第128話【指定封印/閲覧不可】№01-01

◇調査対象:ブラウ


「ここが、開拓されたばかりのノーマンライズの『魔境』ツウフの町ですか」


 一つにまとめた青い髪をなびかせながら、白と黒のシックな服の……いわゆるメイド服を着ている少女が、周囲を見回す。


 彼女の名前はブラウ。


 ビイボルト・アイギンマンに命じられ、ビジイクレイト・アイギンマンの従者をしていた少女だ。


 しかし、今はその役目を解任され、ビイボルトに仕えている。


 そんな彼女は、キョロキョロと視線を動かしていた。


「ブラウ……落ち着け」


 彼女の肩に手をおいたのは、同じようにビイボルトに仕えている赤い髪の少年、ロウトだ。


「そうそう。どうせ、ここにビジイクレイト様はいないだろうし……もう、開拓されてしまったんだから」


 ロウトの隣にいる黄色い髪の少女、ゲルベがニシシと笑う。


 ゲルベに言われて、ブラウは再びツウフの町を見た。


 あらゆる建物が解体されて、その隣には新しい建物が建てられている。


「20日前に開拓されたツウフの町。開拓したのはまだ若い二人の冒険者。その一人が、ビジイクレイト様に似ているというので、この町にやってきたわけだが……」


 ロウトは、報告書を広げる。


 そこには、ツウフの『魔境』を開拓した二人の冒険者達の姿絵が書かれている。


『魔境』を開拓した者として撮られ、報道された映像を、さらに紙に転写したモノだ。


 書かれてる姿絵は、年齢の割には発育している容姿が整った少女と、その後ろで少しだけ顔を隠すようにしている背の低い少年だった。


 その少年の絵を見て、すぐにわかった。


 この少年は、彼らが探しているビジイクレイトだと。


 この情報を得てすぐに、彼らはツウフの町へやってきたのだ。


「『魔境』が開拓されたばかりの町ははじめて見たが……なかなか興味深いな。町中が活気にあふれている。開拓された土地は、新しい産業が生まれ、その機会に浮かれている人間の活動だけではなくて……土地そのものに、躍動がある」


 ロウトは、地面に手を当てる。


 季節は冬。

 通常は、平地でも軽く雪が積もるのだが、ツウフの町には雪などない。


 それどころか、地面はほんのりと暖かく、新芽が生えている場所さえある。


「『魔境』に蓄えられていた『魔聖力』の影響か。知識では知っていたが、実際に目にするのは、やはり違う」


 軽く笑って、ロウトは立ち上がる。


「どうしたの?」


 あまり笑顔を見せないロウトの様子に、不思議そうにゲルベが聞く。


「いや、この光景をビジイクレイト様はご覧になられたのか、とね」


「見たんじゃない? ビジイクレイト様、ロウトと『魔境』の話をするの好きだったし」


「私は、ビジイクレイト様から学んでばかりだったからな」


 そんな二人の思い出話をよそに、ブラウは落ち着かずに、そわそわしていた。


「……ブラウ」


「わかっています。でも……ここの『魔境』が開拓されてもう20日ですよ? その間に、ビジイクレイト様がどこに行ったのか。ビジイクレイト様の走力は……」


「貴様等! 何をしているか!!」


 ブラウが話をしていると、彼らに怒号が飛んできた。


 声が聞こえた方に目を向けると、豪華な外套をまとった二人の少年が、複数の騎士を連れてブラウ達の元へ歩いてきていた。


 彼らの名前は、カッステアクとカッマギク。


 ビジイクレイトの、一応、兄にあたる者達である。


「お前たちだけ先に……勝手な行動が許されると思うな!」


 カッマギクが唾を飛ばす。


「勝手な行動って、勝手についてきたのは誰だよ」


 ゲルベが、嫌悪感を隠さずに彼らを見て目を細めた。


「ビジイクレイト様の捜索とか言いながら、本当は一緒にいた女の子が狙いのくせに」


「ブラウ。お前は先に行け」


 ロウトが前に出てカッステアク達の視線を集めると同時に、ブラウを背後に隠す。


「あの愚物の相手はしているから、任せたぞ」


「……わかりました」


 ブラウは、ロウトの背後に隠れると同時に眼鏡ををかけた。


 すると、ブラウの姿が消える。


「申し訳ございません。いかがされましたか……」


 ロウトがカッステアクに話しかけると同時に、ブラウはその場を離れた。


(……少しでも多くの情報を……ビジイクレイト様に、お会いするために……)


 ブラウは、思い出す。


 自分の失態を。


 ビジイクレイトの、最後の姿を。





 30日以上前。


 ブラウは、木の上を走っていた。


 感動に打ち振るえながら。


(素晴らしい……!)


