第101話【指定封印/閲覧不可】№06-03

「いきますわよ!!『魔聖火弾』」


 サロタープの右手に、炎が現れる。


『魔聖火弾』は、小さな炎の弾を撃ち出す『魔聖法』だ。


 難易度も威力も高くないが、連射出来るのが特徴である。


 人差し指ほどの大きさの炎の弾が、『デッドリー・ボア』の顔に次々と当たる。


 しかし、『デッドリー・ボア』を焼くことは出来ない。


「ビギィイイ!」


 サロタープの攻撃にもひるまずに、『デッドリー・ボア』は突進をしてきた。

 その突進を、かろうじてサロタープは避ける。


「まだまだまだ!」


『黒猫の陰影』が準備を終えるまで、サロタープは攻撃を続けた。


『デッドリー・ボア』に、サロタープの攻撃は一切通じない。


 しかし、『デッドリー・ボア』の攻撃も、サロタープにはなんとか当たらない。


 互角とは決していえない戦いは、3分間は続いただろう。


 そして、戦いは終わる。


「『魔聖火弾』!」


『デッドリー・ボア』の強靱な体毛と分厚い皮膚に何の痕も残せないサロタープの『魔聖火弾』は、一発、一発、当たっては消えていく。


 もはや、ただ『デッドリー・ボア』の意識をサロタープ自身に向けるだけの攻撃は、その役目だけはしっかりと果たしていた。


 何度目になるかわからない『デッドリー・ボア』の突進が、サロタープに迫る。


「くっ……」


 これまで、極限ともいえる状況で『デッドリー・ボア』の攻撃を避けていたサロタープは、なんとなく『デッドリー・ボア』の行動が読めるようになってきた。


 そのためいち早く『デッドリー・ボア』の突進を読んだサロタープは、その場から離れようとした。


「……え?」


「あ、申し訳ございません」


 すると、死角にいたイライアとぶつかってしまう。


「あ、っと、お?」


 バランスを崩したサロタープは、そのまま尻餅をついてしまった。


(しまっ……)


 サロタープは、ぶつかってしまったイライアの様子を確認すると、彼女はバランスを崩さずにその場を離れていた。


(よかった)


 サロタープがほっとしていると、地面が揺れる。


「……あ」


 もう、目前にまで『デッドリー・ボア』が迫っていた。


(そうでしたわ。私、『デッドリー・ボア』の突進を避けようとしていたのでしたわ……)


 そんな、悠長で、どこか他人事のような思考がサロタープを包んでいく。


(うう……やっぱり、臭そうですわぁ)


『デッドリー・ボア』は突進と同時にサロタープを食べようとしているのだろう。


 大きく開いた口が、サロタープにははっきりと見えた。


 幸い、といっていいのか、その口臭までは認識できなかったが。


 その口が閉じられる瞬間。


 大きな爆発音が、響いた。


「ビギィイイイ!?」


『デッドリー・ボア』のわき腹に、大きな金属の棒が刺さっている。


「待たせたな、お嬢様! おら、お前達も撃て!!」


 スタッテンが部下に命令すると、彼等は、持っている黒い筒を『デッドリー・ボア』に向けて引き金を引いた。


 彼等が使用しているのは、サロタープが切り札にと用意した『魔聖具』『パンザーグラネット』だ。


 近年、とある天才によって開発された『魔聖具』であり、レベル3の『魔獣』までなら、一撃で倒すことが可能な武器であるが、通常は利用されることはほとんどない。


 その理由は、使用している弾にある。


 爆発音とともに、9本の金属の棒が『デッドリー・ボア』に突き刺さる。

 

 しかし、その程度では『デッドリー・ボア』は死ぬことはない。


 受けた痛みを怒りに変えて、スカッテン達に向き直る。


 そして、筋肉を膨張させて、突進しようとしたときだ。


 鈍い音が『デッドリー・ボア』の体内から聞こえてきた。


「ビギィ……!?」


 続けて、9回、鈍い音が聞こえる度に、『デッドリー・ボア』の体が細かく跳ねる。


 そして、口から血を吐いて、『デッドリー・ボア』は倒れてしまった。


「ビィ……ビィ……」


 まだ息はあるが、起きあがることはできないようである。


「……『パンザーグラネット』。『爆発の魔石』を使用して、金属の棒をとばし、相手の体内に貫通させたあと、さらに内部でも爆発を起こす『魔聖具』。あまりに高価な弾を消費するので、念のためにと持参しておりましたが、まさか貴方のような強大な魔獣を相手にここまでの傷を与えるとは思いませんでしたわ」


