第107話 『最奥』の主

「『デッドリー・ボア』が、もう一体!?」


『最奥』へ進んだビジイクレイトとジスプレッサは、自分たちがいる通路の下の広場で行われている戦いを眺めていた。


 戦っているのは、先ほど彼らが倒した個体よりもやや小さい『デッドリー・ボア』と、上位貴族のサロタープたちだった。


「助けないと!」


 下に降りようと、ジスプレッサは周囲を見渡す。


 すると、通路の脇に梯子がかけてあった。


 その梯子に向かおうとしたジスプレッサを、ビジイクレイトは止める。


「少年、なにを」


「なにをしようとしているのか。聞きたいのはこちらです、ジスプレッサ様。魔獣との戦いに横やりするのは、御法度ですよ?」


 ビジイクレイトの指摘に、ジスプレッサは止まる。


「先ほどの『白猪の長牙』のときも、彼らの戦いが終わるまで待っていましたよね? 今回も同じです。彼らの戦いが終わるまで、待ちましょう」


「しかし、相手は『デッドリー・ボア』だぞ? 助けないと……」


「おや? その『デッドリー・ボア』におびえていたのはどこのどなたでしょうか?」


「うぐぅ……」


 ビジイクレイトの指摘に、ジスプレッサは黙ってしまう。


『まぁ、その『デッドリー・ボア』にビビりまくっていたのは俺もだけど』


『PVのことを考えると、そこはカッコよく戦っていたことにしたほうがいいのではないかい?』


『……それもそうだな』


 というわけで、ビジイクレイトは『デッドリー・ボア』を華麗に切り裂いたのである。


『実際は、ギャーギャー叫びながら、チマチマと切りつけていただけだがね』


『やめろ、夢がなくなるだろ』


『本当に、主がカッコよく戦っていたら、僕もこんなこと言わないのだよ』


 そんな会話をしているマメとビジイクレイトをよそに、ジスプレッサはじっとサロタープたちとの戦いを眺めている。


「……心配ですか?」


「……当たり前だろう? 『デッドリー・ボア』なんて、いくつもの村を滅ぼしてきた魔獣だ。それを、上位貴族とはいえ、子供が騎士も連れずに戦っているのだ」


「そんなに心配しなくてもいいと思いますけどね」


 ビジイクレイトの言葉に、ジスプレッサは怪訝な顔をする。


「少年は……やけに落ち着いているが、それには理由があるのかな?」


「まぁ、あんな化け物と戦っているのは僕たちじゃないって事と……それに、たぶんあの上位貴族たちは『デッドリー・ボア』を倒すでしょうからね」


「なんだと?」


「彼らの動き。上から見るとよくわかりますが、統率されています……まぁ、一部を除いてですが。あの動きを見るに、何か狙いがあるのでしょう」


 サロタープの動きに合わせるように、冒険者たちがなにやら準備している。


 必殺の何かの用意があるのだろう。


「レベル5の魔獣を相手になにをするのか……ちょっと楽しみでもありますね」


「むぅ……」


 ジスプレッサは、ビジイクレイトの答えに何か不服そうな顔をしながら、視線を戻す。


 そして、しばらくすると下の戦いで動きがあった。


 轟音と共に、冒険者たちが鉄の棒を打ち出したのだ。


 いくつもの鉄の棒が『デッドリー・ボア』に突き刺さる。


 そして、その棒が爆発した。


 体内からいくつもの鉄の棒が爆発し、『デッドリー・ボア』は倒れてしまう。

 その後、サロタープが小さな鉄の棒を『デッドリー・ボア』に打ち出し、とどめを刺した。


『銃、か?』


『というよりも、徹甲榴弾のような物に近いのではないかい? もちろん、使われている技術などは異なるだろうが』


 マメとビジイクレイトはサロタープが使用した『魔聖具』の考察をしていたが、ジスプレッサはただ安心したようで、ほっと息を吐いていた。


「よかった……勝ったか。しかし、すさまじい攻撃だったな。貴族は、あんな『魔聖具』を持っているのか?」


 貴族のことを聞かれ、一瞬誰に質問しているのかわからなかったビジイクレイトが、慌てて答える。


「あ、ああ。いや、どうなんでしょうか。アイギンマンの屋敷の方々は、使用していなかったように思えますが」


『やべ、アイギンマンの屋敷でビジイクレイトの影武者をしていたっていう設定を忘れていた』


『ややこしいね。色々と』


 あまり、貴族として行動することもなかったので、貴族に対する質問をされてもすぐに反応できないビジイクレイトである。


「それよりも、ジスプレッサ様。喜んでいるようですが、このままだと彼らが最奥の『魔聖石』を手に入れてしまいますが、よろしいのですか?」


「え……ああ!」


 ビジイクレイトに指摘されて、ジスプレッサも思い出したようだ。


 最奥に輝く大きな『魔聖石』を見て、悔しそうにうなる。


「うぐぐ……少年の言うとおり、確かに『魔聖石』の質というか、大きさから違う」


 ジスプレッサが持っている『白猪の長牙』から手に入れた『魔聖石』は、親指の先の爪ほどの大きさしかない。

 しかし、最奥にある『魔聖石』は、両手の拳を合わせた程度の大きさはある。


 しばらく唸っていたジスプレッサは、一度目を閉じると、あきらめたように息を吐く。


「まぁ、悔しがってもしょうがない。最奥にいる魔獣は、彼らが倒したのだ。あの『魔聖石』は彼らの物だ」


「そうですね」


「ああ、私たちが倒した『デッドリー・ボア』の方が大きかったような気もするのが少々解せないが……」


「……ん?」


 ジスプレッサの言葉に、ビジイクレイトが引っかかる。


『どうしたんだい? 主』


『いや、ちょっとな……』


 何に引っかかっているのか考えている間に、下の広場で動きがあった。


