第134話【指定封印/閲覧不可】№03-05

 そして、日が暮れる頃、あと少し、『アイダーキの滝』へと流れる川を越えればアイダーキの町へたどり着くというところまでやってきた。


 もっとも、予想通り先にカッステアク達がビジイクレイトを見つけており、彼らが戦っている最中だったが。


「お待ちください。今、我らが主カッステアク様とカッマギク様が、あの醜き『ケモノ』を退治しておりますので」


 カッステアク達の護衛と思われる騎士が、道を塞いでいる。


「急いでいるのだけど……」


 前に出て、おそらくは目の前の騎士を排除しようとしているヴァサマルーテをアインハードが止める。


「ふむ……カッステアク様達が武勇をふるっておられるとのことであれば、拝見させてもらえないだろうか。特に……カッマギク様のお力は、見たいものだ」


 ヴァサマルーテの婚約者、と自称しているカッマギクの名前をあえて強調してアインハードは道を塞いでいる騎士に言う。


 すると、騎士はしばらく悩んだあとに道を開けた。


「確かに、伴侶となるカッマギク様の勇姿はご覧になられた方がよろしいでしょう。どうぞ、こちらです」


「おい、ヴァサマルーテ」


 騎士の横を通り過ぎたあと、アインハードがヴァサマルーテを叱責する。


 同時に、道を塞いでいた騎士が崩れ落ちた。


「ごめんなさい。ちょっと気持ち悪かったから……大丈夫、殺してはない」


「まったく、余計なことはするな」


 倒れている騎士は道においたまま、彼らはビジイクレイトの元へと向かう。


 すると、人だかりが出来ていた。


 カッステアク達の取り巻きである、下位の貴族の子供達だ。


 その子供達の中心で、戦っている者たちがいる。


 ビジイクレイトと、カッステアク達だ。


「……『神財』を使っているのか」


 カッステアク達が取り出している装飾は立派な武器を見て、アインハードは顔を険しくした。


『神財』は、基本的に人を害するものに対して使用するものだ。


 それ以外の用途に対して許可も無く……ましてや、私闘に使うなどありえない。


 このままでは、カッステアク達は国に罰せられる可能性さえあるのだが。


(……逆に考えれば、罰せられないように手を回す……ビジイクレイト様を犯罪者とするつもりか。それならば、『神財』の使用もある程度考慮される)


 ランタークの権力を頼りにしているのだろう。


 カッステアク達の横暴に、アインハードは拳を握りしめた。


「待ちなさい」


 そのとき、声が響いた。


 とても澄んだ声。


 その声の主がヴァサマルーテだと気がついて、アインハードは彼女に目を向けた。


 ヴァサマルーテは、魔聖馬をゆっくりと動かしながら、ビジイクレイトを囲んでいる少年たちをかき分けて進んでいく。


(……任せるか)


 すでに、ビジイクレイトに求婚する言葉や最低限の礼儀などは教えている。


 あとはヴァサマルーテ次第だと、アインハードは見守ることにした。




 一方、ヴァサマルーテは、魔聖馬を操りながら、考えていた。


(えーっと、まずは馬から下りて、剣を渡して……違う、屋敷から追い出されたのか念のために確認してから、剣を……)


 考えているというより、思い出していた。


 ビジイクレイトを婚約者とする方法を。


 あまり女性から求婚することはないのだが、男性と同じ方法でも問題はないそうだ。


 馬上で何度も教えてもらった内容を思い出しながら、ヴァサマルーテは一歩一歩、ビジイクレイトへ近づく。


「そこを、どきなさい」


 ヴァサマルーテがビジイクレイトの元へ向かうのに、邪魔な存在がたくさんいた。


 彼らに退くように言うと、ようやくビジイクレイトの姿がはっきりと見えるようになった。


 衣服が薄汚れてはいるが、その力強い立ち姿に変わりはない。


(っ……!)


