第131話【指定封印/閲覧不可】№03-02

 

 ヴァサマルーテが、ビジイクレイトがアイギンマンの屋敷から出て行ったと叔父のアインハードから連絡を受けたのは、昼の火の鐘が鳴った頃だった。


「出て行ったのではない。追放されたのだ」


 出て行くと追放の違いがヴァサマルーテには良く分からなかったのだが、確認しておかなくてはいけない事がある。


「つまり……お師匠様に会えるということ?」


「……なんでそんな発想になるんだ?」


 アインハードは呆れたような顔をしているが、何か間違えているだろうか。


「お師匠様が私と会えないのは、自由じゃないから、なんでしょう? 家から出たのなら、お師匠様はもう自由のはずでしょう?」


 ヴァサマルーテの言葉に、アインハードはこめかみを押さえる。


 二年前。

 

 ビジイクレイトに会えなかったヴァサマルーテが暴れた事があったのだ。


 そのときに、ビジイクレイトに会えない理由を、彼女の両親とアインハードは『もう、自由にできる立場ではないから』と説明した。


 このときの『自由にできない』とは、『聖財』を賜ったヴァサマルーテのことを言っていたのだが、彼女はどうやらビジイクレイトのことだと思っていたらしい。


「……あのとき、やけに聞き分けがいいと思っていたが」


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 様子のおかしいアインハードを思考からはずして、ヴァサマルーテは思い出す。


 ビジイクレイトと初めてあった日のことを。

 

 その前に、ヴァサマルーテについて少しだけ記そう。

 ヴァサマルーテという少女は、物心ついた時から、剣の天才であった。


 五歳の時には、単騎でレベル3の魔獣と戦える屈強な騎士を数多く生み出す領地であるノールィンの剣の型を全て会得するほどに、だ。


 そんな彼女には同年代で同じ程度の腕前の子供がいなかった。


 三つ上の兄や、五つ上の兄達でさえ、彼女の相手にはならなかったのだ。


 かろうじて、アインハードや彼女の両親とならば剣の稽古の相手をすることが出来たが、体格も経験も、大きな隔たりがあるとはっきりと分かる相手だ。


 数年経てば、追いつくだろうと幼いヴァサマルーテにもはっきりと分かってしまっていた。


 故に、ヴァサマルーテは常に退屈で、苛立っており、その不満は、日頃から暴力として形になっていた。


 そのとき、唯一ヴァサマルーテが大人しくなっていたのが、ノールィンの屋敷で初代当主の姿絵を見ていた時だ。


 歴代のノールィンの家系でただ一人『聖財』を賜った『剣聖』である。


 その『剣聖』が立っている絵をじっと見ているときだけ、幼いときのヴァサマルーテは心が安らいだ気がしていたのだ。


 そんなヴァサマルーテに転機が訪れたのは、七歳の七真式の時。


 一人の少年に出会ったのだ。


 少年の名前はビジイクレイト。


 アイギンマンの三男で、悪い噂が沢山あった少年だ。


『ケモノ』のように無情で、無能で、醜い存在であると。


 その噂を事前に聞いていたのだろう、アインハードは、そのような少年が東の領地のまとめ役、王航四貴族でもあるアイギンマンの家に名を連ねていることに不満を言っていた。


 もっとも、ヴァサマルーテはあまりそのような話を聞いていなかったのだが。


 ただ、一目ビジイクレイトを見たときに、ヴァサマルーテは目を奪われた。


 あまりの衝撃に、動けなくなったほどだ。


 それほどまでに、ビジイクレイトの立ち姿に、ヴァサマルーテは心を打たれたのだ。


(……しっかりと芯の通った立ち姿。根の張った大木よりも雄々しく、暖かい。初代様の絵も綺麗だったけど……ビジイクレイト様は、もっとスゴかった)


 きっと、実物の『剣聖』は、このような姿勢だったのだろう。


 自分の理想の姿を、まさか同年代の少年(しかも、自分よりも小さい)が体現しているとは思わなかったヴァサマルーテは、次の日の合同訓練で、ついビジイクレイトの手を取ってしまったのだ。


(……あのときは、スゴかった)


 模擬戦を始めると、すぐにヴァサマルーテはビジイクレイトの実力に気がついた。


 ヴァサマルーテの剣を、ビジイクレイトは受けたのである。


 それは、ヴァサマルーテにとって、はじめての体験だった。


 五つ上の兄でさえヴァサマルーテの剣を受ける事は出来ない。


 なのに、明らかに自分よりも小さい、幼い少年が自分の剣を受け、戦いになっている。


 この時の感動をヴァサマルーテは忘れない。


 そして、そのあとの恥をヴァサマルーテは忘れていない。


 ビジイクレイトと打ち合いをして、ヴァサマルーテは気がついたのだ。


 ビジイクレイトが、全力を出していないことに。


 ヴァサマルーテに遠慮していることに。


 なぜなら、ビジイクレイトから攻撃されていないのだ。


 やっと現れた同年代の同格以上の少年に、我を忘れ、全力以上で戦っているのに、その相手の少年は手を抜いている。



 その事実に気がついたヴァサマルーテは、怒りが沸いてきた。


 そんなことで怒っている自分を、ビジイクレイトに全力を出させることができない自分を、恥ずかしくなってきた。


 だから、つい、ヴァサマルーテの目に涙が浮かんだのである。


 ヴァサマルーテの涙を見て、ビジイクレイトは明らかに動揺した。


 そして、数度ためらった後に、剣を握る。


 ビジイクレイトからの攻撃だ。


 それは、恐ろしい練度の盾の受けに、突きだった。


 今思うと、それでも全力ではなかったのかもしれないが、ヴァサマルーテはビジイクレイトの攻撃を受けることが出来ずに、意識を失った。


 こうして、ビジイクレイトとヴァサマルーテのはじめての模擬戦は終わったのだ。

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