第125話 別れ



『ヴァイス・ベアライツ』を倒してから十日後。


 ビジイクレイトは、船に乗っていた。


 魔聖船。


 国中に広がる運河を走る魔聖船は、真船の国シピエイルにおいて、馬車、魔聖車と並ぶ、ありふれた移動手段の一つである。


「船から見ると、また違う景色なんだな」


 ビジイクレイトは、ぽつりとつぶやいた。


『声に出すと、完全に独り言をいう変人だよ、主』


 マメのつっこみに、思い出したようにビジイクレイトは口を閉じる。


『……ああ、そうだった。ジスプレッサもいないんだった』


 そう、ビジイクレイトのそばに、ジスプレッサはいない。


 彼らに何が起きたのか、時系列順で説明すると、まず『ヴァイス・ベアライツ』を倒したあと、ジスプレッサが急に倒れたのだ。


 おそらくは、強化された『魔聖具』『火の希望』の反動によるものだろうが、倒れたジスプレッサを背負って移動しなくてはならず、『ツウフの魔境』の外にでるのに、丸一日かかってしまった。


 その後、ほとんど同じタイミングで、『ツウフの魔境』の崩壊が始まった。


 要である『魔聖石』をもって逃げたサロタープの従者、アライアスとイライアたちが、『ツウフの魔境』の外に出たためであろう。


 魔境が完全に崩壊し、『開拓』されるまでは六日程度かかるのだが、その間にも色々なことがあった。


 まず、倒れたジスプレッサはそのまま意識を失い、魔境の崩壊が終わるまで目を覚まさなかった。


 六日も目覚めない人間の世話は大変で、カッツァやサロタープにも手伝ってもらう必要があったが、目を覚ましたときの感動を思うと、よかったとビジイクレイトは心から思うのだ。


『お世話をしているときに、ジスプレッサの体に色々できたからではないのかい?』


『色々してないし、そんなわけねーだろ、ゲスマメ本』


 そんな話は置いておくとして、次に、逃げ出したアライアスとイライアだが、彼らが逃走につかったと思われる荷馬車の荷台が、破損した状態で見つかった。


 運転していた御者によると、気がついたら荷台の一つが離れていたらしい。


 その荷台の近くには、『デッドリー・ボア』と思われる魔獣の死体があり、また、『デッドワズ』の死体も転がっていた。


 おそらくは、『デッドワズ』が荷台をつないでいる連結器を破損させたのだろう。


 通常は、荷馬車に魔獣除けの『魔聖具』が使われているはずなのだが、もともと荷物に紛れていたのかもしれない。


 理由はわからないが、そうして切り離された荷台は、近隣の主であった『デッドリー・ボア』に襲われたのだ。


 アライアスたちは、『デッドリー・ボア』と果敢に戦ったのだろう。


 彼らは、サロタープたちも使っていた『パンザーグラネット』も持っていたはずである。


 そして、戦って……負けて、『デッドリー・ボア』と相打ちのような形になり、死体を『デッドワズ』に食べられた。


 なお、彼らが持っていた『魔聖石』は、無事にカッツァたちが回収している。


 その『魔聖石』を、『黒猫の陰影』たちに渡した回復薬の代金としてビジイクレイトたちに譲ってくれたのだ。


 だから、今ジスプレッサは神殿で儀式を受けている。


『神財』を賜るための儀式を。


『急に主がいなくなって、ジスプレッサは驚くだろうね』


 遠く離れていく『ノーマンライズ』の町の景色を眺めながら、マメは言う。


 その声には、少なくない批判の意図がこもっていた。


『元々、『ツウフの魔境』の攻略までを想定してチームを組んでいたんだ。頃合いだろ?』


『別れも言わずにかい?』


『手紙は残した』


 宿屋の机に、置いてある。


『言葉も交わさずに離れるのは……主もツラいからかい?』


 マメの予想を、ビジイクレイトは否定する。


『いや、そういうわけじゃない。ただ、こうする方がいいと思っただけだ。俺が貴族の子息って気づかれたからな』


『それも、主のミスだろう? 怒りに身を任せて、あんな派手な武器をつかって』


『うう、それを言うなよ……』


『ヴァイス・ベアライツ』と戦っているとき、あまりに何度も蘇ってくるので、ビジイクレイトはムカついて、つい強力な武器である『金太郎の鉞』を使ってしまったのだ。


 普通の『神財』と比べても、あまりに強力であった『金太郎の鉞』を見て、ジスプレッサもサロタープも何も言わなかったが、彼女たちがビジイクレイトの正体に気がついていないわけがない。


