第123話【指定封印/閲覧不可】№07-05
アライアスは、びくびくと細かく痙攣しはじめた。
「なんで、アライアス!」
「毒だ」
少年が、アライアスに起きている現象の答えを言う。
「……毒?」
「おまえたち、荷台で赤いリンゴ食べただろ?」
「リン……なに?」
「ああ、こっちでは呼び名が違うか。えっと、なんだっけ? アプフェル、か。あの赤いアプフェル。俺が用意した毒物だ」
「え?」
「お前達が貨物馬車の荷台に潜り込む計画だって聞いたからな。ついでに、あの毒リン……アプフェルも仕掛けてみたんだ。仕えていた主を裏切るような奴らだから、食いつくかと思ったけど、本当に食ったんだな」
少年の話を聞いて、すぐにイライアは自分の口に手を突っ込んだ。
「ゲェッ!!ゲェエエエ!ゲェエエエエ!」
そして、先ほど食べたもの。
赤いアプフェルを吐き出そうとするが、出てこない。
「あー、今更吐き出しても遅いぞ? もう毒は体に入っているだろうからな」
何度吐き出そうとしても、出てくるのは唾液だけだった。
「それに、あのリン……アプフェルは、だいぶ毒性が弱くなっているはずだ。PVを節約したからな。一つ丸々食べてない限り、毒で死ぬことはないはずだ」
少年の言葉を聞いて、イライアは口に突っ込んでいた手を抜く。
「……本当に?」
「ああ。まぁ、お前たちが死ぬことにかわりはないけどな」
少年が、イライアたちに近づいてくる。
何も武器のようなモノを持っていないが、『デッドリー・ボア』を叩き潰した少年だ。
素手でも何をされるかわからない。
「ひっ!? ま、まって。なんで私たちを殺そうとするの?」
「なんでって……色々あるけど、わかりやすいのは、サロタープを殺そうとしただろ、お前たち」
「サ? 誰、それ」
本気で言っているイライアの答えに、少年は大きく息を吐いた。
「あー……じゃあ、いいや」
「ちょっ! あ、謝るから。そのサなんとかに謝るから! 許してよ。お願い、ね?」
イライアは、とっさに、自分の肌をさらした。
色仕掛けが通じるかわからない年齢の少年ではあるが、相手は男だ。
そして、イライアは自分の容姿に多少の自信があった。
一応、上位貴族の従者だったのだ。
日頃の手入れはしっかりとしてきたのである。
「なんなら、この体、好きにしてもいいわよ? どう?」
イライアの様子を見て、少年は呆れたような目を向ける。
「はぁ、じゃあ質問に答えてくれないか?」
「な、なに?」
「お前の好きな言葉を教えてくれ」
色仕掛けが成功したのだろうか。
よくわからない質問をされたが、イライアは素直に答える。
「『弱肉強食』よ。意味は……」
「いや、意味はいい。だよな。なんか、あのときそんなこと言っていたよな……」
あのときとはいつのことなのかイライアにはわからなかったが、とりあえず愛想笑いと、胸元を見せてみる。
しかし、そんなイライアに、少年はもう目を向けていなかった。
「その言葉はどこで知った?」
「教えて貰った。綺麗な人に」
答えて、イライアは思い出した。
『弱肉強食』という言葉を教えてくれた人の事を。
彼はとても綺麗で……はじめて、誰かに仕えたいと心から思ったのだ。
だから、アライアスにも伝えていないが、次に仕えるサスケア達を殺したあとは、彼の元に向かおうとイライアは考えている。
時間にして、1秒にもみたない空想をイライアがしている間に、少年はアライアスに近づいていた。
「……なるほどなぁ」
そして、アライアスの体を探り出した。
「ちょっと、何を……」
「あ、あったあった」
アライアスは、まだかろうじて生きていたが、体を動かすことが出来ないのだろう。
体を探る少年に抵抗することが出来ていない。
そのまま体を探られていると、少年はすぐに見つけだしてしまった。
アライアスが持っていた、『魔聖石』を。
「それは……ダメ!」
少年が、『魔聖石』を持って行こうとする。
さすがに、それはゆるせないとイライアは止めようとした。
「……え? 体……なんで」
しかし、イライアは体を動かすことができなかった。
全身から、力が抜けている。
「ああ、あの毒リンゴ……赤いアプフェルは、毒性が弱くなっているといっても、半分も食べれば体を動かせなくなるからな」
「……な!?」
驚きの声をイライアはあげるが、その声も小さい。
「その毒の解毒剤は、『愛する人からのキス』だそうだ。誰かにキスをされればいいな」
少年は、小刀を取り出すと、器用に捌いて『デッドリー・ボア』の体から『魔石』を手に入れる。
その様子は、明らかに手慣れていた。
「じゃ、俺はいくから」
『デッドリー・ボア』の『魔石』と、『魔聖石』を手に入れた少年は、イライアたちに背を向ける。
(……助かった?)
もう、声さえも満足に出せなくなったが、背中を向けている少年に、イライアは安堵していた。
このままいけば、助かると。
「あー、そういえば、俺の嫌いな言葉を教えておかなかったな」
背を向けたまま、少年が語り出した。
「俺の嫌いな言葉は、『弱肉強食』だ。だって、当たり前だろ? 弱い奴が食われるなんて」
そう言いながら、少年の背中が遠ざかっていく。
少年との距離が遠くなるほどに、イライアはある音が聞こえてくるようになっていることに気がついた。
それは、ガサガサとした音。
何か、小さな生き物たちが近づいてくる音。
その音の正体が目の前に来て、イライアは自分の状況を悟った。
目の前にいたのは、『デッドワズ』。
レベル1の、最弱の魔獣。
戦闘訓練を受けた、イライアなら、簡単に倒せる相手だ。
そう、体され動けば、だ。
「『強肉弱食』ならさ、いいんだよ。面白いから。弱い奴が、強い奴を食うから面白いんだよ。弱い奴が食われるなんて、当たり前のシーンなんて、誰も見たくないだろ?」
そんな少年の声は、もうイライアにほとんど届いていなかった。
全身に、『デッドワズ』が噛みついているからだ。
(いやだ、いやだ、死にたくない! 体、動かさないと、愛する人のキス? そんなのない。生まれてから一度も、キスなんてされたこと……)
絶体絶命。
死の間際。
その思考に浮かんだのは、一人の女性だった。
実の親ではない。
イライアに、あたたかいスープを与えてくれた女性。
頬に、愛のあるキスをしてくれた女性。
(……違う! 違う違う違う! あの雑魚は、私の食い物だったんだ。キスなんて、どうでもいいんだ。『弱肉強食』あの雑魚は、娘も、私の食い物で、私が食べる側で……)
「私を食べるなぁあああああああああああ!」
最後の力を振り絞って、イライアは叫んだ。
しかし、その声は無数の『デッドワズ』の声に消されてしまう。
そして、『デッドワズ』が去ったあと、その場には『デッドリー・ボア』の死体も、イライアとアライアスの姿も、何も残っていなかった。
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