第121話【指定封印/閲覧不可】№07-03
真っ赤なアプフェルは、見ただけで絶品だと分かるつやと形をしている。
「イヤだよ。これは俺のだ」
「ちょっと独り占めする気?」
「あまり大きな声を出すなって」
本気で怒りがこみ上げたのだろう。
少し声が大きくなったイライアを、アライアスは注意する。
さすがに、食べ物ごときで喧嘩して、見つかりたくはない。
「ちょっと待ってろ。もう一個くらいないかな……」
かといって、素直にイライアに譲るには、この赤いアプフェルは美味しそうで、魅力的すぎた。
できれば半分に分けることさえしたくない。
アライアスは箱を探すと、すぐにもう一つの真っ赤なアプフェルが見つかった。
「あった。ほらよ」
「ありがとう」
アライアスから投げられた真っ赤なアプフェルをイライアは口に運ぶ。
「うわっ。これ美味しい」
一口かじっただけで、果汁が口の中にあふれ出してくる。
濃厚な甘みと、さわやかな酸味が両立し、芳醇な香りが鼻孔を刺激する。
しゃりしゃりとした歯触りは、何度でも噛みしめたくなり、咀嚼するのが楽しくてしょうがない。
絶品。
まさしく、そうとしか言いようがないアプフェルである。
「うまいな、これ」
普段はあまり甘いモノを食べないアライアスも、夢中で真っ赤なアプフェルをかじっていく。
「そうだね」
気がつけば、イライアのアプフェルはもう半分になっていた。
そのことに気がついて、イライアは悲しくなった。
まだ、食べていたいのに。
少しでも食べ終える時間を遅くしたくて、イライアは会話をしようとした。
「こんなに美味しいもの、これまで食べたことがないか……も?」
アプフェルの感想を言い合う。
そのきっかけの話。
それを話そうとして、イライアは言葉が続かなかった。
何か、ひっかかりを覚えたのだ。
「……どうしたんだ?」
「いや、なんか、このアプフェルよりも美味しいモノを食べたことがあるような……」
それが何なのか、イライアは気になった。
しかし、そんなイライアの意見を、アライアスは一蹴する。
「は? そんなわけないだろ。見ろよ。俺なんてもう食い終わったぞ?」
アライアスの手には何も残っていない。
芯どころか、種まで美味しくて食べてしまったのである。
「その半分。食べないのか? だったら俺がもらうけど……」
「食べる。食べるから」
本当に奪われそうだと感じたイライアは、慌ててアライアスから距離をとる。
そのとき、イライアはあることに気がついた。
「……あれ?」
「ん? また何かあったか?」
「いや、気のせいかもしれないけど……止まってない? この荷馬車」
イライアに言われて、アライアスもようやく気がついた。
荷台が揺れていない。
それに、聞こえていたはずの荷台の車輪と線路がこすれる音もしない。
外の様子はわからないが、確実に動いていない。
「おい、隠れるぞ」
「うん」
その事実が示すことを予想して、慌ててイライアとアライアスは荷物の中に隠れようとした。
そのときだった。
突然、イライアの体のバランスが崩れた。
「へ?」
よく見ると、床がせり上がっている。
いや、違った。
床が切れている……つまり、荷台が切られているのだ。
両断された荷台が、左右に分かれて、崩れ落ちている最中なのである。
「なぁああああああ!?」
イライアも、アライアスも、とっさに叫び声をあげた。
しかし、その声になんの意味もない。
崩れた荷台から放り出されたイライアとアライアスは地面を転がった。
「痛たたた」
「いったい、何が……」
「意外と、できるもんだな」
何とか起きあがろうとしていた二人の前に、一人の少年が現れた。
その少年は、一振りの剣を握っている。
「誰だ、おまえ……」
アライアスは、目の前の少年をにらみつけた。
しかし、少年はアライアスたちのことを見てもいない。
ただ、剣と、斬られた荷台を見つめている。
「……マンガとかでよく見ていたけど、実際に斬ってしまうと、なんか感動というか、達成感みたいなのがあるよ。さすがに」
「おい、話を聞けよ」
「……アライアス」
苛立っているアライアスの肩をイライアは引っ張る。
イライアは目の前の少年に見覚えがあった。
「この子、『魔境』の受付にいた奴じゃない?」
「は? 『魔境』って、どこのだよ」
「いや、さっきまでいた場所」
「さっきまでいた場所……いたか? こんな白い髪が獣の耳みたいになっている黒髪のガキなんて」
アライアスの言うとおり、髪の色が違うが、目の前にいる少年に、イライアは見覚えがあった。
間違いなく、『ツウフの魔境』の受付であった少年である。
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