第124話【指定封印/閲覧不可】№05-04
◇調査対象:ジスプレッサ
「おはようございます。ジスプレッサ様」
可愛らしい笑顔の少年が、心地の良い声でジスプレッサを起こしてくれる。
彼の名前は、ビィー。
色々とジスプレッサの身の回りのお世話をしてくれている同い年の少年だ。
「そろそろ朝食にしましょう。今日は大切な日ですから」
「ああ、そうだな」
ジスプレッサはゆっくりと体を起こす。
ビィーのいうとおり、今日はジスプレッサにとって大切な日だ。
なぜなら、これからジスプレッサは神殿で『神財』を賜るのだから。
10日ほど前、ジスプレッサたちは『ツウフの魔境』で、レベル8の魔獣『ヴァイス・ベアライツ』に遭遇した。
『ツウフの魔境』の主であった『ヴァイス・ベアライツ』は、通常ならば『勇者』に退治をお願いしなくてはいけないような、強大な魔獣である。
その『ヴァイス・ベアライツ』を貴族でもないジスプレッサたちが倒したのだ。
しかし、倒したあとが大変だった。
ジスプレッサが倒れてしまったのだ。
そのため、倒れたジスプレッサをビィーやサロタープたちが支えながら脱出することになり、本当なら半日で帰れる道を、丸一日かけて脱出することになったのである。
その後、『ツウフの魔境』は要である最奥の『魔聖石』を失ったことで、崩壊を始めた。
魔境の崩壊は、終わるまでにおおよそ6日ほどかかる。
その間、ジスプレッサはずっと意識を失っていたのだ。
目が覚めても、満足に体を動かすことができず、昨日、ようやく調子を取り戻したところである。
「ジスプレッサ様の体調が戻ってよかったですよ。『魔聖石』をずっと預かっておくのも、緊張するので」
ビィーが、笑いながら朝食のヨーグルトを食べている。
「少年が、『魔聖石』を使っていてもよかったのだぞ?」
「それは、契約違反でしょう?」
「しかし、その『魔聖石』は、少年が外で拾ってきたモノだろう?」
ジスプレッサの指摘に、ビィーは苦笑いで返す。
今日、ジスプレッサが神殿に捧げる『魔聖石』は、ビィーが拾ってきた『魔聖石』だ。
なんでも、ジスプレッサを宿屋に運んだあと、荷馬車の発着所の近くで拾ったらしい。
『逃げ出したサロタープ様の従者たちが逃走のために荷馬車を使うかもしれないと、確認しにいったら落ちていたんですよ。焦っていたのかわかりませんが……マヌケですよね』
とは、起きたばかりのジスプレッサに『魔聖石』を見せたビィーの言葉だ。
その『魔聖石』を、ジスプレッサが『神財』を賜る為に使うべきだと、ビィーは言ったのだ。
「……ツウフの魔境で手に入れた『魔聖石』は、私のモノにするという約束だ。しかし、この『魔聖石』は、魔境の外で少年が手に入れたモノだろう? ならば、やはり私が手にするのはスジが通らないと思うのだが……」
何度も繰り返したやりとりに、ビィーは首を振る。
「ジスプレッサ様は、せっかく手に入れた『魔聖石』を使ってまで、私たちを助けてくれました。しかも、強力になった『魔聖具』の反動で、意識を失っていたのです」
長期間、ジスプレッサは意識を失っていた原因は、強化したジスプレッサの『魔聖具』『火の希望』を使用した反動だと思われている。
本当は、その前にジスプレッサの身に起きた現象のせいだと、彼女自身は思っているのだが。
「そこまでしてくれた方に恩を返せないのは、私が心苦しいのですよ」
ビィーは笑っているが、心苦しいのはジスプレッサの方だ。
ジスプレッサが『魔聖具』を強化できたのは、ビィーがその前に『白猪の長牙』から『魔聖石』を譲ってもらっていたからだ。
その『魔聖石』を『火の希望』にぶつけることで強化ができると、ビィーの使い魔の本が教えてくれたからだ。
ジスプレッサは、うっすらと見えているビィーの横にいる小さな本に目を向ける。
