第126話 お誘い

「えっと、なぜサロタープ様がここに?」


「あら、サロタープ様だなんて、ともにレベル8の魔獣と戦った仲間なのに、そのような他人行儀で……それとも、貴族の話し方をご所望でしょうか? ビジイクレイト様?」


 本当の名前を言われて、ビジイクレイトはついサロタープに笑顔を向けた。


「僕の名前はビィーですよ? サロタープ様。確かに、愚かなアイギンマンの3男。ビジイクレイトの影武者をしておりましたが……」


「……そのようなこと、おっしゃらないでください」


 サロタープは、なぜか悲しそうな顔をしている。


 その顔を見て、ビジイクレイトも気勢が削がれた。


「まぁ、その話は置いておきましょう。それよりも、本当になんでこんな所にいるんですか? 僕は、サロタープ様がジスプレッサ様とともに行動してくださると思って、お二人から離れたのですが……」


 わざわざ、正体に気づかれたから、という話はしない。

 これまでのやりとりで、そのことはお互いにわかっている話である。


「……私も、バーケット家から追い出されているような身の上ですから」


「……誘拐しようとしたアライアスたちはもういないのでしょう? なら……」


「主犯かどうかわかりませんが、計画に加担したサスケア様はいらっしゃいます。彼女たちの真意と意向が判明するまで、実家に戻っても危険でしょうし、ジスプレッサと行動をともにするわけにはいきません。彼女のような、優秀な方の将来を台無しにしてしまうかもしれませんから」


