第98話 『ツウフの魔境』の奥地 7

「……なんだ、不満か?」


「いや、逆です。これだと、こっちが貰いすぎています」


 ウェボアが持っている『魔聖石』は、正直なところ質はそこまでよくない。

 ビジイクレイトが5歳の時に、神殿で作らされた『魔聖石』よりも悪いだろう。


 しかし、それでも500万シフくらいの価値はある。

 回復薬に、救援代を考えても、多すぎるだろう。


「といっても、これ以外では、この場では支払えない。受付に戻ってから支払ってもいいが、手持ちは多くないぞ?というか、金を作るのにしばらく待ってもらうことになる」


「……そうですか? まぁ、そういうわけなら、ちょっと待っていてください」


 そういって、ビジイクレイトは焼け焦げている『デッドリー・ボア』の死体まで歩いていく。


「何をするつもりだ」


 その質問に答えるように、ビジイクレイトは『デッドリー・ボア』の死体に剣を振るった。


「……うん。当たり前だけど、死体の方が切りやすいよな」


『デッドリー・ボア』の大きな頭が、ゆっくりと落ちる。


 そのまま、数度切りつけて『デッドリー・ボア』を大ざっぱに解体したビジイクレイトは、人の頭ほどの大きさの石を見つけて戻ってくる。


「さすがに、あの巨体だと大きいですね」


「それは、まさか……」


「『デッドリー・ボア』の『魔石』です。100か200万シフくらいの価値はあると思います。この『魔石』とその『魔聖石』を交換しましょう」


 ビジイクレイトの提案に、ウェボアはしばらく固まる。


「それは、ありがたいが……いいのか?」


「その『魔聖石』を500万シフとすると、これでちょうどいいくらいだと思いますが?」


「……わかった」


 ビジイクレイトとウェボアは、お互いが持っている『魔石』と『魔聖石』を交換する。


「これで、今回の件の救援代の支払いは終わったってことでいいな」


「はい。貴重なもの、ありがとうございます」


 ビジイクレイトは、そのまま『魔聖石』をジスプレッサに渡す。


「こ、これが『魔聖石』。こ、こここ……これがぁ……」


『魔聖石』を受け取ると、ジスプレッサはフルフルと震えて、座り込んでしまった。


「……大丈夫か? この嬢ちゃん」


「長年の夢だったので、しょうがないでしょう」


「夢……ね」


 ウェボアは、まぶしいモノを見るように、座り込んでいるジスプレッサを見つめる。


「……それで、これからどうしますか?」


「ん……? ああ、そうだな」


 ウェボアは、ぐるりと周囲を見渡す。


 そして、一度部屋の奥の方を見てから、自分の仲間の様子を確認する。


「……俺たちは疲労も消耗も激しいからな。戻ることにする。お前達は、進むのか?」


「……ええ。お先に失礼してもよろしいでしょうか?」


 ビジイクレイトの返事に、ウェボアは笑う。


「出来れば、一晩くらい待ってくれると助かるんだがな……」


「申し訳ないですが、日帰りの予定です」


「なら、しょうがないな。急いで帰って、貰えるだけもらう、か」


 ウェボアは、仲間達を集めると、手早く帰り支度を終える。


「じゃあな。坊主達なら心配ないだろうが……気をつけろよ?」


「ありがとうございます。最後に一つ、いいですか?」


「なんだ?」


「『白猪の長牙』の団長さんなら、救援代は『魔聖石』ではなくても支払えたと思いますが……なぜですか?」


 ウェボアは、きょとんとして固まると、少しして笑う。


「俺には、重すぎると思ったからだ。嬢ちゃん……いや、ジスプレッサ」


 まだ『魔聖石』を抱えて座り込んでいるジスプレッサに、ウェボアは話しかける。


「ひゃ!? な、なんだ?」


「……貴族になるのか?」


 ウェボアの目は、真剣だった。


「ああ。私は、貴族になる」


「そうか……そうだな」


 いくつかの言葉を飲み込んで、ウェボアは仲間達を連れて帰って行った。


「……なんだったんだ?」


「さぁ? それより、いつまでそんなものを大切そうに持っているんですか?」


 ビジイクレイトは、ジスプレッサが大事に抱えている『魔聖石』を指さす。


「そんなものとはなんだ! 『魔聖石』だぞ? これは……」


「これから、もっと質が良いモノを手に入れるんです。それは背嚢にでも入れておいてください」


「なんだと……?どういう意味だ?」


 ジスプレッサの質問に答えるように、ビジイクレイトは、部屋の奥を指さす。


 そこには、見ただけで厳重そうだとわかる扉があった。


「『最奥』へ続く扉です。あそこにある『魔聖石』は、そんなものよりも大きくて綺麗ですよ?」


 ジスプレッサは、ビジイクレイトの言葉に、息をのんだ。

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