第142話 豪勢な夕食

 シュタイズの背中を睨んでいるサロタープの肩を、ビジイクレイトはポンポンとたたく。


「まぁまぁ、サロン様。落ち着いて」


「これが落ち着いていられますか!? ビジイクレイト様も、なんであの男に言い返さないのです!?」


 サロタープの怒りの矛先が、なぜかビジイクレイトの方を向いた。


「なんでって……シュタイズの言っていたことは、正論でしょう?  というか、ここではビィーですよ、サロン様」


「正論!? どこがですか!? 『光組』が魔獣を討伐出来ているのは、どう考えても……」


「彼らが優秀だから、ですよ。サロン様。それに、評価に関して言えば、僕よりも彼らの方が必要なのです。『魔聖石』は、僕達には必要ないでしょう?」


 ビジイクレイトの意見に、サロタープは口を閉ざす。


 この『魔境』の探索で優秀だと認められた者には、『魔聖石』が贈られるそうだ。


 しかし、ビジイクレイトとサロタープは、特に『魔聖石』を必要としていない。


 なぜなら、『魔聖石』を使って手に入れるモノ……『神財』をすでに二人とも持っているからだ。


「……そうですけど、それでも『魔聖石』は貴重なモノですわ。私たちに必要ではなくても、あのようなことをおっしゃる方に授けられるのは、少々不満といいますか……」


「それでも、彼らの方が必要としていることに変わりはないでしょう。ああ、シュタイズがいきなり脱退なんて言い出したのも、それが原因かもしれませんね」


 あることを思い出して、ビジイクレイトは手を打った。


「どうかされましたか?」


「いえ、明日は何があるのか、サロン様は覚えていますか?」


「明日? 明日は特には……」


「明日は、これまでの課題に対して、評価がされる日ですよ」


「ああ、そういえば、そのようなことをおっしゃっていましたね」


 ビジイクレイトに言われて、サロタープも思い出したようだ。


『闇の隠者』が開催している子供のたちの『魔境』探索の訓練は、30日ごとに評価を公表するらしい。


 ビジイクレイトたちは途中参加のため、初回の評価の時にはおらず、また20日しか参加していないが、ほかの子供たちは明日で2回目の評価とのことだ。


 合計で3回の評価があり……つまり90日間の訓練の結果によって、子供たちは『魔聖石』が与えられるか決まるのだ。


「今は『魔聖石』を必要としていないので、忘れていましたわ」


 以前は義理の弟妹のために『魔聖石』を得ようとしていたサロタープだったが、その熱は冷めているようだ。


『命をねらってきた者たちに、いつまでも愛情は持てないだろうさ』


 マメの言うことは当たり前だし、サロタープの心情も理解出来る。


 聖人ではあるまいし、人には恨みや憎しみがあるものだ。


「それで先ほどの方が脱退などと言い出した理由は……ああ、ビィー様を咎めることで、相対的に自分の評価を上げようとしているということですね」


「そういうことですね。僕のような足手まといがいたのにも関わらず、これだけの好成績を納めたのです、スゴいでしょう。と、シュタイズ達は評価されたいのでしょう。まぁ、僕が足手まといだったのは事実ですけど」


 ビジイクレイトが笑うと、サロタープは不機嫌そうに眉を寄せた。


「そのようなこと、おっしゃらないでくださいまし。それで、ビィー様はどうするおつもりですか?」


「……どうする、とは?」


「だから、脱退のことです! 本当に『光組』から抜けるのですか?」


「そうですね。元々、ついていけないと思っていたので、ちょうどよかったのかもしれません。やはり、私のような弱者は、『魔境』になんて足を踏み入れるべきではなかったのですよ」


 心底……心の底からの思いを込めて、ビジイクレイトは言った。


 そんなビジイクレイトの言葉を聞いて、サロタープは唇に手を当ててなにやら考え始めた。


「ビジイ……ビィー様が抜けるなら……ビィー様は、女性との行動は慣れていますわよね?」


 そして、唐突な確認をビジイクレイトに対してする。


「へ? いや、慣れているというか……ジスプレッサ様とは20日近く行動を共にしていましたが……というか、なんでそんなことを?」


「え?それは……ナイショ、ですわ」


 サロタープは、唇に手を当てる。


「ナイショって、気になるんですけど……」


「そんなことよりも、ビィー様の夕食は、本当にそれだけですの?」


 サロタープは唐突にビジイクレイトが持っているパンを指さした。

 

