第111話 『最奥』の主 5
「……名前も名乗らずに、いきなり命令か」
「任務を放棄した臆病者たちに名乗る名前なんてないからな。むしろ感謝しろよ? 挽回の機会をやるんだから」
「……挽回の機会か。汚名の、か」
スカッテンは、自嘲するが、ビジイクレイトの顔は険しいままだ。
「名誉、だろ。しっかりしろ」
「俺たちのことを知っているんだな」
「『隠者』に教えられて、ここまで来たからな」
ビジイクレイトの返事に、納得したようにスカッテンは目を閉じる。
「……わかった。あんたの命令に従おう。それで、俺たちは何をすればよろしいんでしょうか? ビジイクレイト様」
スカッテンが発した名前に、ビジイクレイトは片眉だけをあげる。
「俺のことを知っているんだな?」
「『隠者』に教えられておりますので」
同じようなやりとりのあと、ビジイクレイトは大きく息を吐く。
「とりあえず、今の俺はビィーだ」
「わかった。ビィーだな」
それだけで、伝わる。
『いやいや、僕には伝わっていないんだけどね。主? なんでそんなにカッコつけて『事情を知っている者たちのやりとり』をしているんだよ。読んでいる読者も置いてけぼりになるから、説明したまえよ』
伝わっていないマメが、抗議をしてきた。
『えー、いいじゃないか。こういうところくらいカッコつけさせてくれよ。こう、謎を知っている男、みたいなかんじでいいじゃないかよ』
『そんなカッコよさ、読者は求めていないのだよ。今時の読者は謎を置いてままにしているとイライラしてすぐに見放してしまうよ?』
『そこは、伏線にワクワクするんじゃないのか?』
『さっきのやりとりは、ワクワクするような伏線なのかい?』
『いや、そんな事はないけど』
『ないのかい』
別に、隠すような内容は何もない。
『というか、勘のいい奴は説明しなくてもわかると思うけどな』
それどころか、気づいていても不思議ではない。
『もう、もったいぶらずにさっさっと言いたまえよ。逆にダサい』
『逆にダサい!?』
『その反応はさらにダサい』
『やめろ! ビジイクレイトくんの命はもうないぞ!』
『だったら、早く言いたまえ』
マメの口調が冷たい。
『コイツら、『黒猫の陰影』は、あの闇の隠者の直属の部隊の一つなんだよ』
『ああ、だから名前が闇っぽいのか』
『そして、任務の内容が、子供の保護だ』
『どういうことだい? 彼らはサロタープを誘拐しようとしていたのだろう?』
『だから、誘拐することで助けるんだよ。元々、サロタープは殺されようとしていたんじゃないか? 殺す方が簡単だからな』
ビジイクレイトはサロタープたちの話を完全に聞き取れていないが、そういったやりとりをしていたように思える。
『誘拐した子供たちをどうしているのか。それは知らないけどな。親元に問題がないなら返すのか。そのまま闇の隠者の部下になるように育てるのか。両方かな』
カッツァも、もしかしたら元は貴族の子供かもしれない。
『なるほど。だから名誉と主は言ったのだね』
『まぁ、コイツらはサロタープの保護も忘れて逃げ出したんだけどな』
レベル8の魔獣相手では、冷静でいられない気持ちもわからなくはないが。
マメとの会話を終えたビジイクレイトは、スカッテンに向き直る。
「で、確認だが、『デッドリー・ボア』を倒すときに使った『魔聖具』はまだあるか?」
「……『パンザーグラネット』は8つ。2つ、向こうに落としてきたからな。弾は12発だ」
「そうか。それならいけるかな。おまえ達には、『ヴァイス・ベアライツ』を、あの通路の奥に誘導してほしいんだ」
ビジイクレイトは、さきほど『光の防壁』を壊して通れるようになっている通路を指さす。
「そのときに、出来るだけ『火力』をあげる物をバラまいておいてくれると助かる。『爆発の魔石』はあるんだろ?」
「弾に使うからな。『風』も『火』も、在庫はある。しかし、誘導というが、見ての通り動けるのは俺だけだ」
すでにアライアス達が仕掛けた毒の煙は消えているが、毒された体はまだ動かせないようだ。
苦しそうなうめき声だけが、『黒猫の陰影』たちから聞こえてくる。
「その俺も、何とか座っているだけで、歩くのも精一杯だろう。捨て石になるのはかまわないが、この状態では命をかけても通路の奥に誘導できるかわからんぞ?」
「大丈夫だ。回復薬がある」
そういって、ビジイクレイトは持ってきていた回復薬をスカッテンに飲ませる。
「……すごい効果だな。体の違和感が完全に消えた。どこでこれを?」
「宿屋が優秀でな。頼めば買えた」
「『猫』か。俺たちには渡さないくせに」
「買えるのか? それ、一本10万シフだぞ?」
「……優秀な『宿屋』だな」
スカッテンは、不服そうな顔を笑顔で消して、回復薬を飲み干す。
「薬代はまけてやるよ。これからの成果しだいでな」
「それは、頑張らないとな」
完全に回復したスカッテンは、人数分の回復薬をビジイクレイトから受け取る。
「全員を回復させて、準備を終えるのにどれくらいかかる?」
「小鐘一つ分……準備が出来たら連絡するから、これを持っていてくれ」
スカッテンはビジイクレイトに爪ほどの大きさの白と黒の石を2つ渡す。
「『連絡の魔聖具』だ。使い方はわかるか?」
実際に使った事はないが、本でどのような機能の『魔聖具』か、ビジイクレイトは知っていた。
「黒い方に声をかけると、白い方から声がでる。逆に、白い方からは相手の声が聞こえる。だったよな?」
「そうだ。使うときは『魔聖力』を流すといい」
その後、試しに使ってみて、問題なく声が聞こえることを確認する。
「じゃあ、俺は戻るから、あとは任せた」
「ああ……サロタープ様には、申し訳なかったと伝えてくれ」
「それは自分で伝えろ。『ヴァイス・ベアライツ』を倒したあとで、な」
ビジイクレイトは、『暁木の縄』を使ってジスプレッサ達のところへ戻っていく。
『……本当に、主は何もしないつもりなのかね?』
『俺みたいな雑魚が出来る事なんて、作戦を考えることと、その作戦を伝える伝令役だけだよ』
『やれやれ。これではPVが増えることもないだろうね』
『いや、きっと『作戦を考える事ができるビジイクレイト様かっこいい!』とか、『危険を顧みずに作戦を伝えるビジイクレイト最高』とか、そんな感じでPVが増える可能性が……』
『ないね。だいたい、大した作戦でもないだろう』
『なんだとう!?』
そんな会話をしているビジイクレイトの背中を、いつの間にか暴れなくなった『ヴァイス・ベアライツ』がただじっと眺めていた。
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