 サロタープも、ビジイクレイトが懸念したような理由で、ジスプレッサと一緒に行動するわけにはいかないと判断したようである。


『……たしかに、サロタープも立場が微妙な感じだったか』


『では、ジスプレッサは今一人なのかい?』


 マメの指摘に、ビジイクレイトの眉がよる。


「どうされましたか?」


「いや、今ジスプレッサ様は一人なのかと……『神財』を賜ったばかりの少女が一人。危険ではないか、と」


 ジスプレッサは強い、が所詮は子供だ。

 後ろ盾も何もない状況では、貴族たちにいいように扱われるだろう。


 気がつけば、家も継げないような貴族の末端の男性と婚姻を結ばれる可能性さえある。


「心配はいりません。彼らが、無事にジスプレッサを実家まで送ってくれるそうですから……」


「……彼ら?」


「俺の部下だ」


 やってきたのは、『黒猫の陰影』のリーダー。スカッテンだ。


「久しぶりだな。お前が色々動いたおかげで、こっちは大変な目にあったぜ」


「子供を見捨てるようなやつは、忙しくて当然だろ?」


 ビジイクレイトは、わざとらしく息を吐いた。


「サロタープ様? もしかして、彼らをジスプレッサ様の護衛として雇ったのですか? 彼らは、サロタープ様をさらおうとした連中ですよ?」


「彼らが、私を守るためにわざと誘拐の依頼を受けていたことは知っています」


 サロタープが、『黒猫の陰影』の正体を知らない前提で話していたビジイクレイトは、彼女の答えに面を食らう。


「……知っている、とは……」


「『闇の隠者』様という方のお話も聞きました。ビジイクレイト様も、『闇の隠者』様の依頼で、『ツウフの魔境』に挑んでいたのですよね?」


 サロタープの質問に、ビジイクレイトは答えに困ってしまった。


 答えにくいというわけではなく、単純に間違いがあるからだ。


「依頼というか、『ツウフの魔境』の開拓が公募されるという情報を教えてもらっただけですが……」


「そうなのですか。私はてっきり『ヴァイス・ベアライツ』を倒すために『ツウフの魔境』にいらしていたと思っていたのですが」


「そんなわけないでしょう。僕は弱いんですよ?」


 なぜ、『ヴァイス・ベアライツ』なんて化け物とわざわざ戦いにいかないといけないのだろうか。


「弱い……? そうですか?」


 サロタープは不思議そうに頭を横にする。


「そんなことより。彼らの正体をサロタープ様が知っていることは理解しました。でも、ジスプレッサ様を実家に送るというは……」


「彼女の家は、元々『英雄』の家系だからな。独自に貴族とのつながりがある。祖父の一件もあるので、あまり良いつながりではないのだが、『闇の隠者』様も手を貸すそうだ」


 ビジイクレイトの疑問にスカッテンが答える。


「『闇の隠者』様とやらは、貴族との伝手もあるのか。まぁ、そうじゃなければサロタープ様の誘拐に、自分の部下を派遣することもできない、か」


 ますます、不思議な人物である。『闇の隠者』。


「……それで、そろそろ本題を聞いてもいいか?」


「ええ、なんでしょうか?」


 サロタープが、笑みを深めた。


「といっても、すでに一回聞いているのですが……なぜ、サロタープ様がここに?」


「それは、お誘いするためです」


「お誘い? 逢い引きのですか?」


「逢い引き!?」


 サロタープの顔が一瞬で赤くなった。


「そ、そのようなこと。いえ、私も、ビジイクレイト様のことが嫌いとかではなく、でも、もっとお互いのことを知ってからがよいというか、でも、知るためにも逢い引きというのは……」


「あの、冗談なのでそんなに動揺しないでください」


 サロタープの慌てように、ビジイクレイトは申し訳なくなる。


「冗談……? あ、ああ。冗談ですわよね。わかっています。そうですわよね。冗談……」


「露骨にがっかりしないでください。お出かけしたいなら、付き合いますから」


「本当ですの!?」


 サロタープががっついてきた所で、スカッテンが咳払いをする。


「あー、そろそろ本題に戻ってくれ」


「そうだな」


 サロタープが、ビジイクレイトから距離をとる。


「えー……コホン。その、お誘いとは『訓練』をしませんか?」


「……『訓練?』」


「はい。実は、『闇の隠者』様が、私たちと同じように家から追放された子供や才能のある孤児を集めて、教育をされているのです。そして、これから『魔境』の開拓を『訓練』するそうなのですが、私と一緒に参加しませんか?ビジイクレイト様も、私も、今は行き場がありません。次が見つかるまで、己を磨くのも悪い話ではないと思うのですが……」


 サロタープの誘いにビジイクレイトは2秒だけ悩んだ。


 だが、答えは決まっていた。


「申し訳ございませんが、お断りさせてもらいます。さっき、『魔境』には挑まないって決めて……」


 ビジイクレイトが返事をした瞬間。


 周囲に人が集まってきた。


 体格の良い、男性たちだ。


「……これは、なんだ?」


「俺の部下たちだな」


 スカッテンが答える。


「申し訳ございません。ビジイクレイト様。断られたら、強引にでも連れてくるように言われているのです」


「……誰に?」


「『闇の隠者』様に」


「ちっ!」


 ビジイクレイトは立ち上がるが、その手をサロタープが握る。


「事前に申し上げておきますが、この方々から逃げ出せても、魔聖船そのものが『闇の隠者様』の所有物で……このまま、開拓予定の『魔境』に向かうのです」


 気のせいか、魔聖船のスピードが早くなった気がした。


「……おりる」


「真冬の川に飛び込むのは、自殺行為ですわ」


 サロタープの意見は、もっともである。


 しかし、ビジイクレイトは一度真冬の川から生還しているのだ。


『海亀、使うか』


『PVはあるのかい?』


 マメの指摘に、ビジイクレイトの顔が険しくなった。


『金太郎の鉞』を含め、PVを使いすぎた。正直、あまり残っていない。


「うううううう……」


「諦めて、一緒にまいりましょう? ビジイクレイト様」


「……嫌だ……おろしてくれぇえええええ!!」


 ビジイクレイトの必死の抗議を聞くものは、残念ながらいない。


 こうして、ビジイクレイトは『闇の隠者』が主催する『魔境開拓』の訓練を受けることになったのである。



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