第108話 『最奥』の主 2

「レベル8!? そんな魔獣が、なんでこんなところにいるんだ! 騎士団でも倒せるかわからないぞ!?」


 レベル8ということは、『ヴァイス・ベアライツ』は倒すのに騎士が8人必要な強さということではある。


 しかし、ここまで強い魔獣になると基準となる数字の意味が異なってくる。


 レベルの基準である騎士の人数は、理想的な騎士が、理想的な動きをした時の話であり、現実的ではない。


 たとえば、レベル1の『デッドワズ』が8匹いれば、『ヴァイス・ベアライツ』に勝てるかと言えば、そんなことはありえないのだ。


 実際に、『ヴァイス・ベアライツ』を倒そうと思うと、騎士が十数名必要であり、そのうち何名かは死ぬ。


 犠牲もなく倒すには、圧倒的な強者……つまり、勇者が必要だろう。


「……あぁ」


 ジスプレッサが、まるで夢でも見ているかのようにつぶやく。


 下の広場は、まさしく阿鼻叫喚だった。


 逃げまどうのは、レベル5の『デッドリー・ボア』さえも倒した冒険者たち。


 彼らは、最奥の入り口……今は、出口に向かう通路の付近に倒れていた。


 よく見ると、アライアスとイライアがいない。


 彼らは、先に逃げ出していて、どうやら罠も仕掛けていたらしい。


 光で出来た壁によって、冒険者たちの逃げ道は塞がれている。


 彼らは光の壁の前で、毒の霧に苦しみ、もがいていた。


「……ジスプレッサ様。逃げますよ。あの『ヴァイス・ベアライツ』に気づかれたら、殺されます」


「あ……ああ」


 腰が抜けているのだろう。


 力が入っていないジスプレッサを抱き抱えるようにしながら、ビジイクレイトはその場を離れることにする。


『おや? あのシロクマを倒さないのかい?』


『勝てるわけないだろ、あんな化け物。『魔聖石』はあのサロタープを裏切った従者たちが持っていたみたいだし、ここにいる意味なんてないだろ』


『本当に、そうかね?』


 脳天気な事をいっているマメをビジイクレイトは睨む。


 そのときだった。


 声が、聞こえた。


「ムカつきましたわ……悲しくもありましたわ。でも……彼らが『平民』であるのならば! 私は助けなくてはいけません! なせなら……私は、『貴族』なのですわ!!」


 その声は、サロタープのモノだった。


 先ほどまで、冒険者に取り囲まれ、従者に裏切られた、この最奥の広場でもっとも傷ついている少女の声だった。


 彼女の言葉にビジイクレイトも、ジスプレッサも、動きを止める。


 気がつけば、二人とも振り返っていた。


 そして、目にする。


 サロタープが冒険者たちに盾のようなモノを使い、彼らを守っている姿を。


『ヴァイス・ベアライツ』と対峙している姿を。


「さぁ、いきますわよ。強き魔獣との戦いは貴族の誉れ。サロタープ・バーケットの生き様、見せてさしあげますわ!」


 雄々しく叫ぶ、貴族の姿を。


「……少年」


「なんですか、ジスプレッサ様」


「彼女を、助けよう」


「……レベル8の化け物と戦う、と?」


「ああ」


「サロタープ嬢の派閥に入ることになりますよ?」


「それに何の問題がある? 彼女と共に歩むことになるのなら、喜んでそうしよう」


「庇護下に入るのではなく共に歩む、ですか」


 ビジイクレイトは、笑った。


 ジスプレッサも、笑顔だった。


「いいでしょう。では、サロタープ・バーケットを助けましょうか」


 ビジイクレイトは、自分の背嚢から一本の縄を取り出した。


「……少年。それは何だ?」


「『暁木の縄』という『魔聖具』です。助けにいくのに梯子を使う余裕はないですから」


 ロウトたちが餞別として渡してくれた『魔聖具』である『暁木の縄』は、光をため込み、その力で成長すると、あらゆるモノにからみつく性質がある。


 このあらゆるモノとは、何も突起物には限らない。


 ビジイクレイトが『暁木の縄』を強く握ると、『暁木の縄』は急速に成長して、壁に張り付いていく。


 まるで、そこだけ古びた洋館のようになった壁を見て、ビジイクレイトは一度うなずく。


『暁木の縄』を強く引っ張ってもとれる様子はない。


 これなら、ビジイクレイトの体重など余裕で支えられるだろう。


