第104話【指定封印/閲覧不可】№06-06
「嘘だろっ……!レベル8なんて、そんなの勇者が必要なレベルじゃないか!」
「どうするんだよ!なんで、こんな場所に……!」
『黒猫の陰影』の冒険者たちが、半ば狂乱したように声を上げる。
その声に反応するように、『ヴァイス・ベアライツ』が片腕を上げる。
そして、その手に生えている爪を地面に突き刺して、姿を消した。
「……っ!?」
風が走る。
その風に遅れて、獣の臭いが鼻孔に届いたことを検知する前に、『ヴァイス・ベアライツ』は、アライアス達と、サロタープ達の間に立っていた。
「……逃げるぞ!」
生半可な攻撃に意味はない。
スカッテンはすぐに逃亡を選択した。
『黒猫の陰影』も、アライアス達も、散り散りになって逃げ出していく。
しかし、その場で唯一、サロタープだけはその場に座ったままだった。
「……グルゥ……」
逃げなかったサロタープに、『ヴァイス・ベアラツ』は顔を向ける。
『デッドリー・ボア』よりも強大な魔獣を前にしても、サロタープは動かない。
動く気力が、なくなっていた。
そんなサロタープに興味を無くしたのか、『ヴァイス・ベアライツ』は視線を変える。
その視線の先には、沢山の人がいた。
「お前たちは、ここにいろ!!」
『黒猫の陰影』も、アライアス達も、入ってきた通路を通って逃げ出そうとしたのだが、その中で姑息な手段に出た者がいたのだ。
それは、もちろんアライアスとイライアだった。
一足先に入り口につながる通路にたどりついたアライアスとイライアは、通路の前に『魔聖具』を使用したのだ。
その『魔聖具』は、『光の防壁』。
一定時間、簡易の壁を作り出す『魔聖具』だ。
「くそ! こんなモノを持っていたのか!」
「ははは! お前たちは、そこであの化け物の足止めでもしていろ!!」
「『弱肉強食』! 弱い奴は食われるのよ!」
イライアがそう言うと、『魔石』を光らせる。
すると、スカッテンの達の足下から煙が吹き出てきた。
「……吸い込むな! 毒だ!」
しかし、スカッテンの指示は遅かった。
煙を吸い込んだ者がその場に倒れていく。
迷い無く『魔聖具』を使用した様子と、これまでの言動から彼等がこうして『黒猫の陰影』を葬るつもりだったのだと、スカッテンは悟った。
イライアが使用した毒の『魔聖具』は、事前に仕掛けて置かなくてはいけないモノだからだ。
仕掛けたタイミングは、決まっている。
「……『デッドリー・ボア』と戦っているときか!」
「今更気がついても遅いのよ! これだけ餌があれば、追ってこないでしょう」
「じゃあな、バカの雑魚ども!」
アライアスとイライアは、そのまま走って部屋の外へと脱出した。
残ったのは、毒で倒れた『黒猫の陰影』と、サロタープ、そして、『ヴァイス・ベアライツ』だけだ。
「グゥゥル……」
『ヴァイス・ベアライツ』はゆっくりと状況を確認する。
周囲には倒れている人。
『魔聖石』は、遠ざかっている気配がある。
追いかけるか、と、『ヴァイス・ベアライツ』が判断したときだ。
急に、『魔聖石』の気配が消えた。
魔獣は、(そこまで強力な誘引力があるわけではないが)『魔石』に集まる習性がある。
そのため、『魔石』を採取すると、袋に入れて、魔獣が必要以上に集まらないようにするのだ。
そして当然ではあるが、『魔石』の特性と『聖石』の特性を併せ持つ『魔聖石』にも、魔獣は集まってくるのだ。
『ヴァイス・ベアライツ』はそうやって『魔聖石』に集まってくる魔獣たちを時折食べていた。
ちょっと楽をしたいとき。
退屈なとき。
『魔聖石』のところにまでやってくるような魔獣は、『デッドリー・ボア』のような周辺ではなかなか歯ごたえのある魔獣がやってくるので、便利だったのだ。
そういうわけで、『ヴァイス・ベアライツ』にとって、『魔聖石』とは、強いて言えば『とても大切などうでも良いもの』である。
目の前で奪われると不快ではあるし、奪い返す。
ただ、たとえば、今、上の方にある通路にいる『あの人間』が目の前で『魔聖石』を奪っても『ヴァイス・ベアライツ』は動かないだろう。
命をかけてまで、奪い返すモノではないのだ。
なので、『魔聖石』がすでに遠く離れてしまい、さらにその気配も分からなくなったのでは、追いかける気力もない。
『ヴァイス・ベアライツ』は、あきらめて周囲に転がっている手頃なおやつに……つまり、サロタープと『黒猫の陰影』達を食べることにした。
上の方にいる『あの人間』は、周囲に転がっている人間たちが『デッドリー・ボア』と戦っていても動かなかった。
ならば、自分が食べても問題はないだろう。
人間は群を形成する生き物だが、同胞が殺されかけても動かない時がある、不思議な生き物だ。
『ヴァイス・ベアライツ』はゆっくりと『黒猫の陰影』に向けて、歩いていった。
毒が撒かれているようだが、その程度の毒、『ヴァイス・ベアライツ』には何の意味もないのだ。
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