 何に感動しているのか。


 それは、彼女が慕っている少年、ビジイクレイトに対してである。


(速い……! どんどん駆け抜けていく! 魔聖具の補助もなく、自分の力で!)


 彼女の前では、ビジイクレイトは山を走っていた。


 ビジイクレイトが、アイギンマンの屋敷から追い出された日。


 ビジイクレイトを暗殺するために、カッステアク達の母親、ランタークの部下たちが襲いかかってきた。


 そのランタークの部下達の襲撃から逃れるために、今、ビジイクレイトは走っているのだ。


 舗装もされてなく、雪さえもうっすら積もっているような山の中を、だ。


 そんな道を走っているのに、ビジイクレイトは何の苦も見せていない。


(ここまでとは思いませんでしたね。ふふふ、私の『神財』が姿を消せる能力を持っていて助かりました。この目で、ビジイクレイト様のお力を拝見出来るのですから!)


 知的な印象の彼女は、今、メガネのような道具を身につけている。


 それは、彼女の『神財』、『水魚の眼鏡』。


 身につけている者と、その周囲半径3メートルほどを、限りなく見えにくくする能力がある。


 ブラウは、その隠密性の高さから、あることを彼女の本当の主から命じられていた。


 それは、『ビジイクレイトの本当の実力を確認すること』である。


 そのために、ロウトとゲルベと協力して、一芝居打つことにしたのだ。


 もともと、ランタークの部下達が襲撃してくることは予想されていた。


 その襲撃を利用して、ロウトは足止めとしてビジイクレイトから離れ、ゲルベも途中で離脱。


 ブラウだけは、ロウトと一緒に足止めしていると思わせて、ビジイクレイトの後を追って様子を観察する。


 そういう計画を立てた。


 一人だけの力で、困難を打開しないといけない決死の状況のビジイクレイトを。


 本当の力を発揮しないといけない、ビジイクレイトを見守るのだ。


(ビジイクレイト様を狙って、ランタークの親衛隊と、護衛騎士たちが動いたので、利用しましたが……本来なら、もう少し時間をかけて調査する予定だったのですよね……ビジイクレイト様と一緒に生活して)


 ビジイクレイトを乗せて、魔聖馬に乗っていた状況を思い出して、ブラウは顔をほころばせる。


(ビジイクレイト様とご一緒したのは得難い体験でした……それが、まさか一日も経たずに終わるなんて……)


 襲撃していた護衛騎士達のことを思いだし、ブラウの表情は鬼のように変わる。


(許せない、絶対に。ビジイクレイト様との時間を奪ったアイツらを!)


 ブラウはビジイクレイトとの時間を奪った奴らの排除を決意する。


 そして、ビジイクレイトとの時間を取り戻さなくてはいけない。


 そのためには、ビジイクレイト自身のことを知ることが必要になる。


 今、認知されているビジイクレイトの評価を覆すために。


(ビジイクレイト様は、昔から何かを隠している様子がありました……特に、戦う能力に関しては、徹底して)


 訓練するときは、一部の者しか使用できない『盾の鍛錬所』で研鑽を積み、他の貴族の子供達を相手にするときは、明らかに手を抜いていた。


(あのバカどもを相手にするときは、徹底していましたからね。攻撃に当たったフリをして、調子に乗らせていました)


 脳裏によぎったバカども(カッステアク達)を頭を軽くふるって追い出して、ブラウはビジイクレイトの後をついて行く。


(なぜ、そのようなことをするのかわかりませんが……しかし、私たちは知りたいんですよ、ビジイクレイト様。貴方の実力を。あそこまでの鍛錬を積んできた貴方が、弱いわけがないのです)


 ブラウは、見ていた。


 ビジイクレイトが『盾の鍛錬所』から出てきた後の、部屋の様子を。


 汗が、水たまりのように貯まっていたのだ。


 いつも、毎日。


 剣の訓練所でバカどもの相手をした後も、ビジイクレイトは過酷な鍛錬を繰り返していた。


 5歳の子供がする鍛錬の量ではなかった。


 7歳の子供が毎日繰り返すことではなかった。


 10歳の子供が耐える内容ではなかった。


 12歳の子供が、こなせる鍛錬ではなかった。


 その成果は、決してバカどもにバカにされ、追い出されるモノではないはずなのだ。


(……見せてください。ビジイクレイト様。教えてください、貴方の実力を。そうすれば、きっと……)


 守りたい人の背中を見ながら、ブラウは祈る。

 願う。


 本当ならば、彼に困難が訪れないことを。

 しかし、屋敷を追い出されたという状況を打開するためには、困難が必要になる。


 故にブラウが願ったのは、ビジイクレイトに困難を打開する実力があること、である。


 そして、それを証明する機会は思ったよりも早く訪れた。



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