第100話 【指定封印/閲覧不可】№06-02
◇調査対象:サロタープ
『ツウフの魔境』に潜り込んでから、4日目。
サロタープ・バーケットたちは、ついに『最奥』へ続く扉の前に来ていた。
2日目の夜に今後の方針を決めた際に、雇っている冒険者達、『黒猫の陰影』の意見を採用して、同じ道の探索を続けてよかったと、サロタープは誰にも見られように、こっそりと胸をなで下ろす。
「お嬢様。冒険者達の準備が整ったようです」
アライアスが、サロタープを呼ぶ。
その顔にははっきりと喜色が浮かんでいた。
「平民でしたが、なかなか役に立つ者達でしたからね。お嬢様のお言葉で労ってあげてください」
(……アライアスも、喜んでいるようですわね。まぁ、ずっと『最奥』にたどり着けるのか気にしていましたから……)
2日目の夜に方針を決めてから、アライアスはずっと不機嫌だった。
さすがに、目に見えるような形でその不機嫌さを表さなかったが、感じるモノはある。
常に隣にいる者の不機嫌な感情にされされて、サロタープも正直なところかなりつらかった。
ただでさえ、奥地の探索を始めてから、サロタープでも戦ったことがない魔獣が増えたのだ。
レベル2の『シュモンシュクレガー』を、見事な連携で倒した彼らに、サロタープが声をかけることに何の異論もない。
ただ、何かが引っかかっている。
「どうしました? お嬢様」
「……いえ、行きましょう」
浮かんできた違和感を、些細なことだと判断してサロタープは『黒猫の陰影』たちが待っている『最奥』の扉の前に向かう。
『黒猫の陰影』の団長であるスカッテンを先頭にして座っている彼等にサロタープは言う。
「ついに、『最奥』の扉にたどり着きました。私、サロタープ・バーケットは、『黒猫の陰影』の皆様のこれまでの武勇を、忘れることはないでしょう。そして、これからの武勇も、私は覚えているはずです。本来は、平民を守り、導くのは貴族である私の役目です。しかし、先達であり、貴族にも劣らない武を持つあなた達に、私の身を任せます。『最奥』にどのような主がいるのかわかりませんが、あなた達となら、きっと主を打ち倒し、『魔聖石』を得ることができる。私は、そう信じています」
サロタープの言葉に、スカッテンが答える。
「……我々の命にかえても、サロタープ様をお守りします」
「お任せいたしますわ」
サロタープはそういうと、一歩下がる。
それを合図に、スカッテン達が立ち上がった。
「……我々が先行します。サロタープ様達は、最後尾からついてきてください」
サロタープの後ろに、アライアスとイライアが立ち、スカッテン達が『最奥』の扉の前に立つ。
「……いくぞ!」
スカッテンの合図と共に、『最奥』の扉が開き、『黒猫の陰影』が突入していく。
「お嬢様。我々も行きますよ」
「ええ」
『黒猫の陰影』が全員『最奥』に入ったことを確認してから、サロタープ達も『最奥』に入る。
『最奥』に入った瞬間。
空気が重くなった。
前へ進むことを拒むような、ひりついた空気。
奥に、何がいるのだろうか。
「お嬢様」
思わず足を止めそうになったサロタープを支えるように、イライアがサロタープの肩に手をおく。
「進みますよ」
「え、ええ……そうですわね。ありがとう、イライア」
「お礼は不要です」
そのまま進むと、扇形に広がる大きな部屋に出た。
祭壇のようなモノが、奥の方にあり、そこには虹色に輝く石がある。
「……『魔聖石』! なんて立派なんでしょう」
サロタープが一二神式の時に使用した『魔聖石』の倍の大きさはある。
その大きさと輝きに思わず目を奪われていると、先行していたスカッテンが叫ぶ。
「……下がれ!」
「……っ!」
スカッテンの言葉の意味を聞き出す前に、サロタープはすぐに後ろに飛んだ。
すると、サロタープが立っていた場所に、巨大な固まりが落ちてきた。
(……毛皮!? 魔獣!? いったい、何が……)
巨大な固まりの全容がわからず、その正体を考察しようとサロタープが思考するが、その思考は、続かなかった。
「ビィギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
巨大な固まりが出したと思われる咆哮に、サロタープは数メートルほど吹き飛ばされる。
「あ……う……は……」
グラグラとする視界と、回復しない聴力に困惑しながらも、サロタープはゆっくりと倒れていたその身を起こした。
そして、数メートルほど離れたことで、よくやくう落ちてきた固まりの正体を知る。
「あれは……『デッドリー・ボア』? なんで、レベル5の魔獣がこんな『魔境』に?」
『ツウフの魔境』は、平民達に向けて解放された『魔境』だ。
奥地にいる魔獣も、強くてレベル2の魔獣のため、平民達が『魔聖石』を目指して開拓するのにちょうどよい難易度の『魔境』だと思われたのだろう。
しかし、そういった『魔境』の主は、普通レベル3の魔獣だ。
強くても、レベル4。
レベル5の『デッドリー・ボア』などは、貴族が探索し、開拓する『魔境』にいる魔獣なのである。
当然、まだ『神財』を賜って間もないサロタープはもちろん、腕の良い冒険者とはいっても、『神財』を持っていない『黒猫の陰影』たちでも、戦っていい相手ではないのだ。
「……フゥ!」
目の前にいる『デッドリー・ボア』が鼻息を出す。
それだけで、サロタープは倒れそうになった。
(逃げないと……逃げないと……)
思考を逃走が埋めていくのだが、体が動かない。
「フゥ!」
『デッドリー・ボア』の生臭い息が顔にかかった。
その臭いに、サロタープは思わず叫んだ。
「臭い! ですわ!」
「ビギィ!?」
突然叫んだサロタープに驚いたのか、『デッドリー・ボア』も、鳴き声を出した。
「臭い臭い臭い! もう、何ですの! お臭いですわ! 魔獣に歯磨きは出来ないでしょうけど、そんな息を顔に吹きかけるのはやめてほしいですわぁーーーー!」
一頻り叫んだあと、サロタープは落ち着きを取り戻した。
「……さて」
目の前にいる『デッドリー・ボア』を、改めてサロタープはしっかりと見る。
レベル5の『魔獣』。
その巨体は見た目の通りに強靭であり、生半可な攻撃は通じない。
普通に剣で攻撃しても、傷つけるどころか、その体毛で弾かれるだけだ。
「スカッテン様! スカッテン様はご無事ですか!?」
サロタープに呼ばれて、スカッテンはあわてて返事をする。
「は、はい!」
「なら、体勢を立て直してくださいませ! そして、お渡ししていた『魔聖具』を使ってくださいな!」
サロタープからの指示に、スカッテンは少し考えて答える。
「相手は『デッドリー・ボア』です! あの『魔聖具』でも倒せるかわかりませんよ!」
「それでも、使わないと逃げることも出来ないですわ! アライアス! イライア!」
「……はい」
サロタープに呼ばれて、アライアスとイライアが返事をする。
「『黒猫の陰影』の皆様が体勢を立て直すまで、私たちで時間を稼ぎますわ。よろしくて?」
「……平民たちのために、私たちに戦え、と?」
アライアスの返事に、サロタープは感じた苛立ちを隠さずにいう。
「私の指示に従えないと?」
「…………申し訳ございません」
アライアスの謝罪を聞いて、サロタープは苛立ちを消すように、息を吐いた。
苛立ちを抱えたままでは、すぐに殺されてしまう。
人の言葉はわからないだろうが、サロタープがスカッテンとアライアス達に指示を出している間、『デッドリー・ボア』はただ黙って立っていた。
油断から、ではない。
サロタープが、しっかりと『デッドリー・ボア』の目を見つめていたからだ。
気迫を込めて、戦う者として、相対したからだ。
下手な動きは出来ないと、レベル5の『デッドリー・ボア』に判断させるほどにサロタープは貴族としての威厳を持っていた。
「ビギィイイイイイイ!!」
『デッドリー・ボア』が咆哮をあげる。
しかし、サロタープは今度は倒れなかった。
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