 突然、サロタープを冒険者たちと彼女の従者であるアライアスとイライアが、取り囲んだのだ。


「……少年。これは、どういうことだ」


 サロタープたちの声は、かすかに聞こえてくる程度で、何が起きているのかよくわからない。


 彼らの声を逃さないようにしながら、少しだけ声を小さくしてジスプレッサが質問してくる。


 一方ビジイクレイトは、彼らが何をしているのか何となくわかっていた。


「……彼らは、彼女の暗殺が目的だったということでしょう。いや、あの様子だと、誘拐ですかね」


「なんで、そんなことを?」


「貴族を害するのに、『魔境』ほど都合がいい場所はないですからね」


 ビジイクレイトは少しだけ迷ってから、情報を開示する。


「あの上位貴族……サロタープ・バーケット嬢は、実の母親を7歳の時に失っています。その後、妾だったサスケア婦人がバーケット家の正妻となり、子供のショーンタプがバーケット家の長男と正式に認められました」


 ここまで話して、ビジイクレイトは一度息をつく。


 一度に話せるほど、気分の良い話ではない。


「貴族は、男子が家を継ぐ事が多い。戦う事こそ貴族の誉れですからね。ただ、サロタープ嬢はキーフェ・バーケットが愛したスプーニア夫人の一人娘。跡継ぎの問題はいずれ生じてしまう。それならば、サロタープ嬢がまだ子供のうちに排除してしまおうと、そう考えたのでしょうね。サスケア婦人は」


 微かに聞こえるサロタープたちの会話も、ビジイクレイトの予想が間違っていないことを証明している。


「少年は、なんでそんなことまで知っているんだ?」


「情報収集は大事ですから。特に上位貴族のことなんて調べていて損はないですからね」


 ビジイクレイトの情報源は、もちろんカッツァである。


 ビジイクレイトの答えを聞いているのかいないのか、ジスプレッサは悲痛な面もちのまま、つぶやく。


「……貴族は、こんなことをするんだな」


「貴族だから、するんですよ」


 ジスプレッサは、悲しそうな顔でサロタープたちを眺めていた。


 サロタープが、おそらく彼女の逆鱗に触れる言葉を言われたのだろう。


 暴れてしまい、体中に傷を作ってしまう。


 その様子を見て、ジスプレッサが体を動かす。


「……少年」


「助けにいきたいですか?」


ただ無言で、ジスプレッサはうなずく。

 

「では、ジスプレッサ様はサロタープ嬢の派閥に入るということでよろしいでしょうか?」


「……派閥?」


「ええ。貴族として活動するには、常に派閥を意識しなくてはいけません。自分が今どこの派閥にいるのか……誰の庇護下にいるのか。特に、下位の貴族にとっては大切なことです。その派閥を間違えると……『閃光部隊』として、消耗されるだけですからね」


『閃光部隊』という言葉に、ジスプレッサは反応する。


 彼女の祖父たちは、貴族の『閃光部隊』として使われ、死んだのだから。


「……ここで、彼女を助けることは、私はサロタープ嬢の派閥に入るということか」


「ええ。バーケット家は南の方では大きな領地を持つ貴族ですからね。地方にいる最大貴族。王航四貴族とまではいきませんが、それなりに名前のある貴族です。その子女を助けるとなれば、派閥に入ることになると思った方がいいでしょう。もっとも、バーケット家ではなく、サロタープ嬢の派閥ですが」


「それは、つまりバーケット家を敵に回す、ということか?」


「その可能性はかなり高いでしょうね。別の領地の『魔境』での、長子の誘拐。どれだけの人数が関わっているか……現に、彼女は自分の従者に裏切られているわけですし」


「……キーフェ・バーケットも。あの子の父親も関わっているのか?」


「否定は出来ないですね。情報ではかなりサロタープ嬢のことを溺愛しているという話ですが……賜った『神財』の評価が悪いそうですし」


 ジスプレッサの表情が、どんどん暗くなっていく。


 貴族の闇と、それにあらがうことが出来ない現実が、重いのだろう。


「……行きましょうか。幸い、彼らに僕たちがここにいることがバレている様子はない。目撃したことがバレると、厄介なことになるでしょうし、離れた方がいい」


 ジスプレッサは返事をしない。

 しかし、抵抗する意志も見せなかった。

 

 ビジイクレイトは、ジスプレッサの手を取る。


『引っ張っていくつもりかい?』


『そっちの方が、彼女の傷は浅いだろう?』


 ジスプレッサの言い訳に、ビジイクレイトはなろうと思った。


 ビジイクレイトに手を引かれて、ジスプレッサが立ち上がろうとしたときだ。


 何かが、落ちていくのが視界の隅に映る。


 白い、何かだ。


 様子を見に戻ると、白い固まりが広場にいた。


『デッドリー・ボア』よりも大きな、白い獣。


 強大な魔獣。


「『ヴァイス・ベアライツ』……?」


 その魔獣の正体を、ビジイクレイトは思い出す。


 図書館で見た、魔獣の名前だ。


「しょ、少年。あの魔獣は何だ?」


 ジスプレッサは震えていた。

 本能的に、あの魔獣の恐ろしさがわかったのだろう。


「おそらくは……この最奥の本当の主でしょうね」


「主は、『デッドリー・ボア』ではないのか」


「違ったようですね。あの魔獣『ヴァイス・ベアライツ』のレベルは、確か8ですから」


ここで、ビジイクレイトは先ほどの違和感に気がついた。


 最奥にいる『デッドリー・ボア』が、ビジイクレイトたちが倒した『デッドリー・ボア』よりも小さかったのは、あの『デッドリー・ボア』が最奥の主ではなかったからだ。


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