本は、あのときと違って何も話してはくれない。
ただ、ビィーの隣にいるだけだ。
「……どうしたのですか?」
「いや、何も」
ジスプレッサは、ビィーに何も聞けないでいた。
隣にいる小さな本や、拾った『魔聖石』は、本当に落ちていたのかの真偽。
『ツウフの魔境』で見たビィーの驚異的な能力と、そこから推察されるビィーの正体について。
ジスプレッサは、ただ黙っていた。
「そろそろいきましょうか。まだ時間に余裕はありますが、遅刻するわけにはいきませんので」
ビィーに促されて、ジスプレッサは席を立つ。
これから、神殿へ向かうのだ。
「……儀式が終わったら」
「え?」
「何でもない」
ジスプレッサは、心の中で続きを言った。
(儀式が終わったら……『神財』を賜ったら聞こう。話そう。ビィーについて)
そして、ジスプレッサは神殿で儀式を受けた。
儀式自体は、拍子抜けするほどに単純で簡単だった。
ただ、神官に捧げる『魔聖石』を見せたあと、祭壇に登り『魔聖石』を投げるだけだ。
そのとき、ビィーからどのような『神財』を賜りたいのか想像するといいと言われたので、そのとおりにした。
結果として、とてもすばらしい『神財』をジスプレッサは賜ったのである。
その場にいた領主であるキーフェ・ノーマンライズが、絶賛して近づいてくるほどに。
「いや、すばらしい『神財』だ。レベル8の魔獣を倒したと聞いていたが、そのような『神財』を賜るならば、嘘ではないのだろうな」
キーフェ・ノーマンライズの賞賛を、ジスプレッサは黙って聞く。
「ジスプレッサ殿ならば、我がノーマンライズの下位貴族として迎え入れてもいいだろう。どうだ? 今夜は我が城で食事でも。我が息子を紹介したいのだが……」
さらに、下位の貴族として……つまり、後ろ盾になってくれ、さらには子息との顔つなぎまでしてくれると申し出てくれたキーフェ・ノーマンライズの言葉を、ジスプレッサは拒否した。
「キーフェ・ノーマンライズ。非常にありがたい申し出ですが、私はこのあと約束があるのです」
「……約束とは?」
まだ平民の子供でしかないジスプレッサが、領主の誘いを断ったことに、周りに動揺が広がる。
「友との約束です」
「そのような理由で、キーフェの申し出を断るのか!」
側近の一人が、激昂し、剣を抜こうとする。
それを、キーフェ・ノーマンライズが止める。
「やめよ。神殿は聖地である。ジスプレッサよ」
「はい」
「その友の名を教えてくれるか?」
「サロタープ・バーケット様です」
ジスプレッサの出した名前に、誘いを断ったとき以上に動揺し始めた。
それは、キーフェ・ノーマンライズも同様であった。
「『ヴァイス・ベアライツ』を倒したとき、バーケット家の令嬢が一緒にいたと報告は受けていたが……そうか。友であったか」
「はい」
「ならば、これ以上この場に留めておくのはやめておこう。早く友の元へ向かうといい」
「ありがとうございます。キーフェ・ノーマンライズ」
ジスプレッサは、足早に神殿を去っていく。
本当は、友と聞かれて真っ先に出したい名前が別にあった。
しかし、その名前は違うかもしれないのだ。
知っている名前も、想像している名前も。
そのことを、まずは聞こうとジスプレッサは考えている。
『神財』を賜った今の自分になら、きっと正直に答えてくれると、信じている。
だから、ジスプレッサは宿に着くと、自分たちの部屋にまっすぐに向かった。
「戻ったぞ、少年! 少年に聞きたいことが……少年?」
しかし、部屋には誰もいなかった。
ただ、机の上に一通の手紙がおいてある。
その手紙は、ビィーからの別れの手紙だった。
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