 ビジイクレイトと目があった。


 その瞬間、思いだそうとしていた求婚の作法が、ヴァサマルーテの思考と共に一瞬で消える。


 何も考えることが出来なくなった。


「おお! まさかこのような場所まで来るとは、我が愛しの剣よ!」


 何やら周りがうるさいが、そのような音などヴァサマルーテの耳には入らない。


 ただ、目の前にビジイクレイトがいる。


 それだけが、彼女の脳内で処理されていた。


(っと、いけない。まずは、えっと、遊ぶ……じゃなくて、求婚。最初に求婚しないと、えっと……)


 今すぐにでもビジイクレイトに飛びかかりたい思いを押さえて、ヴァサマルーテは自分のすべきことをしようと意識を切り替える。


(とにかく、馬から下りて……と)


 魔聖馬から下りて、再度ヴァサマルーテはビジイクレイトの方へ向き直る。


 だが、すぐに気になることが出てきてしまった。


「……あの……」


(なんだろう、あの本)


 それは、ビジイクレイトの横に浮かんでいる小さな本だ。


 あのような本、見たことがなかった。


「ああ、『我が愛しの剣』よ……」


 ビジイクレイトの隣に浮かんでいる本について考えていると、外野にいた何やらうるさい音を発している邪魔者が、何を思ったのかヴァサマルーテの前に現れた。


 ヴァサマルーテとビジイクレイトの間に立ったのだ。


 これまで、ただの騒音だと切り捨てていたが、さすがにビジイクレイトとの間に立たれるのは我慢が出来ない。


 見るに耐えないお粗末な炎を作り出そうとしていたので、その炎をヴァサマルーテは剣を振るって一瞬で消す。


「……どきなさい、と言ったはずですが?」


 誰だか知らないが、ビジイクレイトとの時間を邪魔しようとした者の横を、ヴァサマルーテは通り過ぎる。


「くっ……『愛しの剣』を前にして、力を込めすぎたか?」


 しかし、その邪魔者はなぜかもう一度お粗末な炎を作り出そうとしていた。


 その炎を、ヴァサマルーテは見ることなく消してしまう。


(なんだろう、この人。どこかで見たことが……ないか)


 見知らぬ人のことなど気にしないで、ヴァサマルーテはビジイクレイトの元へとたどり着く。


 ビジイクレイトは、岩で出来た橋の前に立っていた。


 一歩歩いて手を伸ばせば、触れ合える距離。


 ここまで近づくのに、二年もかかってしまった。


「……お久しぶりですね」


 事実と、そしてヴァサマルーテの想いがそのまま込められた言葉だ。


(まずは……そうだ)


 アインハードに教えられた作法を思い出して、まずはビジイクレイトに質問する。


「アイギンマンの屋敷を出たと聞きました」


「はい」


 久しぶりに聞く、ビジイクレイトの声だ。


 幼く、優しそうなのに、どこか芯の部分に強い意志がある。


「つまり、今はアイギンマンの家とは無関係だと、聞いています」


「そうですね」


(ならば、私と共にノールィンの地で生きていきませんか)


 そう言って、剣をビジイクレイトに渡す。


 それが、アインハードに聞いた求婚の言葉だ。


「なら……」


 ヴァサマルーテはその言葉を続けようとして、しかし、遮られてしまった。


 ビジイクレイトに。


「なら、私を殺しますか?」


「え?」


 ビジイクレイトは、剣と盾を構えている。


 ヴァサマルーテに向けて。


「カッマギク様の婚約者であるヴァサマルーテ様がここにいるということは……そういうことでしょう。かの『聖剣士』と戦えるとは……光栄だ」


「あの……」


(えっと、こういうときどうすればいいんだろう? お師匠様が何を言っているのかよくわからない!)


 想定外のビジイクレイトの言動に、ヴァサマルーテは困惑する。


「でも、私も……ただ殺されるつもりはない!」


 ビジイクレイトがヴァサマルーテに向けて剣を振るってくる。


 その瞬間、ヴァサマルーテから困惑が消える。


(……これは……)


 ヴァサマルーテは、ビジイクレイトの剣を、持っていた自身の剣で受けた。


「……くっ!?」


 困惑して気が抜けていた。


 ただ一撃で手が痺れ、体勢が崩れる。


 そのことにヴァサマルーテは驚愕し、そして、歓喜した。


(お師匠様の、剣だ!)


 二年ぶりのビジイクレイトの剣。


 夢にまで見た、ビジイクレイトの戦い。


 求婚しようとしていたことなど、どこかへ飛んでしまった。

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