「では、サロタープ様を助けてきますので、ジスプレッサ様はここで待っていてください」


「少年、私も……」


「ジスプレッサ様と、サロタープ様を二人抱えるのは僕には無理ですよ?僕は非力なんですから」


 ビジイクレイトは笑いながら、広場に向かって落ちていく。


『結局助けに行くのかい?』


『ああ。あんなの聞かされたら、動かないわけにはいかないだろ?』


『そのまま倒せばいいのに』


『それは無理だって。見ろよ、上位貴族のサロタープ様だって、避けるのが精一杯なんだぞ? 俺に何が出来るって言うんだよ』


 広場の様子を確認すると、サロタープが『ヴァイス・ベアライツ』の攻撃を必死に避けていた。


『うう……怖いなぁ。やっぱり帰りたい』


 剣のような『ヴァイス・ベアライツ』の爪を見て、ビジイクレイトはおびえる。


『そんな情けないことは言わないで、助けるなら、さっさと助けたまえよ』


『そうは言ってもな。助けるにもタイミングってあるだろ?』


『タイミング? ああ、彼女を安全に助けるために……』


『いや、カッコよく助けて、PVを稼ぐタイミング』


『おい、クズ主』


 マメの声色が冷たい。


『心底、見損なったぞ? クソチビ主よ』


『チビって言うなよ! っていうか、レベル8の魔獣から助けるんだぞ? 最大限の効果を狙いたいじゃねーかよ!』


『だからって、あんなボロボロの少女をすぐに助けないでタイミングを伺うとは、ゴミカス矮小主と言われても否定できないだろう?』


『それは否定しますー! そこまで言われる筋合いはありませんー!』


 そんな言い合いをしている間に、サロタープ達に動きがあった。


『っと、タイミングがくるぞ』


 サロタープが、『デッドリー・ボア』の死体のところにまで吹き飛ばされたのだ。


 そこは、『デッドリー・ボア』の血が大量にぶちまけられており、床は血に塗れている。


 ビジイクレイトは、全力で助けにいけるように、壁側に移動する。


『……タイミングって』


『あんな場所で戦ったら、絶対にバランスを崩すだろう……ほら』


 案の定、血で足を滑らせ体勢を崩したサロタープの元に、ビジイクレイトは『暁木の縄』を操作し同時に壁を蹴って、飛ぶように駆けつけた。


『ヴァイス・ベアライツ』の攻撃をかいくぐりながら、ビジイクレイトはサロタープを抱きしめる。


「こうやって助けると、少しはPV稼げる……よな?」


 ギリギリ、『ヴァイス・ベアライツ』の攻撃からサロタープを助け出せて、ビジイクレイトはほっと息を吐いた。


『本当に最低だな、主よ』


 マメの口調は冷たいままだが、助けたことは助けたのだ。


 これはきっと、『キャー、ビジイクレイトかっこいい!』となっているに違いないのである。


 サロタープを助けた勢いのまま、ビジイクレイトは『ヴァイス・ベアライツ』から距離をとった。


 床から10メートルほど離れた場所の壁で止まっているビジイクレイトを、『ヴァイス・ベアライツ』はただじっと見ている。


『……こえー。マジで、なんでこんなところにレベル8の魔獣がいるんだよ。目があっただけで死にそうなんだけど』


『おう、やんのかこのクマやろう。このおマメさんに喧嘩を売るなんて上等じゃねーかよ』


『なんで喧嘩を売っているんだよ! 『ヴァイス・ベアライツ』さんは何も言ってなかっただろ!!』


 突然、喧嘩腰で『ヴァイス・ベアライツ』を挑発しはじめたマメにビジイクレイトは怒鳴る。


『いや、挑発に乗られてもあのクマと戦うことになるのは主だし、別にいいかなって』


『最低だな、お前』


『どうせ死ぬことはないんだし、別にいいじゃないか』


『死ぬわ、普通に』


 レベル8の魔獣など、まともに戦えば確実に死ぬ。


『でも、倒すんだろ? あのクマ』


 マメの言葉を、ビジイクレイトは否定しなかった。


『……とりあえず、戻るぞ』


 ビジイクレイトは『暁木の縄』を操作し、ジスプレッサの元へ戻る。


 この間、『ヴァイス・ベアライツ』は、ただじっとビジイクレイトを見つめるだけだった。

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