第132話【指定封印/閲覧不可】№03-03

「……ヴァサマルーテ!」


 アインハードの怒声が聞こえて、ヴァサマルーテは思考を戻す。


 ビジイクレイトとの戦いを思い出すと、どうしても意識が飛んでしまうのだ。


「なにかしら? アインハード叔父様」


「なにかしら? じゃない。これからどうするのだ?」


「どうするも……お師匠様に会えるなら、会いにいかないと」


 ヴァサマルーテにとってビジイクレイトとの戦いは喜びであり、何にも変えられない娯楽であった。


 なのに、十聖式とかいう儀式で『聖財』という武器を手に入れてから、ヴァサマルーテはビジイクレイトに会えなくなった。


『聖財』を見せてほしいと国中の領地に招かれて行かなくてはいけなくなったし、せっかくアイギンマン領に遊びに来ても、ビジイクレイト以外の貴族が周りを囲んで離れない。


 一度、周りの貴族を蹴散らせばビジイクレイトに会えるかもと思ったのだが、それはアインハードに止められたのだ。


『ビジイクレイト様の立場が変わったので、気安く会えない』と言われれば、ヴァサマルーテも従うしかない。


「これまではアイギンマンの領主になるから、自由じゃなかった。家から出て自由になったのなら、遊んでもらわないと。これまでの分も合わせて!」


 ふしゅーとヴァサマルーテが鼻息を荒くしているとアインハードは堅く目を閉じている。


「あー……まぁ、いいか。それで。で、どうする? 今、カッマギク様からビジイクレイト様の討伐に同行しないかとお誘いが来ているが……」


「……誰ですか、それ?」


 聞き覚えのない名前に、ヴァサマルーテはこてんと頭を横にする。


「……確認だが、お師匠様と呼びすぎて、ビジイクレイト様のお名前を忘れたわけじゃないよな?」


「私がお師匠様のことを忘れるわけがないじゃない」


「だよな。あれだけ熱心に口説いているのに、未だに名前さえ覚えられていないのか……自称婚約者」


 ぽつりと小さい声でアインハードが何か言っているが、聞こえない。


 ビジイクレイトの話ではなさそうなので、聞かなくても大丈夫だろう。


「それにしても……討伐? 誰が? 誰を?」


「カッマギク……いやおそらく率いるのはカッステアク様だろう。彼らが、ビジイクレイト様を討伐するのだ」


「その二人が誰か知らないけど……何人いるの?」


「彼らを支える下位の貴族の子供たちが中心だろうから……二十人ほどか?」


 ヴァサマルーテの質問に答えながら、アインハードの顔が曇る。


 思ったよりも、アイギンマンでのビジイクレイトの扱いが……立場が悪い。


(まったく、キーフェ・アイギンマンは何を考えているんだ?どう考えても、後継者として育て、守るべきはビジイクレイト様の方だろう)


 正直なところ、アインハードのカッステアク達に対する印象は悪い。


 その理由は、十聖式の二日前に起きた刃傷沙汰など数多くあるが、一番の理由は、カッステアク達の十二歳の誕生日の件だ。


 ビジイクレイトに会えなくて苛立っていたヴァサマルーテに、彼らの誕生日を祝う会のお誘いが届いたのだ。


 その誘いをアインハードは断ろうとしたのだが、参加者のなかにビジイクレイトの名前を見つけたヴァサマルーテが参加を決めてしまったのである。


 そして、会場に向かうとヴァサマルーテともう一人、『聖女』であるアープリアが別室に呼び出されたのだ。


 なぜ、別室に呼ばれたのか状況を把握する間もなく別室の扉が開き、隠し通路のような場所から出てきたカッステアク達と、ヴァサマルーテとアープリアは会場に入ることになったのである。


 このとき、ヴァサマルーテとアープリアはカッステアク達のエスコートは受けていない。

 ただ、近くにいただけだ。


 それでも、カッステアク達はヴァサマルーテとアープリアは、それぞれカッマギクとカッステアクのエスコートを受けたと噂を流し、婚約者であると公言するようになったのである。


