第99話 『ツウフの魔境』の奥地 8
「……さて。これから『最奥』へ向かうわけですが……」
ジスプレッサは、ぼーっとしている。
ビジイクレイトは、ジスプレッサの頬を摘んだ。
「いひゃい!? ひゃにをしゅるんだ、ひょうねん!?」
「気を抜きすぎです。これから『最奥』に向かうと言いましたよね? 『最奥』に何がいると思っているんですか?」
「『魔境』の主……一番強い魔獣がいるんだろ? それくらい知っている」
ジスプレッサは、近くの壁によりかかると、そのまま座ってしまう。
「まだ疲れがとれませんか? 『魔聖力』が枯渇しているとか……」
「いや、私の『魔聖力』は大丈夫だ」
『……『魔聖力』ってなんだっけ?』
話の腰を折るように、マメが質問してきた。
『『神財』や、『魔聖法』を使うのに必要になる、人体に宿る力だよ。もちろん、『火の希望』のような『魔聖具』を使うのにも必要だ』
『あー、MPとかSPとか、魔力だとか、そんな感じか』
『そんな感じだけど、だけども! ちょっとややこしいからその例えはやめてくれ』
とにかく、この世界では特別な力を使うときに消費するのは『魔聖力』なのである。
『そういえば、前から気になっていたのだがね』
『なんだ?』
『チョロプレッサの『魔聖具』は、そこらの貴族の『神財』よりも強いのだろう? それは、彼女の『魔聖力』が強いからなのかい?』
マメの質問に、ビジイクレイトは少し困る。
部分的に、あっているからだ。
『ジスプレッサの『魔聖力』が高いってのは間違いじゃない。さすがに、『聖女』のアープリア様には勝てないけど、俺よりは高いだろうな』
『ふむ。ほかに、理由があると?』
『まずは、『火の希望』の反動だな』
『ああ、あの体温が高くなる……それって、そんなに強い反動なのかい?』
体温が高くなるだけで、神より賜る『神財』よりも強い道具を使えるのだろうか。
『あれ、実際に訓練して俺も気づいたんだけど、体温が高くなるってのはちょっと違うんだな』
『というと?』
『正確には、ジスプレッサの体を含め、周囲の温度を高くするって感じだ。だから、温度を下げる『氷の魔石』が一回の『火の希望』で使えなくなる』
本来、ジスプレッサが使用している『氷華の衣』は、炎天下の真夏でも、丸一日快適に過ごせるほどに着ている者の温度を下げることが出来るのだ。
それを、一回の攻撃で『魔石』に込められている『魔聖力』を空にするほどに、『火の希望』の反動は強いのである。
『それに、あの『火の希望』、使っている『神財』が一つじゃない』
『どういうことだい?『火の希望』は、彼女の祖父の『神財』を材料に作られた『魔聖具』という話だったと記憶しているのだがね』
おそらく、これはジスプレッサも知らない話なのだろう。
『……たぶん、『閃光部隊』に、ジスプレッサのおじいさんの家族がほとんど参加したんだろうな。跡取りになるジスプレッサの叔父さんとか、叔母さんにあたる人たちも』
それで、ジスプレッサのお父さん以外が、全滅した。
『その死んだ人達の『神財』……おそらく、3つか4つの『神財』が『火の希望』の材料に使われている。それだけ『神財』を使った『魔聖具』なら、そこら辺の貴族の『神財』よりも強い攻撃が出来るだろうな』
『なるほどなぁ……ところで、結構長い間話したのに、チョロプレッサが座ったままのようだね』
『それな』
マメから視線を移して、ビジイクレイトは座り込んでいるジスプレッサをみる。
ジスプレッサは、自分の膝に顔を埋めていた。
「……『最奥』と聞いて、喜ぶと思っていたのですが」
膝に顔を埋めたまま、ジスプレッサが言う。
「……少年。このまま帰らないか?」
「理由を聞いても?」
「『魔聖石』なら、もう手に入れたじゃないか」
ジスプレッサの声が、震えていた。
「その『魔聖石』は質が低いですよ?」
「質が低くても、『魔聖石』は手に入れた。目的は達成したじゃないか!」
すがるように声を張り上げるジスプレッサに、ビジイクレイトは少し悩んでから、言う。
「ジスプレッサ様の目的は、『魔聖石』を『神財』に変えて、貴族になることで間違いないですか?」
「ああ……」
「なら、その『魔聖石』ではなれない可能性があります」
「え?」
ジスプレッサは顔を上げる。
「『神財』を賜る十二神式は、『魔聖石』を『魔聖杯』にくべるだけの簡単な儀式ですが、当然、あまりに質の悪い『魔聖石』では、儀式が成立しない場合があります」
「そんな話、聞いたことが……」
「あまり有名な話ではないですし、十二神式が失敗した話なんて、広めるモノではないですから」
ちなみに、この知識も図書館で読んだ本からだ。
