第102話【指定封印/閲覧不可】№06-04
アライアスとイライアは、サロタープが5歳の頃、実の母親であるスプーニア・バーケットが連れてきた子供達だ。
バーケット領では、7年前に流行病が広がっていた。
特に、平民たちの中でもさらに貧困層がすむ地域で、その被害は大きかったらしい。
サロタープの母親であるスプーニアは、心優しい人物で、よく貧民たちに炊き出しを行っていた。
彼等は、その炊き出しの時に、彼女に拾われたのだ。
そのことを二人は感謝しており、スプーニアの死後もサロタープに忠誠を誓っている。
そう、サロタープはアライアスとイライア本人から聞いていたし、そう、認識していた。
でも、違和感があった。
特に、この『ツウフの魔境』に入ってから。
苦言という体だろう命令の拒否や、あからさまな不機嫌な態度が多くなったのだ。
それに、先ほどの、『デッドリー・ボア』との戦い。
サロタープは『デッドリー・ボア』と戦っていたが、アライアスとイライアは一切攻撃していなかった。
それどころか、イライアは『デッドリー・ボア』の突進を避けようとしたサロタープの邪魔までしている。
(そういえば……『黒猫の陰影』を雇ってきたのは、アライアスでしたわね)
これまでの違和感をすべて思い返して、サロタープは強く目を閉じて、開ける。
「冗談、ではないのね」
乾いた口から出た言葉に、痛みが走る。
まだ涙がこぼれていないのが不思議だった。
取り囲んでいる冒険者たちの後ろで、アライアスとイライアが、その整った顔をゆがませている。
「冗談で、こんなマネをするわけがないでしょう」
「……どうして?」
絞り出したサロタープの疑問に、イライアが答える。
「どうして、ってそんなこともわからないの? これだから頭がお花畑のお嬢様は……」
「答えなさい!」
声を荒げたサロタープに、イライアは平然と答える。
「弱いから」
「……はぁ?」
「『弱肉強食』。これ、私が好きな言葉なんですけど、サロタープ様は聞いたことがありますか? 意味は、弱いモノは強いモノに食われるって意味なんですよ」
「それが、なんですの?」
「だから、おまえが弱いから食われてもいいだろう、って話」
イライアはケタケタと笑う。
「貴族のくせに、平民に謝る。貴族のくせに、平民の冒険者を雇わないと『魔境』に行けない。ちょっと強い『魔境』の魔獣には、平民に持たせた『魔聖具』を使わないと勝てない。そして……」
イライアは、さらに口角を上げた。
「賜った『神財』は、魔獣との戦いには役に立たないゴミ。平民に食事を作ることしかできない雑魚なんだから、このまま私たちに食われても問題ないでしょう?」
イライアの言葉は、ズキズキとサロタープの心に食い込んでいく。
その痛みが嘘であると信じたくて、彼女は聞いた。
「貴方達は、お母様に救われて、感謝していると言っていましたわ。あれも、嘘だった、と?」
「ああ、それは嘘じゃないですよ? あれで命を救われたのは本当なので」
アライアスが答える。
「ええ、貧民の私たちは、あのときのスープがなければ死んでいただろうし」
イライアも答える。
「でも、食事を食べさせたってことは、食い物にしていいってことでしょう?」
二人は、笑顔だった。
「本当に、弱かったよな、おまえの母親! 私たちの気持ちも知らないで、服も、家も、食事も与えて! 食い物にされていることにも気がつかないで! 笑いをこらえるのに必死だったよ!」
「雑魚のくせに、勇者の手伝いをして死んだときは笑ったよねー。雑魚は大人しく私たちの食い物になっていればいいのに。まぁ、その子供も雑魚だったから、困らなかったけど。そういえば、あの親雑魚の名前、なんだっけ?」
イライアの質問に、アライアスは首を傾げる。
「あ? なんだっけ、スー……スープニルとかじゃねーか? よく貧民にスープを配ってたし」
「そうそう、スープニル。バカみたいに貧民にスープを配っていたバカで雑魚のスープニル」
「……黙れ!」
今まで信頼していた従者達からの、これ以上はないほどの侮辱に、周りが刃に囲まれていることも忘れてサロタープは動く。
指に5つの炎を宿して、アライアス達に向ける。
「『魔聖火連弾』!」
5つの炎の弾を同時に打ち出す『魔聖火弾』の上位の『魔聖法』。
その5つの炎は、アライアス達には届かなかった。
その手前で、盾を構えたスカッテンに止められている。
「……ふぅ」
「ちょっと、ちゃんと押さえておきなさいよ」
守ってくれたスカッテンに、イライアは苛立ちを隠さないで言う。
「あの状態で動くとは思わなかったからな」
サロタープの体には、いくつもの切り傷がついていた。
刃に囲まれているにも関わらずに、動いたので当然だろう。
「そのまま腕の一つくらい切り落とせばよかったんじゃない?」
「商品価値が下がるだろ」
スカッテンの答えに、イライアはうれしそうに口角を上げた。
「あー、この雑魚、殺しはしないんだっけ?」
「ああ……見目は良いからな。貴族の子供を欲しがる好色家は多い。レベル5の魔獣と戦わされたんだ。売って追加報酬にしないと割に合わないだろ?」
「そう。まぁ、好きにしたらいいわ。ここでコイツが貴族として生きられなくなるなら、どうでもいいし」
恐ろしい会話を終えたスカッテンを、サロタープは見た。
先ほどまでの笑顔は一切無く、ただ冷たい目をサロタープに向けている。
ほかの『黒猫の陰影』の冒険者たちも、サロタープに友好的な目をしていない。
ここにいる誰もが、サロタープの敵だった。
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