 ビジイクレイトの影武者をしていたと、彼女たちは知っていたのだから。


『しかし、影武者をしていたと知っているなら、今更逃げなくてもよくないかい?』


『ビジイクレイトの偽物と認識しているのと、本物だと認識しているのは違うだろ。忘れているかもしれないが……俺は指名手配されているんだぞ?』


 ビジイクレイトは今、生家であるアイギンマン家から指名手配されている状況である。


『彼女たちが主を売るとは思えないが……』


『俺もそこまでは思ってないけど……何かあったら、迷惑をかけてしまうのは間違いないだろ?』


 指名手配されている人物と行動を一緒にするだけで、落ち度になるのは当たり前の話だろう。


『ジスプレッサは、これから貴族になるんだ。アイギンマンから追い出された俺が一緒にいるのは、確実によくない影響がある。絶対に、離れた方がいい』


『……主、気がついているかい?』


『なんだ?』


『主はさっきから、ジスプレッサを案じていることしか言っていないよ?』


『……悪いかよ』


 ビジイクレイトはマメから目をそらす。


『別にー。ただ、これからどうするのかね?別の『魔境』でも開拓するかね?』


『いや、もう『魔境』の開拓はいいかな』


『おや、なんでだい?』


『マメが言っていたように、『魔境』の開拓に挑戦してみたのは、PVを稼ぐため……もっというと、強力な武器を使えるようになって、『勇者の仲間』になるためだ』


 ビジイクレイトは、大きく息を吐いた。


『今回の『魔境』の開拓でよくわかった。俺は弱い。『勇者の仲間』になるなんて、身の程も知らない子供が見る夢。叶うわけがない』


『最後はちゃんとシロクマを倒したじゃないか』


『あんなの、ほとんどジスプレッサとサロタープのおかげじゃないか。俺は最後まで逃げ回って、鉞をぶん投げただけ……とてもじゃないが、『勇者の仲間』になる資格はない』


 言いながら、泣きそうになった。


 ビジイクレイトは、弱すぎる。


『まぁ、主がそう考えているのなら、これ以上は言わないが……それじゃあ、このまま船に乗ってどこに向かうというんだい?』


『とりあえずは、中央かな。あそこには何でもあるらしいから、適当に探索して、小説のネタ探しでもするよ』


『小説は書くのか』


『元々のライフワークだしな。『勇者の仲間』なんて夢をみないで、分相応にスローライフでも目指すかなぁ。人気ジャンルだし、スローライフ』


『投稿されている小説のスローライフは、ほとんどスローライフをしていないんじゃないかい?』


『それはそうだけどな。ま、適当に生きるさ』


『適当に生きて、PVを稼げるのかねぇ。忘れているかと思うが、主は10万PVを稼いで、マメちゃんを美少女中学生にするという崇高な目標があるのだよ?』


『忘れるも何も、そんな目標を持ったことがない』


『なんだとう!?』


 ペチペチと叩き始めたマメをなだめていると、急に隣の席に人が座った。


(……なんでここに? ガラガラだから、どこにでも座れるだろ)


 ビジイクレイトが乗っている魔聖船は、始発だったためか、席が空いている。


 不思議に思ってビジイクレイトが隣に座った人物に視線を向ける。


 その瞬間。


 ビジイクレイトは固まってしまった。


「ごきげんよう。このようなところで奇遇ですわね」


 隣に座った人物が、サロタープだったからだ。


 紫色の巻かれた髪が、ゆさゆさと揺れている。



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