第110話 『最奥』の主 4
『ヴァイス・ベアライツ』は声をあげながら、突然反転する。
そして、そのままサロタープの『神財』に突撃した。
「ぐぅっ!?」
すると、サロタープが胸を押さえて苦しんだ。
「ど、どうしたんだ?」
サロタープの元にかけよったジスプレッサに、サロタープは笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫だ。ぐぅ!?」
さらに、サロタープが痛みに声を上げる。
広場では、『ヴァイス・ベアライツ』が執拗にサロタープが出した盾に攻撃を加えていた。
「……『神財』が損傷したからですね」
サロタープの、大きな盾のような『神財』は、『ヴァイス・ベアライツ』の突撃によって大きくへこんでいた。
そして、さらなる攻撃で、細かい切り傷が無数に刻まれている。
『神財』とは、神から賜った物ではあるが、使用者と強いつながりがある。
そのため、「神財」が損傷すると使用者にもダメージが発生するのだ。
「……レベル8の魔獣の攻撃でも壊れていないのはさすが上位貴族、といったところですが、このままでは危険ですね」
「わ、私は大丈夫だ。大丈夫だから……うぁううぅ!」
サロタープは心配をかけないようにしているのだろう。
叫び声を必死になって押さえている。
「なんで『ヴァイス・ベアライツ』が暴れだしたのかわかりませんが、急ぎましょうか」
ビジイクレイトは、『暁木の縄』を取り出す。
「急ぐといっても、いったい何をすればいいのか……」
「策は、戻ってから伝えます。ジスプレッサ様は、ここでサロタープ様と一緒にいてください。痛みが激しいようなら、回復薬も使ってください。サロタープ様」
『神財』の損傷で苦しんでいるサロタープに、ビジイクレイトは声をかける。
「サロタープ様の『神財』は、この距離から動かすことは出来ますか? もしくは、消すことは?」
「……消したり、出したりする事はできる。しかし、動かすのは無理だ。『神財』の遠距離操作は、まだ修得していない」
「わかりました。消して、出すことはできるんですね?」
サロタープは、大きくうなずいた。
声を出すのはツラいのだろう。
「よし。では、行ってきます」
「まて少年。行ってくるとはいったいどこに……」
「詳しい説明は、あとで!」
ビジイクレイトはそのまま『暁木の縄』を使用して、広場に向かって落ちていく。
すると、マメが話しかけてきた。
『なぁなぁ、主よ』
『なんだい、マメよ』
『さきほど、あのシロクマがなんで暴れ出したのか気にしていたが、原因は主ではないのかい?』
『なんで俺だよ。俺が何をしたっていうんだよ』
『いや、あのシロクマを倒すとか物騒なことを言っていたじゃないか。それを聞かれたから、シロクマは暴れているんじゃないかい?』
『どうしてそうなるんだよ。俺みたいな雑魚がイキったところでレベル8の魔獣様は怖くもないだろうに』
『でも、あのシロクマを倒せるんだろう?』
その点は、マメの言うとおりなのだが。
『というか、そもそも『ヴァイス・ベアライツ』って人間の言葉がわかるのか?』
『はっきりとはわからなくても、ニュアンスは感じるのだろうね。もしくは、主の殺気に反応したんじゃないかい?』
『殺気なんて、そんなもん発してないし、俺みたいな雑魚の殺気なんてそよ風みたいなもんだろ』
そよ風さえもないかもしれない。
無風である。無風。空しいだけの、空回りだ。
『ちなみに、あのシロクマに僕は見えていないようだね。僕の『封印』は、簡単には破れないのだよ』
『闇の隠者さんには簡単に破られたけどな』
『何を言っているのかわからないね』
マメがあーあー言いながら耳を防いでいる。
そんな話をしながら、ビジイクレイトは目的の場所に到着した。
そこは、『ヴァイス・ベアライツ』が暴れているサロタープの『神財』の真上。
「……隙間、みっけ」
サロタープの『神財』と、広場の壁との間に見つけた隙間に、ビジイクレイトは体を滑り込ませる。
「よっと」
「……おまえは?」
地面に倒れている冒険者の集団。
そのなかで一人だけ、なんとか体を起こし、地面に座っている者がいた。
「話はあとだ。……『光の防壁』か。思ったより良い物使ったな。そろそろ、壊せそうだけど」
もう、薄く消えそうになっているアライアスたちが仕掛けた『光の防壁』を、ぺちぺちとビジイクレイトは叩く。
強度を確認すると、ビジイクレイトは露天で買った剣で『光の防壁』を両断して破壊する。
「さすが、業物」
消えかけていたとはいえ、『魔聖具』で作られた壁を壊せたことにビジイクレイトは満足する。
普通の剣ならば、ビジイクレイトの弱い腕が壊れるまで振るっても、『光の防壁』は残ったままだっただろう。
そのまま、ビジイクレイトは通路の奥まで進み、様子を確認して戻ってくる。
『もう、あの二人はいないな。追加の罠とかなかったことを喜んでおくべきか』
『それはよかったね。で、あの男たちはどうするつもりだい?』
マメが指さす方向には、冒険者たちが倒れている。
サロタープを騙して傷つけた冒険者たちだ。
その冒険者たちのリーダーと思われる男にビジイクレイトは告げる。
「『黒猫の陰影』の団長、スカッテン。命令だ。これから、あの『ヴァイス・ベアライツ』を倒すから、手伝え」
ビジイクレイトの言葉に、座っていた男、スカッテンは不機嫌そうに顔をゆがめた。
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