「へ?」


「それだけだと、本当に体に悪いですわ。私たちはまだまだ体が成長する時期です。沢山食べないと、立派な貴……冒険者にはなれないですわ!」


 サロタープは、目に炎が灯りそうなくらいに力説を始めた。


 もともと、サロタープの実家であるバーケット家は、農業が盛んな領地だ。


 彼女の母親が貧民相手に炊き出していたことからも、食事に対して、優先度が高めの思考をしているのだろう。


 もっとも、食事に気を使っているのは、ビジイクレイトも同じである。


『大きくなれるといいね』


『うるせーよ』


 とにかく、食事の重要性は、ビジイクレイトもわかっているのだ。


「完全に、そのパンだけでは栄養が足りておりません!……私がお出しできるのは、スープだけですが、お召し上がりになりませんか? 量は沢山ありますので……」


「あー……大丈夫です。心配しないでください」


「大丈夫とはおっしゃいますが、そのパンだけでは……」


「もう、注文しているので」


「はい?」


 ちょうどよく、というべきか。


 サロタープが首を傾げたときに、エプロンをつけた女性がやってきた。


「おまたせしました。『ヴルストの盛り合わせ』と『ピッツァ・ゾマードン』『コーイルのサラダ』です」


 女性は、お盆をビジイクレイトの隣にあった小さな机におく。

 

 そのお盆には、ホカホカと湯気が立ちのぼる食事が載せられていた。


「……これは?」


「ここの食堂、決められた食事のほかに、お金さえ渡せば色々作ってくれるんですよ。用意されている食事だけでは足りないので、いつも追加で注文するのです」


「そうなんですの?」


 サロタープは驚愕しながらも、じっとお盆のうえに載っている食事に視線を集中させている。


 サロタープも12歳。


 絶讃成長期。


 おなかが空く時期である。


「サロン様もいっしょにどうですか? ご存じのとおり、用意されていた夕食が無くなったので、これだけでは少し足りないのです。なので、追加で注文しようと思っていたのですが……」


「いいんですの!?」


 サロタープは目を輝かせながら、身を乗り出してくる。


「ええ、何を食べたいですか?『ヴルストの盛り合わせ』や『サラダ』は頼めばすぐに来ると思いますが……」


 サロタープは、料理を運んできてくれた女性に、少し興奮気味に注文していく。


「スープはありますの? 出来れば、今日の夕食で出てきたスープをさらにお湯で薄めたようなモノではなく……『ダプットコンゾミー』がありますの!?では、それをいただいてもよろしいでしょうか。あと……ええ、『白ヴルストの盛り合わせ』に、『カルトッフェのサラダ』……」


「デザートもご用意しておりますが」


「本当ですの!? ではでは、何か温かいモノを……『パンクフン』? いいですわーーー」


 サロタープのテンションが爆上がりである。

 どうやら、これまでの夕食の質と量に不満を持っていたのだろう。


 ここまで上機嫌なサロタープを見たのははじめてなので、ビジイクレイトが少し困惑していると、料理を運んできてくれた女性と目があった。


 どこかであったことのある女性だ。


 その正体に、ビジイクレイトはすぐにピンときた。


『カッツァか……』


『悪の女幹部っぽい人だね。もう、普通に普通の格好をしていることの方が多い気もするが……』


 カッツァが何か探るような目でビジイクレイトを見てくるので目をそらしていると、その間にサロタープは料理を次々と注文していった。


 結果、お祝いをするといっていたシュタイズたちの料理よりも数倍は豪勢な食事がビジイクレイトたちのところへやってきて、食べるのに苦労することになるのだった。


 なお、サロタープはビジイクレイトの倍は食べたことを追記しておく。

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