第139話 パン一つ

「はい、どうぞ」


 メガネの少年、スシュタンからパンを一つ手渡されたビジイクレイトは、その手にあるパンを見てから、再度スシュタンの方をみる。


「えっと、これは……」


「今日の夕食ですよ」


 スシュタンは、『不機嫌』という感情を隠すように笑顔を作っていた。


 ビジイクレイトが所属している『魔境』探索の子供たちのグループ『光組』は、無事に『リスコウアッフ』を倒し、『木の魔境』から帰還していた。


 もちろん、『リスコウアッフ』と戦った4人の少年たちは無傷ではなかったが、その傷は回復薬で完治する程度のモノであり、今ビジイクレイトの目の前にいるスシュタンにも目立った外傷はない。


 なので、いつもどおり島の中央にある『猫の隠れ家』を大きくしたような拠点に帰ってきて、食堂で食事をすることになったのだが、ビジイクレイトだけ除け者にされて、スシュタンがパンを一つ持ってきたのである。


 つまり、スシュタンが不機嫌な理由は……


『……『不機嫌』じゃなくて、『軽蔑』か、これ』


 スシュタンの視線に込められた感情に気が付いたビジイクレイトは、心の中でポンと手を打った。


『『軽蔑』ではなく、『嫌がらせ』のような感じだろうがね。現状は。まぁ、自分たちを危険に陥れた者に対して、やり返したくなる気持ちもわからなくはない』


『っていっても、パン一つか……』


 本来なら、夕食は平民としてはかなり豪華なモノがでる。


 パンは3つは食べることができるし、ほかにも主菜となる肉や魚、スープに副菜もあるはずなのだ。


 しかし、ビジイクレイトが食べるはずのそれらの料理は、ほかの『光組』の少年たちの元へいっているようだ。


 スシュタンの後ろで、普段よりも量が多い食事を見せびらかすようにしている長剣を使う『光組』のリーダーであるシュタイズと斧を使う副リーダーのゼンカが、にやにやと笑っていた。


 ビジイクレイトが彼らを見ていることに気が付いたスシュタンは、笑みを深くする。


「無能に食べさせるモノはない、ということですよ。食堂にいるのも邪魔なので、出て行ってくれませんか? ビィー」


 スシュタンからはっきりと感じる『拒絶』に押されて、ビジイクレイトはおとなしく食堂から出て行くのだった。






『ちくしょう……俺はちゃんと課題の採取をしていたのに、ひどくないか?』


『毎回魔獣をけしかけられていたら、ああいう態度になってもしょうがないと思うよ』


『いや、魔獣と戦うのは冒険者にとって必須技能だろ?』


『その必須技能を放棄している者がいるようだね』


『俺は冒険者になるつもりはないからな』


 拠点からでて、もう暗くなっている外で、ビジイクレイトはイスに腰をかけていた。


 拠点の周りには、魔獣除けの結界が張られているため、魔獣が襲ってくることはない。


 しかし、わざわざ夜に建物の外に出る者はなく、ビジイクレイトは一人だった。


『しかし、嫌われたモンだ』


 パンを噛みちぎって、咀嚼する。


 何もつけていないパンは、もちろん味がない。


 ビジイクレイトは、このパンを渡してきたメガネの少年、スシュタンのことを思い返す。


『ここに来たばかりのころは、親切にしてくれたんだけどな』


 スカッテンにつれられてこの島にやってきたとき、『光組』のなかでスシュタンは使い走りのようなことをさせられていた。


 そんな状況でもスシュテンは、ビジイクレイトにも話しかけてくれて、色々気を使ってくれていたのだが、『魔境』に一回行き、二回行き……と徐々にビジイクレイトが魔獣と戦えないということに、無能であるということに気がついていくと、態度が冷たくなっていった。


『主がグループの中で冷遇されるようになるつれて、あのメガネの少年の立場が上がっていったからね。端的に言えば、身代わりにされたんだろう。グループの最下層という立場のね』


『なんか、ドロドロとした学生のいじめの構図みたいだな』


『実際、似たようなモノだね。グループを構成している年齢的にも、状況も、ね』


 ビジイクレイトは現状をマメと話して……少し嫌気が差してきた。


『はぁ……もう、辞めようかな、ここ』


『おや? ようやくかい』


 ビジイクレイトの弱気な発言に、マメがなぜかうれしそうに賛同する。


『もともと、主は無理矢理つれられて来たのだからね。律儀に『魔境』探索の訓練なんて受けなくていいのだよ。それで、どうする? 自力で抜け出すかい? それとも、あのカッツァとかいう女性にコンタクトをとるのかい?』


『そうだな、一度、話はしようか。それで拒否されたら無理矢理……』


 この島の周りは海が広がっているが浦島太郎の『ウミガメ』を呼び出せば、脱出は容易だろう。



 一応、20日もお世話にはなっているので、挨拶くらいはしておきたいが、それでも訓練を強制されたら逃げ出す。


 そう決めたところに、ビジイクレイトの元へ一人の少女がやってきた。


「隣、よろしいでしょうか」


「ええ。どうぞ、サロター……サロン様」


 少女の名前を偽名に言い換えて、ビジイクレイトは了承する。


 豪華に巻かれていた紫色の髪を団子状にまとめ、平民の冒険者が着るような質素な服装をしているサロタープは、ビジイクレイトの顔を見るとうれしそうに微笑んだ。





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