 サロタープは、腰につけていた手のひらのサイズほどの大きさの筒を取り出す。


 護身用にと持っていた、小型の『パンザーグラネット』だ。


 威力は、『黒猫の陰影』たちに渡した『パンザーグラネット』よりも低いが、取り回しが良い。


 サロタープは『デッドリー・ボア』の顔のところまで歩いていくと、開いている口に向けて、小型の『パンザーグラネット』を構える。


「そのままでは、お辛いでしょう」


『デッドリー・ボア』の吐息がサロタープの顔にかかるが、彼女は一切嫌悪の表情を浮かべなかった。


 ただ、少しだけ悲しい顔をして、『デッドリー・ボア』の口の中に『パンザーグラネット』を打ち込む。


「ビ……ギイィ……」


 頭部から鈍い音を立てたあと、『デッドリー・ボア』は完全に動かなくなる。


『黒猫の陰影』に渡した『パンザーグラネット』よりも威力は低いが、倒れている『デッドリー・ボア』にとどめを刺すのに十分だったようだ。


 動かなくなった『デッドリー・ボア』の死体を、サロタープはしばらく見つめるのだった。


「さて……皆様、ご苦労様でございましたわ」


 完全に『デッドリー・ボア』が動かなくなったことを確認したサロタープは、『黒猫の陰影』に礼をいう。


「これもサロタープお嬢様が我々にこの『魔聖具』をお貸しいただいたおかげです。南で新しい『魔聖具』が開発されていると聞きましたが、これほどの威力とは思いませんでした」


 スカッテンが、笑顔で『パンザーグラネット』と、それを『黒猫の陰影』に貸し与えたサロタープを賞賛する。


「これが、気軽に使えるといいのですが……」


「それは難しいでしょうね。弾に『爆発の魔石』と『火の魔石』『風の魔石』……ほかにも色々使っているようなので」


「たしか、一発10万シフでしたか」


「ええ」


「それは、厳しいですな」


 レベル5の魔獣にさえ通用する『魔聖具』など、『神財』を加工した一点モノの『魔聖具』以外存在しないだろう。


『パンザーグラネット』は素材に『神財』を使用していないため、量産は可能だが弾が高すぎる。


「レベル5の魔獣の魔石の相場は……100万シフ程度でしたかしら」


「『デッドリー・ボア』の魔石は150万シフ。今は開拓の期間なので、200万シフ以上で売れるかもしれませんが……」


「採算がとれるか、微妙なところですわね」


 10発打って、やっと『デッドリー・ボア』を倒せたのだ。


 経費を考えると、普段から使おうとは思えないだろう。


「それでも、お守りとしては十分でしょうけど……」


「お嬢様。そのようなお話よりも、『魔聖石』を取らなくてもいいのですか?」


 背後にいたアライアスにいわれて、サロタープは意識を変える。


「そうでしたわね。もう、『魔聖石』を守っている魔獣はいないでしょうし、さっさと取ってしまいましょう」


 サロタープは、広場の奥の中央に置かれた『魔聖石』をみる。


 複雑な色合いで輝き、見るものを惹きつける。


『魔境』は、欲望が形になったモノだという話がある。


 その『魔境』の要である『魔聖石』が人を惹きつけるのは、当然といえば当然だろう。


 その『魔聖石』に向けて、一歩足を踏み出してから、サロタープはふと何か引っかかりを覚えた。


(……何か、忘れてはいないかしら)


 何か、指摘しなくてはいけないこと、何か、確認しなくてはいけないことがあったはずだ。


『デッドリー・ボア』という強大な魔獣との戦いを終えた高揚感で、忘れていたこと。


 それを思い出して、サロタープは振り返る。


「アライアス、イライア、貴方達……」


 振り返って、サロタープは動きを止めた。


 先ほどまで笑顔だったスカッテンが、サロタープに刃を向けていたからだ。


「どういうつもりかしら?」


 サロタープの疑問に答える代わりなのか、サロタープの周りをほかの『黒猫の陰影』の冒険者たちが取り囲む。


 全員、剣や槍を、サロタープに向けている。


「わかりませんか? この状況でも」


 サロタープの疑問に答えたのは、スカッテンではなかった。


 彼等の後ろで、ニヤニヤと笑っている二人の男女。


 アライアスと、イライアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る