(誰が考える? 誕生日を祝いに来た者を罠にかけて婚約者にするなど……あまりの出来事に、対応できなかった自分が今でも恨めしい)


 そのとき、護衛としてアインハードもヴァサマルーテの近くにいたのだが、何が起きたのか状況を把握出来ず、動きが遅れたのだ。


 すぐにヴァサマルーテをカッマギクから引き離したが、一瞬でもカッマギクがヴァサマルーテの近くにいただけで、彼らの取り巻きは満足し、噂を流したのだ。


 このような出来事から、正直カッステアク達は機会があればひねり殺したい程度には、アインハードは彼らのことを嫌っている。



「そう……」


 一方、カッマギクの名前さえ把握していないヴァサマルーテは、先ほどまで話していたビジイクレイトの討伐に関して興味がなさそうにしていた。


「急に声が落ちたが……ビジイクレイト様が討伐されると聞いて、不安じゃないのか?」


「……二十人の子供が相手と聞いて……そんなの、戦いになるわけがない。ビジイクレイト様と戦いをするなら、ノールィンの騎士団を全員出動させるくらいじゃないと」


 ヴァサマルーテのビジイクレイトの評価を聞いて呆れたような顔をアインハードは隠せなかった。


(相変わらず、我らがお姫様は……)


 ただ、アインハードもビジイクレイトを認めてはいる。


(あのとき、ヴァサマルーテの前に立っていたからな)


 カッマギクがヴァサマルーテに短刀で襲いかかった時のことを、アインハードは覚えている。


 カッマギクが振るった短刀など、ヴァサマルーテだけで対応出来ただろうが、それでも彼女を守ろうとした姿勢は評価に値するだろう。


(……やはり、ビジイクレイト様か)


 ヴァサマルーテの両親と話し合っていたことを思い出していると、アインハードの元に、彼の部下であるノールィンの騎士の一人が現れる。


 彼は木札を取り出すと、それをアインハードに渡した。


「……ふむ。ビジイクレイト様の居場所がわかったぞ」


「本当に!?」


「昨日からビジイクレイト様の追放の話はあったからな。何人か斥候をつけていた。今はアイダーキの町の近くの山で、野営の準備をしているらしい」


「そう。わかった」


 立ち上がろうとしたヴァサマルーテの肩をアインハードは押さえる。


「何? 叔父様?」


「何? じゃない。どこに行こうとした?」


「お師匠様のところへ」


「今は真夜中だ! ここからアイダーキまでどれくらいかかると思っている! 向かうのは明日だ!」


 不満げに、ヴァサマルーテはアインハードを見上げる。


「そんな顔をしてもダメだ。それに下手に動くと余計に会える時間が遅くなるぞ?」


「……どういうこと?」


「ビジイクレイト様は、今は追われる立場だ。まぁ、カッステアク達が勝手に追っているのだが。しかし、追われている以上、簡単に追いつけるように行動するとは思えない」


 ヴァサマルーテは頷く。


 これは、理解したというより、話を続けてほしいという意味だ。


「……アイダーキの町の近くにいるということは、そのまま中央の王都に向かう可能性もある。人も多くて、潜伏するのに最適だからな。そうなると、馬で追いかけるよりも魔聖車で行ったほうが早く着く。それに、アイダーキの町にも駅がある」


「つまり……明日、魔聖車に乗るということ?」


「ああ。だから、今日はもう寝なさい。明日は、朝一番早い魔聖車に乗るぞ」


 そう言われて、ヴァサマルーテは大人しく寝床に入る。


 しかし、朝、ビジイクレイトに付けていた斥候から、ビジイクレイトがアイダーキとは逆の方角、オインダーキの町に向かっていると聞いて、彼らは魔聖車ではなく、魔聖馬で、ビジイクレイトを追いかけることになるのだった。

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