第106話【指定封印/閲覧不可】№06-08
サロタープは決死の覚悟で『ヴァイス・ベアライツ』の前に立った。
しかし、サロタープと『ヴァイス・ベアライツ』の戦いは、戦いとよべるようなものでは無かった。
「『魔聖火連弾』!」
一応、『デッドリー・ボア』でさえも、当たれば怯ませ、意識を向けることが出来ていたサロタープの『魔聖法』は、『ヴァイス・ベアライツ』が相手では、当たった瞬間に消えている。
焼け跡など何も無い。
『ヴァイス・ベアライツ』の体毛一本さえも燃やす事は出来なかった。
サロタープに、ほかの武器はない。
『パンザーグラネット』は弾がもうないし、ほかの『魔聖具』はすべてアライアスたちが持って行った。
身につけていた短刀などは役に立つわけがない。
攻撃で傷つけるどころか、攻撃が成立しない戦いで、サロタープが3分以上『ヴァイス・ベアライツ』の前に立つことが許されたのは、ただ、それが戦いではなかったからだ。
「グゥア!」
『ヴァイス・ベアライツ』の爪が、サロタープのわき腹をかすめる。
身につけていた防具ごと、薄く、表皮だけを切られたサロタープは自分の傷の様子を確認することもなく、ただ『ヴァイス・ベアライツ』をじっとみる。
(……遊ばれて、いますわね)
『ヴァイス・ベアライツ』は獲物をなぶる習性がある。
それが、サロタープが今生きている理由だった。
ゆっくりと、じっくりと、サロタープを殺すつもりなのだろう。
『ヴァイス・ベアライツ』の攻撃には一切の必殺の気配がなく、また殺気さえもない。
だから、文字通り、遊ばれてる。
『ヴァイス・ベアライツ』にとって、これは戦いではない、遊びなのだ。
(いい、ですわ。遊びならそれで……私の狙いも、貴方を殺すことではございません。ただ、時間を稼げばいいだけですわ。『黒猫の陰影』の皆様が逃げることが出来るだけの、時間があれば)
サロタープの『神財』、『金渦・豊食』は、この最奥の部屋の入り口を覆うように巨大化している。
アライアスたちが使った『光の防壁』の効果は、それほど長くない。
『光の防壁』がなくなれば、『金渦・豊食』で周りを覆っているため、その内側にいる『黒猫の陰影』は逃げることが出来るはずである。
(もっとも、毒はどうするのか、という問題もございますが……)
それは、『黒猫の陰影』がどうにかするしかないだろう。
彼らも冒険者だ。
解毒の手段くらい用意しているはずである。
(……『光の防壁』の効果時間を考えると、もう少し粘る必要がありますわね)
サロタープは『魔聖火弾』を打ちながら、『ヴァイス・ベアライツ』の注意を引きつける。
『ヴァイス・ベアライツ』の遊び相手になる。
命をかけて、玩具になる。
それが、サロタープの生き様。
弱き者を守るためならば、命など惜しくない。
『ヴァイス・ベアライツ』が、剣のような爪を振り下ろす。
サロタープは、全力でその場を飛び、離れた。
おかげで直撃はしなかったが、腕を振るだけで走る『ヴァイス・ベアライツ』の攻撃の衝撃は、強風となりサロタープを襲う。
「ぐぅ!?」
子供が振り回す人形の様に、グルグルと体を回転させながら、サロタープは壁のようなモノに激突した。
幸い、その壁はなぜか柔らかかったため、大きな怪我はない。
しかし、『ヴァイス・ベアライツ』の追撃は始まっていた。
その巨体で、どうやってその速度で動くのか不思議な早さで、『ヴァイス・ベアライツ』はサロタープの近くまで来ていた。
サロタープは、周囲のことも、自分がぶつかった壁の事も気にする余裕は無く、ただ『ヴァイス・ベアライツ』から離れることを意識する。
足に力を込めて、駆け出すことを考える。
だから、気がつかなかった。
壁だと思っていたモノが何か。
自分は何とぶつかったのか。
床が、どうなっていたのか。
「……え?」
サロタープの足が、地面を滑る。
サロタープは気がつかなかったが、彼女がぶつかった壁とは『デッドリー・ボア』の死体だった。
サロタープは見ていなかったが、彼女が立っているその場所は、『デッドリー・ボア』の血が大量に流れていた。
その血に、サロタープは足を取られたのだ。
「……しまっ」
後悔する暇も、体勢を整える暇も、サロタープにはなかった。
『ヴァイス・ベアライツ』は、すでに眼前で腕を振り上げていた。
剣のような爪が生えた、巨木のようなその腕を。
『ヴァイス・ベアライツ』が、振り下ろされる。
どんな処刑器具よりも、確実が死がサロタープに迫る。
(ここま……)
その早さに、サロタープは辞世の言葉を考えることさえ、出来なかった。
「…………………………あら?」
そもそも、辞世しなかったのだが。
いくら待っても、サロタープが覚悟した死の瞬間は、やってこなかった。
サロタープはゆっくりと目を開けると、なぜか彼女は宙に浮いている。
いや、よく見ると、誰かに抱きかかえられていた。
「こうやって助けると、少しはPV稼げる……よな?」
サロタープを抱えているのは、ロープのような物を握っている、なにを言っているかよくわからない美しい顔立ちの少年。
ビジイクレイトだった。
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