「まぁ、その失敗した時は、元々一つの『魔聖石』を、二つに割って儀式で使用としたのですがね。ただ、それ以降、儀式に使う『魔聖石』には、ある程度の質と大きさが考慮されるようになりました」
「では、この『魔聖石』では、貴族になれない?」
ジスプレッサの質問に、ビジイクレイトは正直に答える。
「ギリギリ。というところです。上位の貴族なら儀式では使わない。下位の貴族の跡取り以外が儀式を受ける時に使う『魔聖石』が、それくらいの質の『魔聖石』を使うでしょうから、一応儀式は受けることが出来るのではないでしょうか」
「では……」
「でも、ジスプレッサ様は、それでいいのですか?」
「え?」
ビジイクレイトは、じっとジスプレッサの目を見る。
「ジスプレッサ様は、立派な貴族になりたいのではないですか? アイギンマンの三男のような、弱くて愚かな貴族ではなく」
『主よ、自分で言っていて情けなくないかい?』
『やめろよ、自覚はあるから』
ビジイクレイトも、自分が貴族失格な自覚はある。
貴族にしては、ビジイクレイトは弱すぎる。
「十二神式に使用する『魔聖石』には質が考慮されます。それは、儀式に失敗する可能性があるから、というだけではないのです。とりあえず『魔聖石』を用意すればいいだろう、なんて、卑怯で弱い気持ちを持つ貴族を排除するためでもあるのです」
ぎゅっと、ビジイクレイトはジスプレッサの手を握る。
「今、ジスプレッサ様がおびえているのはわかっています。『最奥』には、おそらく『デッドリー・ボア』よりも強力な魔獣がいるはずです。それを恐れる気持ちは、まっとうな感情だと僕は思います」
自分の抱えていた恐怖を正面から指摘され、ジスプレッサの目に涙が浮かぶ。
「しかし、そんな恐怖に負けてどうするのですか? ジスプレッサ様が目指した貴族とは、戦ってもいない魔獣に怯えて逃げるような貴族なのですか?」
「でも……」
「『デッドリー・ボア』だって、ジスプレッサ様の『火の希望』で燃やしたじゃないですか。大丈夫です。『最奥』にいる魔獣だって、ジスプレッサ様の炎で倒せますよ」
「あれは、少年が……」
ジスプレッサの言葉を、ビジイクレイトは彼女の口に手を当てて止める。
「ジスプレッサ様の炎は、まさしく希望なんです。アナタの炎があるから、僕は戦えるんです。『デッドワズ』にも負ける、弱い僕が。そうやって、力が無い者に勇気を、戦う意思を与えるのが、貴族の役目だと僕は思います」
「貴族の役目……」
「はい」
ビジイクレイトは、じっとジスプレッサの目を見る。
彼女の目に、ゆっくりと力が戻っていた。
「……どうですか? 行けそうですか?」
ジスプレッサは、少し間をおいて立ち上がる。
「……ああ。もう大丈夫だ。心配かけた」
「では、いきましょうか」
歩き出したビジイクレイトの手を、ジスプレッサが握る。
「……ジスプレッサ様?」
「行くが、危なくなったら迷わずに逃げるんだぞ?」
「ええ。かしこまりました。ジスプレッサ様は必ず逃がしますから……」
「私じゃなくて、ビィー少年。君の話だ」
そのジスプレッサの言葉に、ビジイクレイトは勘違いしていたことにようやく気がついた。
ジスプレッサが恐怖していたのは、彼女自身のことだけを考えてのことではない。
ビジイクレイトが危険な目にあうことも恐れていたのだ。
「わかりました。それでは、勝てそうにないってわかったら二人で仲良く逃げましょう」
「ああ!」
今日一番の笑顔で、ジスプレッサが答える。
そして、そのまま二人で仲良く『最奥』に続く扉に手をかけた。
少し『魔聖力』を流し込むと、ゆっくりと扉が開いていく。
「そういえば、今更ですが、すでに別の冒険者が『最奥』の主と戦っていたら、どうします?」
『最奥』に続く扉が、複数ある場合はけっこうあるのだ。
その扉から、別の冒険者が『最奥』にたどり着いている可能性はある。
「そんなわけないだろ。主を倒して『最奥』の『魔聖石』を入手したら、『魔境』が崩れていくのだろう?そのような兆候はない。いくらなんでも、そう都合よくほかの冒険者が『最奥』に挑んでいるなんて……」
『最奥』の扉が開くと、通路が続いていた。
その奥の方から戦いの音が聞こえてくる。
明らかに、人と魔獣が争っている音。
その音を聞いて、ビジイクレイトとジスプレッサは目を合わせた。
急いで通路を通り、音が聞こえる方に向かう。
すると、通路の先は吹き抜けのような大きな空間につながっていた。
通路は途中で途切れている。
そこから二人は戦いの音が聞こえる下の方を確認した。
吹き抜けの底の部分。
まるでコンサート会場のような広場で、上位貴族の娘、サロタープ達が、『デッドリー・ボア』と戦っていた。
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