第129話【指定封印/閲覧不可】№01-02
(進行方向……魔獣? あれは、『デッドリー・ボア』?)
『デッドリー・ボア』は、黒い毛皮に覆われた、下顎から伸びた鋭い牙が特徴のイノシシのような魔獣だ。
強さでいえば、レベル5。
成人し、『神財』を扱う訓練を終え、一人前になった騎士が5人以上で倒す強さの魔獣である。
まだ『神財』を賜ったばかりの貴族では、戦うことなど出来ないだろう。
(……助けるか? 伝えるべきか? ビジイクレイト様に気づかれないように倒すには、あまりにも強すぎる魔獣。これの一撃では、殺せない)
ブラウは筒に取っ手の付いた魔聖具……拳銃のような魔聖具に手を当てる。
『パンザーグラネット』は、ブラウが持っている切り札だ。
ほとんどの魔獣を一撃で殺す事ができるが、残念ながらレベル5の『デッドリー・ボア』はそのほとんどに入っていない。
(どうする? 強い魔獣だから、ビジイクレイト様の実力を確認するためには都合がいいけど、あまりにも……)
数秒、ブラウは思考を強め、入ってしまった。
その間に、事態は動いてしまう。
(……ダメだ。やはり、危険すぎる。ビジイクレイト様に気づかれるかもしれないが、このまま私が『デッドリー・ボア』と……え?)
『パンザーグラネット』を取り出そうとして、ブラウは驚愕する。
ビジイクレイトが加速したのだ。
(……速い!? なんで……というか、ダメ! このままでは、『デッドリー・ボア』に……!)
黒い毛皮に覆われた『デッドリー・ボア』が、小さいビジイクレイトの姿を視認して、歓喜の声を上げる。
元々、鼻のよい魔獣だ。
ビジイクレイトの接近には気が付いていただろう。
その美味しそうな獲物をどうやって追いつめようか考えていたのに、自らやってきたのだ。
『デッドリー・ボア』はビジイクレイトの方に向けて、その牙を突き刺そうと構えた。
そこまでだった。
(……え?)
ビジイクレイトが、高速で『デッドリー・ボア』の隣を通り過ぎていく。
獲物が横を走っていったのに『デッドリー・ボア』は何も反応しなかった。
いや、おそらくは反応できなかったのだろう。
(何が……)
ビジイクレイトに数秒遅れて、ブラウが『デッドリー・ボア』がいる場所の木の上にたどり着いたとき、『デッドリー・ボア』が力なく倒れたのだ。
(……倒した? ビジイクレイト様が? あの一瞬で?)
『デッドリー・ボア』の額がへこみ、そこから血があふれている。
おそらくは絶命しているだろう。
降りて『デッドリー・ボア』の状況を確認しようとも思ったが、ビジイクレイトは恐ろしい速さで山を駆けていく。
立ち止まると見逃す可能性高いと考えて、ブラウはそのままビジイクレイトの追跡をすることにした。
(……見えなかった。何も。これがビジイクレイト様の実力? 何をされた? 武器? 魔聖法? ビジイクレイト様は、訓練用の剣しか持っていなかったはずだけど……)
ロウトたちが餞別として渡した魔聖具は、基本的に武器として使用出来るモノはない。
ブラウたちが確認した範囲では、ビジイクレイトが持っている武器は、訓練用の剣……つまり、金属製でもない、ただの木剣だけのはずだ。
(胸に手を当てていなかったから、『神財』でもない、はず)
そんなことが可能なのか、疑わしい気持ちもある。
しかし、そんなことが出来るのだと、ビジイクレイトを讃えたい気持ちもある。
(分からない。とにかく、ついていかなくては……ビジイクレイト様の、真の実力を計るために!)
このあともブラウはビジイクレイトの後を追うのだが、このときは思いもしなかったことが続くことになる。
まさか、ビジイクレイトが朝から夕方……ほとんど夜に近くなるまで、一日中走り続けるとは思わなかった。
魔獣が闊歩する山の中で一夜を過ごすために、お菓子で出来た珍妙な建物を建てるなど、想像できなかった。
そして、何より、まさかビジイクレイトが『聖剣士』と戦い、その中で川に落ちて彼の行方を完全に見失うなど、本当に、思いもしなかったのだ。
ブラウは、思い出す。
ビジイクレイトを見失ったあの日のことを。
次は、絶対に離れない。
ブラウは、その決意を元に、ある宿屋へたどり着いた。
『猫の隠れ家』
ビジイクレイトがツウフの『魔境』を攻略する際に、拠点にしていたという宿屋である。
(ここなら、確実にビジイクレイト様の情報が……)
ブラウは『水魚の眼鏡』を外して、『猫の隠れ家』に入る。
「お師匠様のことを教えてほしい、と言っているのだけど?」
「だから、その質問では、何も答えることはできないだろう。私がこの者に話を聞くから……」
ブラウが『猫の隠れ家』に入ると、少女と男性が受付の前で揉めていた。
「……ヴァサマルーテ様と、アインハード様?」
その二人は、『聖剣士』ヴァサマルーテと、彼女の叔父であるアインハードだった。
「……あなたは」
ヴァサマルーテが、ブラウを見て首を傾げている。
(……コイツ)
ビジイクレイトを見失った原因の少女を見て、ブラウは拳を握りしめるのだった。
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