第133話【指定封印/閲覧不可】№03-04

「結局、馬に乗るなら夜中に出ればよかった」


 ぶつぶつとヴァサマルーテは魔聖馬を走らせながら文句を言っている。


 剣だけでなく、乗馬もヴァサマルーテは得意だ。


「悪かった。まさか、アイダーキに向かわないとは思わなかったからな」


 アインハードは、ヴァサマルーテに併走しながら、もう何度目になるかわからないが、謝罪の言葉を口にする。


「カッステアク達は、そのまま魔聖車に乗ったそうだ。この調子なら、彼らよりも先にビジイクレイト様に合流は出来るから安心しろ」


「……その人たちよりも先に合流した方がいいの?」


 分かってなさそうなヴァサマルーテに、アインハードは呆れを隠せなかった。


「あのな……ビジイクレイト様の家族のカッステアク達と、他人の俺たち。どっちがビジイクレイト様の身柄を保護する権利があると思う?」


 アインハードの質問に、ヴァサマルーテは少し悩んでから答える。


「んー? 私?」


「わかった、もういい」


 そのヴァサマルーテの何も考えていなさそうな答えに、アインハードは話題を打ち切る。


 そんな会話をしていると、部下の一人が馬を走らせてきた。


「……報告か。何?」


 部下から受け取った木札の中身を読んで、アインハードは驚きの声をあげる。


「どうしたの?」


「……ビジイクレイト様が、進路方向を変更して、アイダーキの町に向かっているそうだ」


「そう。それがどうしたの?」


 ヴァサマルーテに、どう説明すれば良いのか、しばらく悩んでから、アインハードは話し始める。


「我々は今、ビジイクレイト様が駅のないオインダーキの町に向かうと想定して、魔聖馬でオインダーキへ向かっている。しかし、ビジイクレイト様が駅のあるアイダーキの町に向かっているのなら、我々よりも先に、カッステアク達がビジイクレイト様と接触する可能性が高い。彼らは、魔聖車に乗っているのだからな」


「それで?」


「……カッステアク達とビジイクレイト様が遭遇したら、我々でビジイクレイト様を保護することが難しくなる……家族の問題だからな。手を出すには、我々では立場も、権力も、弱すぎるのだ」


 仮にビジイクレイトが平民なら、貴族という権力を使って彼を保護することができただろう。


 しかし、ビジイクレイトは貴族……ましてや、東の王航四貴族、アイギンマンの子息なのだ。


 そして、カッステアク達もアイギンマンの子息である。


 身内同士の争いに口を出すには、アイギンマンの家は権力が強すぎるのだ。


「理想は、カッステアク達に気づかれずにビジイクレイト様を保護することだった。それならば、問題が起きる可能性はほとんどなかっただろう。しかし、先にカッステアク達がビジイクレイト様に出会った場合、保護しようとすると絶対に問題になる」


 アインハードが険しい顔をしていると、ヴァサマルーテは当たり前のように提案してくる。


「よく分からないのだけど……そのカッステアク?という人たちを倒してはいけないのかしら」


「絶対にダメだ!」


 物騒なことを言い出したヴァサマルーテを、アインハードが止める。


「カッステアク達は、ランタークの息子だ。何か起きれば、下手をすれば国際問題だ。ノールウィンで対処できる問題ではない」


「じゃあ、どうするの?」


「どうしようもない……ビジイクレイト様のことは、諦めるしか……」


 アインハードが絞り出すように答えると、恐ろしいほどの威圧を感じた。


 発生源は、彼の隣にいるヴァサマルーテだ。


「それはダメ。私はお師匠様と遊ぶの」


 そのヴァサマルーテの答えは、予想していたモノではある。


「……ちょういい機会、か」


 アインハードは、小さな声でつぶやいた。


「一つ、だけ、ビジイクレイト様を保護する方法がある」


「そう。それならそれを……」


「それは、ヴァサマルーテがビジイクレイト様を婚約者にすることだ」


 以前から、アインハードはヴァサマルーテの両親とこの内容で議論していた。


 というのも、ヴァサマルーテと婚約を希望する話が数多く来ていたからである。


 ヴァサマルーテは『聖財』を賜った『聖剣士』であり、またその容姿はとても優れている。


 婚約者を公言しているカッマギクはもちろん、ほかの王航四貴族の子息や、王族からも『聖剣士』ヴァサマルーテを嫁にしたいと話が来ているのだ。


 正式な内容ではないが、『勇者』も、ヴァサマルーテの婚約者候補である。


 これだけの候補者がいる中、それでもヴァサマルーテの婚約者を正式に決めてこなかったのは、ヴァサマルーテが明らかにビジイクレイトに対して好意を持っていたからだ。


 ヴァサマルーテは剣の腕は一流だが、頑固で融通がきかない面がある。


 そんな彼女が意中の相手以外と婚姻し、夫婦となれるのか怪しいところである。


 貴族は基本的に家のために婚姻相手を決めるべきなのだが、その家のため、という点を考慮しても、ヴァサマルーテの婚約者は、彼女自身の意志を尊重しなくてはいけない。


 それが、アインハードとヴァサマルーテの両親が出した結論だった。


(……さて、我らがノールィンの姫はどう答えるか。年頃の女の子が、即答は出来ないだろうが……)


「婚約者? お師匠様と? いいわよ」


 ヴァサマルーテは即答した。


「……いや、いいのか? 婚約者だぞ? その意味が……」


「将来、お師匠様と結婚するってことでしょう? それくらいわかるわよ」


 バカにするな、とヴァサマルーテが睨んでいる。


「いや、わかっているならいいんだが……」


「……お師匠様と結婚か。子供、男の子がいいなぁ。いや、女の子も……たくさん欲しいな。お師匠様の子供なら、きっと強い子だよね」


「思ったよりも、わかっているな」


 まだ成人していない姪が、意中の男性との子供のことを目を輝かせながら考えている。


 思ったよりもしんどい場面に不意に遭遇して、アインハードはヴァサマルーテから目をそらした。


「……ヴァサマルーテがビジイクレイト様を婚約者にするなら、会った時にすることがある。それを教えるから、今から覚えろ」


「結婚してください、じゃダメなの?」


「それは平民の言葉だ。貴族の求婚には直接的で簡潔すぎる。ヴァサマルーテでも覚えられるような内容にするから、ビジイクレイト様を婚約者にしたいなら、覚えろ」


「……わかった」


 こうして、ヴァサマルーテは、馬上で求婚の作法を覚えながら全速力でアイダーキの町へと向かった。

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