第94話 『ツウフの魔境』の奥地 3

「させるか!」


『デッドリー・ボア』が突進する前に、肉薄していたビジイクレイトは、そのまま剣で切りつける。


「よし! 刃が通らないってことはなさそうだ!」


 飛び散る『デッドリー・ボア』の血液を見て、ビジイクレイトは安堵する。


 強靱かつ分厚い毛皮を切り裂いて、攻撃することはできるようだ。


「マジで掘り出し物だったな、この剣」


 名も知れない露天で買った剣だったが、レベル5の魔獣に傷を付けることができるとは、かなりの業物である。


「……ビギィイイイイイイイイイ!」


 ビジイクレイトに足を切られて、『デッドリー・ボア』は雄叫びを上げる。


 その目は、はっきりと怒りに満ちていた。


 ビキビキと筋肉が収縮する音が聞こえ、これから恐ろしい攻撃をされることをビジイクレイトに感じさせる。


『……これで、完全に俺に意識が向いたな』


『よし。ではさっさと斬り殺したまえ。これは中ボス戦だろう?』


『いや、無理だろ』


 爆発のような音と共に、『デッドリー・ボア』の巨体が飛ぶように動いた。


『デッドリー・ボア』の突進を、ビジイクレイトは全身のバネを発揮して何とか避ける。


 いわゆるハリウッドダイブというやつだ。


『攻撃は通るのだろう?だったら、倒せるだろううに』


『今の俺の必死の回避行動みたよな!? 向こうが攻撃してくる度にあんな避け方していたら、先に体力がなくなるんだよ!』


 ロケットのような突進をしてきたにも関わらず、『デッドリー・ボア』は壁にもぶつからずに、体勢を変えた。


 あと数秒もすれば、完全に姿勢を整え、また突進してくるだろう。


 その前に、ビジイクレイトも起きあがる必要がある。


 飛ぶように起きあがって、『デッドリー・ボア』に向き直る。


『では、避けずにそのまま切ればいいじゃないか。一刀両断という奴だ』


『こんな小さな剣で、あんなデカい奴を切れるわけがないだろ! いや、ヴァサマルーテ様なら出来るかもしれないけど!』


 また突進してきた『デッドリー・ボア』の攻撃をハリウッドダイブで避ける。


『では、どうするのだい? 『デッドワズ』のようにジスプレッサに焼き殺してもらうのかい?』


『それが微妙なんだよな』


 ビジイクレイトは唇をとがらせる。


『微妙、とは?』


『ジスプレッサの『火の希望』を当てるだけだと、『デッドリー・ボア』を完全に殺せるか、がな』


 ジスプレッサの『火の希望』が放つ炎の範囲より、『デッドリー・ボア』の体の方が少しだけ大きい。

 これだけの巨体だと、『デッドリー・ボア』が死ぬまで燃やし続けるのは難しいだろう。


『デッドリー・ボア』が身動きできない状態ならば、ジスプレッサの『火の希望』でも殺せるかもしれない。


 しかし、『デッドリー・ボア』が動ける状態だと、普通に逃げられるだろう。


 突進を連続で避けられた『デッドリー・ボア』は、次は口を大きく開いた。


 そのまま、地面ごとえぐるように、ビジイクレイトに噛みついてくる。


 というか、食べようとしてきた。


 イノシシは雑食性だ。


 そのイノシシを大きくしたような『デッドリー・ボア』は、当然人間も食べるのだろう。


 噛みつき攻撃も避けたビジイクレイトは、ふうと息を吐く。


『では、弱らせればいいじゃないか。主が『デッドワズ』とかを切っていたのは、それが理由の一つだろ?』


『だから、その弱らせるまで切るっていうのが難しいって話だよ』


 そんな会話をしている間に、防火扉が開く音が聞こえる。


 ジスプレッサは100を数えて、入ってきたのだ。


「……『デッドリー・ボア』!?」


 防火扉の先に、レベル5、『神財』を持った騎士が5人も必要になる強力な魔獣がいたことに、ジスプレッサは驚愕し、固まっている。


 そんな新しい侵入者に、『デッドリー・ボア』は攻撃をしようと息を吸った。


 ビジイクレイトが入ってきたときと同じように、咆哮を上げるのだろう。


「だから、させるか!」


 意識がジスプレッサに向いていた『デッドリー・ボア』は、ビジイクレイトでも切れるほどに隙があった。


 足を切られて、『デッドリー・ボア』は、咆哮を苦悶の声に変えた。


「ジスプレッサ様は、彼らを移動させてください!」


『デッドリー・ボア』を見て、まだ固まっていたジスプレッサに、ビジイクレイトは指示を出す。


 ビジイクレイトの声を聞いて、我を取り戻したジスプレッサは、すぐに周囲を見渡して、倒れている冒険者たちの元へ向かう。


『やれやれ、訓練をしたというのに、動けないとは』


『レベル5の魔獣に出会ったんだ。動けなくなって当たり前だろ?』


 レベル5の魔獣など、外にはめったに存在しない。

 人里離れた森の奥地で、主として君臨しているような存在だ。


『魔境』でも、奥地が解放されていなければ、出会うことなどないだろう。


『外にレベル5の魔獣がいたら、普通に騎士団が出てくる案件だからな。小さな村だと、壊滅することもあるし』


『ふーん、そうかい。それで、そんな強敵を相手に、主はどうするつもりだい?』


 マメの質問に、ビジクレイトは少し悩む。


『正直、逃げたい』


『逃げられそうかい?』


 それは無理だと、ビジイクレイトは首を降る。


『俺とジスプレッサだけなら、逃げることも出来ただろうけどな……』


『どうやら、彼らもまだ生きているようだね』


 ジスプレッサが冒険者たちの体を起こして、回復薬を飲ませている。

 その様子から、まだ冒険者たちは生きているのだろう。


『ならば、どうするのかね?』


 ビジイクレイトは、『デッドリー・ボア』の突進を避けた後に、しぶしぶと答える。


『……使うしかないよな。PV』


 ビジイクレイトは、そっと胸に手を当てた。

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