第119話【指定封印/閲覧不可】№07-01
◇調査対象:イライア
イライアが覚えている一番古い鮮明な記憶は、大人の死体をネズミがかじっている光景だった。
その大人は、おそらくはイライアの母親と呼ばれるような存在で、彼女の右腕は半分ほど無くなっていた。
そんな、凄惨な自分の母親の死体を見て、イライアは思わず笑ってしまった。
その右腕は、おぼろげではあるのだが、とても怖いモノのはずだったのだ。
自分を痛くさせる、何かだったはずなのだ。
7歳までの自分の記憶を薄くさせるほどの、恐怖だったはずなのだ。
その腕が、ネズミに喰われてなくなっている。
そんな光景が、たまらなく面白かった。
「ん? なんだ、おまえ、まだ生きているのか」
イライアが笑っていると、同じくらいの年頃の少年がやってきた。
兄のアライアスだ。
「生きているなら、こっちに来い。飯を食べられるらしいからな」
アライアスは、母親がネズミに食べられていることを特に何も思っていないようだ。
もしかしたら、すでにイライアと同じように笑ったあとなのかもしれない。
イライアが兄のあとをついて行くと、人だかりが出来ていた。
そこで、イライアが出会ったのは、とても美しい女性だった。
紫色の髪がつやつやと輝き、肌にくすみは一切ない。
住む世界が違う人だと、イライアはすぐにわかった。
なのに、彼女は笑顔でイライアと同じような薄汚い人間たちに、食事を配っているのだ。
こんな人もいるのかと、イライアは驚いた。
そして、思ったのだ。
彼女のそばにいたいと。
なので、イライアは彼女のお手伝いをすることにした。
配給がはじまったことを知らせる伝令や、動けない人の元にいって食事を届けたり、掃除など、自分で出来る範囲のことは全てやった。
兄のアライアスも最初はイライアが何をしているのか不思議そうにしていたが、お手伝いをすると配給される食事の量が増えたので、彼もうれしそうにお手伝いをするようになった。
そして、そんなことを30日程度続けていたときだ。
美しい女性が、イライアとアライアスに一緒に暮らさないかと誘ってきたのだ。
あの日のことは、はっきりと覚えている。
美しい女性が、イライアの頭を撫で、額に軽く口づけをした時のことを。
実の母親にさえされた覚えがない親愛の仕草を。
うれしかった。
これで、イライアの望みに近づいたのだ。
イライアの望みは、一つだった。
この美しい女性を、母親と同じように殺したい。
あの汚い母親でも、あれだけ面白かったのだ。
きっと、この美しい女性ならばもっと面白いモノが見られることだろう。
美しい女性が、イライアたちに自分の子供を紹介する。
その子供も美しかった。
彼女も殺せば、面白そうだ。
イライアは、満面の笑みで挨拶する。
美しい女性と少女が、ネズミに喰われる姿を思い浮かべて、イライアは心の底から笑顔を作った。
「ご機嫌だな」
昔のことを思い出して、思わず笑みを浮かべていたイライアは少しだけ恥ずかしそうに顔を動かす。
一方、彼女の笑顔を指摘したアライアスは不機嫌そうだった。
それもそうだろう。
彼女たちは今、狭い荷台の中で揺られているのだから。
イライアたちは、レベル8の魔獣『ヴァイス・ベアライツ』が現れた『最奥』の部屋から逃げ出したあと、逃走用に用意していた移動速度を上げる使い捨ての『魔聖具』を使用して、ツウフの魔境を脱出した。
しかし、調べながら進んでいたとはいえ、行きに4日が必要だった道のりだ。
魔獣とは戦わずに歩き続けても、ツウフの魔境を出るのに丸一日かかってしまい、予定よりも時間がかかってしまった。
そのため、アライアスは事前に複数の逃走経路を用意していたが、出発出来るのは、この馬車の荷台だけになったのである。
サロタープは、バーケット家の領内の『魔境』で死んだことにする予定だ。
他の領地であるノーマンライズでは、サロタープの誘拐に対して、協力を期待することはできない。
しかし、開拓される『魔境』は、証拠の隠蔽に最適だった。
誘拐現場である『魔境』は、最奥の『魔聖石』を持ち出した時点で崩壊がはじまり、跡形もなくなる。
『魔境』の周囲にいる人間も、ほとんどは冒険者で残りも冒険者を相手にする商売人などである。
ゆえに、『魔境』が開拓されたあとは、集まっていた人も別の『魔境』へ行き、いなくなるのだ。
なので、物証さえ残さなければ、サロタープが誘拐されたことなど、分からなくなる。
これまで、アライアスとイライアは、協力してサロタープがノーマンライズに滞在していた情報を残さないようにしていたのだ。
手配した宿も全て偽名で登録しているし、『魔境』に潜る際も偽名だ。
あとは、人に知られずにアライアスとイライアがバーケットの領内の戻り、サロタープの排除を望んだサロタープの継母であるサスケアの庇護下に入れば、完了である。
サロタープが一人で『魔境』に入り、死んだという情報のねつ造など、残りの処理は彼女がする予定だ。
なので、アライアスとイライアは、このまま大人しく馬車に揺られているだけでいいのだが、それはあまりに窮屈で退屈ではある。
「わかっていたけど、やっぱりキツいな」
アライアスは不満をこぼす。
「準備したのは兄さんでしょう?」
「そうだけどな。ちくしょう、足下見やがって」
人を二人、誰にも見られないように移動させるなど、どう考えても怪しい依頼、引き受けること自体が珍しい。
それでも上位貴族の従者という立場を利用して、なんとか依頼を引き受けてくれる者たちを探したが、条件が厳しいモノが多かった。
「昨日までなら、『魔聖車』も『魔聖船』も使えたんだけどな。あと一日早ければ、こんな狭い所に籠もらなくてもよかったはずなんだよ。あの冒険者たちがチンタラしているから……」
アライアスのグチは止まらない。
何の益にもならない話につきあっても仕方がないと、イライアは起き上がる。
そして、近くの荷物を物色し始めた。
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