第122話【指定封印/閲覧不可】№07-04

(なんで、あのときのガキがこんな場所にいるの? というか、まさか、あのガキが斬ったの? あの荷台を?)


 イライアは、見事に両断されている荷台を見る。


 どこかの貴族への貢ぎ物が詰め込まれていた荷台は、大人が10人は座って乗れるくらいの大きさはあった。


 イライアたちが『ツウフの魔境』で出会ったレベル5の魔獣『デッドリー・ボア』と比べても遜色ない大きさがあるだろう。


 そんな物体を、人が斬れるのだろうか。


「んー? もうそろそろ限界か?さすがに、ボロボロだな」


 少年がいうように、刃が欠け、今にも崩れ墜ちそうな剣一本で。


(見たところ、なんの変哲もないただの剣じゃない。魔聖具でさえない?)


 アライアスもイライアも、上位貴族の娘の従者であったため、戦闘訓練もそれなりに受けている。


 むしろ、護衛も兼用していたため、普通の貴族の子息よりも過酷な訓練をしていただろう。


 だから、わかる。


 少年の戦闘能力が。


(……あのとき、受付で見せていた力は擬態?)


 アライアスとイライアの剣を避けたときでさえ、まだ本領は発揮していなかったのだろう。


「アライアス、こいつを……」


 二人がかりで殺すしかない。


 イライアがそう判断したときだ。


 また、事態は急変する。


 地面が揺れたのだ。


 規則正しく、ドシンドシンと。


「な、んで……?」


 イライアは、それを見た瞬間、言葉を失った。


「ん? あー、なんだよ、こんなタイミングで」


 一方、少年はのんきそうにそれを見ている。


「ブフウウウ……」


 それが、レベル5の魔獣である『デッドリー・ボア』が鼻息を鳴らした。


『デッドリー・ボア』は、魔境の外では珍しい魔獣であるが、存在しないわけではない。


 人里離れた山奥などに、その近辺の主として君臨しているのだ。


 そして、ちょうど今イライアたちがいる場所は、そんな人里離れた山奥である。


 馬車が通る際は、魔獣避けの魔聖具で近づくことはないが、その肝心の馬車はすでにはるか先へ進んでいる。


 そのため、『デッドリー・ボア』が近づいてきたのだ。


「な、なんで」


 イライアは、『デッドリー・ボア』を見て歯を鳴らす。


『デッドリー・ボア』は、イライアたちが高価な魔聖具を使用してなんとか倒せた魔獣である。


 もっとも、そのときイライアたちは戦わずに罠の設置などをしていたのだが。


 当然、その高価な魔聖具などがない状況で、レベル5の魔獣になど勝てるわけがない。


(お、落ち着いて……そう、よく考えればこれは好機)


 しかし、そのことをチャンスだとイライアは考えた。


(『デッドリー・ボア』が暴れている隙に……いや、あのガキを襲わせるようにすればいい。その間に、この場を離れれば完璧だ)


『デッドリー・ボア』に少年を襲うようにするのは、どうすればいいのか、イライアは考える。


(確か、『デッドリー・ボア』は食欲が旺盛。特に肉を好む。だったら、さっきのハムでもあのガキにぶつければ……)


 しかし、そんな考えも、すぐに無駄になった。


「ビギィイイイイ!」


『デッドリー・ボア』が雄々しく声を上げる。


「いや、うるさい」


 そんな『デッドリー・ボア』の顔面を、少年が叩き潰したのだ。


 ボロボロの剣の横っぱらで、虫を叩くようにして。


「……は?」


「ビィ……ギィ……」


『デッドリー・ボア』の体は、力なく倒れてしまう。


 その顔には、深く、大きく、剣の跡が残っていた。


「っと、さすがにもう限界か」


 少年が持っていた剣が、ボロボロと崩れて壊れてしまう。


「まぁ、そこら辺の露天で売っていた安物だし、別にいいか」


 少年は、残っていた剣の柄をポイと捨てた。


 どうでも良いモノのように。


「……ん?一撃で殺せるじゃないかって? 当たり前だろ。たかが猪ごとき、殺せないわけないだろうが」


 少年は何かと話している。

 見えない何かと。


「……ああ、それは問題ない。このことを書く気はないし、目撃者は……どうせ死ぬ」


「ひっ!?」


 少年が、イライアの方を見た。


 その瞬間、イライアの脳裏に浮かんだのは、大きな口だった。


 飲み込んで、粉々にかみ砕かれそうな、強者の口。


「あ、アライアス、逃げるよ。アライアス」


 しかし、アライアスから返事はない。


 イライアは、すぐ隣にいるはずのアライアスの方を見た。


「アライアス!?」


 アライアスは、口から泡を吹き出しながら倒れていた。

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