第141話  2回目の追放

『って、これはどうなんだ?俺、これで二回目の追放なんだけど』


『『追放』は人気の展開ではあるが……どうなんだろうね。こんな中盤というには話が進んだ状況で『追放』されても、読者はついていくのか、という心配はあるが……』


 といっても、ビジイクレイト自身、もともと島から出て行くつもりだったのだ。


 そんな状況で『追放』されても、何のダメージもない。


 むしろ、展開が変わったことによる状況の変化の方がうれしいくらいだ。


 主に、小説のネタ的に。


「どうしたんだい? そんな呆けた顔をして。もしかして、驚いている、わけないよね? あれだけ僕達の足を引っ張ったんだ。己の無能さくらい、自覚があると思っていたのだが」


 ビジイクレイトがマメと話し合っていることを、シュタイズは『追放』を宣言されて驚愕しているととらえたようだ。


 ある意味、驚愕はしているのだがおそらくはシュタイズが思っているビジイクレイトの心境は、現実のビジイクレイトと大きく異なるだろう。


 だが、そんなことビジイクレイトにはどうでもよかった。


 重要なのは、この『追放』の詳細である。


「あー……失礼しました。えっと『追放』……じゃなかった、『光組』からの脱退とのことですが、皆さんが賛同というのは……」


「もちろん。私と、ゼンカと、スシュタンだ。アーベントは何も言っていなかったが、彼も賛同しているだろう。何せ、今日は君のせいで『デッドワズ』と一人で戦ったあとに、レベル2の『リスコウアッフ』を戦わせられたのだからね。正直、命の危険を感じたよ。まぁ、僕達だから対応出来たがね」


 シュタイズは、一息つくと、ビジイクレイトに冷たい目を向けた。


「……わかっていると思うが、君が脱退しなくてはいけない理由は、その無能さだ。毎回毎回。『魔境』に行く度に君は魔獣を引き連れてくる。何匹も何匹も……戦えもしないのに、だ! そんな足手まといの面倒をみることは、我々にはできないのだよ!」


 ビシィと突きつけるように、シュタイズは言う。


『うーん。正論。これはしょうがないね、主』


『いや、俺も返す言葉はないんだけど。あれ?もしかして、『追放』される側に落ち度があると、あまりよろしくない? その、小説の展開的に』


『そりゃそうだろうね。『追放系』の物語の面白さは、役立たずだと思っていた者が、実は陰でものすごく役に立っていて、その者を追放したことによるその後の組織の没落がカタルシスとなることなのだからね』


 マメのいうとおり、このまま『追放系』の流れに話を持って行こうにも、ビジイクレイトが魔獣を引き連れて『光組』に迷惑をかけていたことに間違いはないのだ。


 正直、ビジイクレイトごときがいなくなっても、『光組』の少年たちが困ることはないだろう。


 彼らは、ビジイクレイトから見ても十分優秀なのだから。


 そんな今後のこの小説の展開に頭を悩ませながら、ビジイクレイトはとりあえず少しでもネタになりそうな情報を集めるためにシュタイズに質問する。


「あー……なるほど、わかりました。もう一つ確認なのですが、このことは先生方はご存じなのでしょうか?」


『魔境』探索の先生として拠点に滞在している大人たちも、このことを知っているのか質問すると、シュタイズは少しだけ表情を曇らせた。


「……いや、今ゼンカとスシュタンが話をしにいっている。しかし、受理されるだろう。我々の苦労を、先生方はご存じのはずだからな」


 まだ話はしていないのか、とビジイクレイトが脳内で情報をまとめていると、座っていたサロタープが立ち上がってビジイクレイトの横にきていた。


「……ビィー様を脱退させるというのは、本当ですか?」


 サロタープは、ビジイクレイトの腕をつかんでいる。


 そのサロタープの手を軽く睨みつけながら、シュタイズは答えた。


「ええ。我々には、このような無能必要ないので」


「……愚かですわ」


 サロタープは、小さくつぶやくと、ビジイクレイトの手に……正確にはその手に握られている食べかけのパンに目を向ける。


「そして、追い出すために、食事の量を減らした、と?」


「……そうですね。直接言うのもはばかられたので、気づいてくれないか、と。まぁ、彼のような無能には、我々からの訴えを理解するのは難しかったようですが」


 やれやれ、とシュタイズは首を振る。

 そのシュタイズの態度は、サロタープの癪に障った。


「……そんなことが許されるはずはないでしょう!食事は、まさしく明日を生きる糧なのです! 明日は『魔境』の探索がないとはいえ、このような横暴は……!」


 サロタープの剣幕に、一瞬圧倒されたシュタイズだったが、すぐに笑みを作って返答する。


「……そんなに怒らないでくださいよ。たった一食ではないですか。それに、彼はどうせ『魔境』にいっても逃げ回るだけ……ああ、もし空腹で動けなくなったら、そちらの方が助かりますね。魔獣をつれてくることがなくなるということですから……そうか、もう少し早く、食事を抜けば良かったのか」


 シュタイズが笑いながら答えた内容に、サロタープの表情がさらに険しくなる。


「なんということを……!」


「サロン様が同じ時期にやってきたその男を庇う気持ちはわかりますが……無能とは仲良くしないほうがいい。その男は、何もしないならまだしも、邪魔をすることしか出来ないのですから」


「邪魔とは……いいですか、彼は……」


「サロン様」


 今にもシュタイズにつかみかかりそうなサロタープの肩にビジイクレイトはポンと手をおく。


「ビジ……ビィー様」


「私のためにありがとうございます。ですが、シュタイズが言っていることもわかるのですよ。私は、彼らについて行くことができませんでしたから」


「ほう? では、おとなしく『光組』から出て行く、と」


「はい。先生方の許可をいただけるのであれば」


 笑みを作ってシュタイズに答えると、彼は満足げにうなずいた。


「ふん。本来ならば自ら言い出さなくてはいけないことだろうが……我々の慈悲に感謝しろ」


「もちろん。ご迷惑をおかけいたしましたこと、お詫び申し上げます」


 ビジイクレイトは右手で拳を作り、それを左手でつかんでから前に出して頭を下げる。


 平民が目上の者に対して行う挨拶の所作。


 これを形式上は平民同士であるシュタイズに対して、ビジイクレイトが謝罪の場ですることは、そのまま、自分の非を最大限認めることになる。


 そのビジイクレイトの行動に、サロタープは悔しそうに唇を噛み、シュタイズは愉快そうに笑った。


「ハハハ。では、失礼する。我々はこれから無能を追い出せたお祝い……いや、レベル2の魔獣を討伐した祝勝会をするのでね。サロン様も、ご一緒にどうでしょうか。甘味を用意しておりますが……」


「結構です」


 サロタープが綺麗な作り笑いで断ると、シュタイズは残念という感情を込めて息を吐いた。


「そうですか……まぁ、サロン様もその無能がいなくなれば、視界も広くなるでしょう。では、ご機嫌よう」


 シュタイズは笑いながら食堂に帰っていった。

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