは、集会場に集まっている11人の子供達を見回し、満足そうに頷いた。


「今日は……」


「ちょっと待ってください、スカッテン先生」


 そして、そのまま話を始めようとしたときだ。


 スカッテンの話を、シュタイズが止めた。


 突然声をあげて立ち上がったシュタイズにスカッテンとその場にいた子供達も困惑した顔を浮かべる。


「あー……なんだ、シュタイズ」


「申し訳ございません、お話を遮ってしまって。しかし、これは大切なことなのです」


 シュタイズは、まるで自分を大きく見せるように姿勢を正すと、ビジイクレイトをにらみつける。


「今日は、あの『黒猫の陰影』を率いるスカッテン先生が来られて、我々の成績とこれからの課題についてお話していただくことになっています。そのような大事な場に、ふさわしくない人物が紛れ込んでいる。僕には、それが耐えられないのです」


 シュタイズは、名前こそ言わないまでも、誰のことを批判したいのか態度で示していた。


 事情をよく知らないだろう『闇組』のサロタープをのぞく女の子達は、シュタイズとビジイクレイトを交互に見ている。


「ゆえに、昨日我々は報告しました。彼の悪行を、無能さを。そして、『光組』から脱退させてほしい……いや、我々と同じ扱いをやめてほしいとお願いをしたはずです」


 シュタイズは、今度はスカッテンの方を見ていう。


「なぜ、彼がここにいるのでしょうか。なぜ、追い出さないのでしょうか。それを説明していただきたい」


 シュタイズの目は、まっすぐにスカッテンに向けられている。


 その目は、リーダーとして行動するにふさわしい、迷いのない者の目だった。


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