第93話 『ツウフの魔境』の奥地 2
「……誰かが戦っている?」
あちらの世界でいう防火扉のような鉄の扉でふさがっている通路の先で、争っている音が聞こえている。
「音の感じから……魔獣と冒険者が戦っているようですね」
獣のうなり声が聞こえることから、ビジイクレイトはそう判断した。
『少しほっとしているようだけど、どうしたんだい?』
『人同士の争いじゃなくてよかったな、って』
『人同士って、こんな『魔境』の奥地で人が争うのかい?』
『こんな『魔境』の奥地だから、だろ。まぁ、冒険者と魔獣が戦っているなら、それはそれで気をつけないとな』
「わかっていると思いますが、ジスプレッサ様。魔獣の横取りは、御法度ですよ?」
そわそわと落ち着かない様子のジスプレッサに、ビジイクレイトは言う。
「わかっているが……しかし、かなり音が激しいぞ? この先の冒険者たちは無事なのだろうか……」
「見知らぬ冒険者たちの心配ですか」
ジスプレッサは、出会った時もビジイクレイトを助けるために『火の希望』を使ったのだ。
あのとき、ジスプレッサには『氷の魔石』の在庫がなく、体に熱が籠もって倒れてしまっていた。
そのことを考えると、ジスプレッサは誰かを助けることができる人物なのだろう。
『お人好しではないのかね?』
『お人好しと誰かを助けることができる人は、違うだろ』
『誰かを助けることができる人……つまり、『勇者』かい』
『……そうだな』
ビジイクレイトは、今にも飛び出しそうなジスプレッサの腕をつかむ。
「戦っているということは、まだ生きているということです。ここは、落ち着いてください」
「そ、そうだな。うむ……うむ……」
ジスプレッサは挙動不審気味に何度も頷いている。
『耳まで赤いぞ、彼女』
『これくらいの接触で照れて、本当に貴族になれるのか?』
貴族になれば、エスコートを受けることも多いのだ。
ジスプレッサの挙動に、少々不安になる。
『まぁ、これでおとなしくしてくれるなら……あ……』
『あって、どうしたんだい、主』
防火扉の先の音を聞いていたビジイクレイトは、少し険しい顔をする。
『いや、たぶん冒険者たちが負けている』
『なんでわかったんだい?』
『人間が武器を使ってそうな音が少なくなって、獣の足跡は聞こえるからな』
ビジイクレイトがわかったように、ジスプレッサも扉の向こうの様子に気がついたようだ。
うわついたような表情が消え、変わりに闘志が満ちた顔になっている。
「……少年」
「わかりました。訓練の内容、2番の5。覚えていますか」
ビジイクレイトの質問に、ジスプレッサは少し考えて答える。
「……少年が先行し、私は100を数えた後に付いていく。そして、少年が見える位置、かつなるべく安全な場所で待機。指示があるまで攻撃には参加せずに採取」
「この場合の採取とは?」
「負傷した冒険者たちの回収」
「必要なら、手当もしてあげてください。回復薬は渡しましたよね?」
ジスプレッサは自分の背嚢の中身を確認して、頷く。
「よし。では行きますよ」
音の位置から、防火扉の近くに魔獣がいないことはわかっている。
ビジイクレイトは防火扉を開けて中に入った。
(……デカいな)
『あれは、『デッドリー・ボア』だったかな?レベルは……』
『5、だったかな。たしか』
大型トラックほどの大きさのイノシシが、ビジイクレイトが飛び込んだ部屋にいた。
『デッドリー・ボア』 大きなイノシシのようなの魔獣である。
その牙は人の体よりも大きく、貫かれると、確実に人体は引き裂かれるだろう。
そんな、巨大なイノシシの魔獣を見て、ビジイクレイトは思わずひるんだ。
あそこまで大きな生き物に、人が対抗できるとは思えない。
その化け物に相対するように、鎧をまとった冒険者たちが武器を構えている。
しかし、彼らは誰も立ち上がってはいなかった。
ある者は倒れ、ある者は起きあがろうと折れた腕を地面につけ、ある者は仲間……もしくは自身を守ろうと片膝をついたまま、盾を構えている。
彼らに対してか。
それとも、新しくやってきた愚か者に対してか。
『デッドリー・ボア』は鼻息をならした後に、大きく咆哮を上げる。
「ビィギイイイイイイイイイイイイ!!!」
「ぐっ!?」
それだけで、ビジイクレイトの体が宙に上がり、3メートルほど後退してしまった。
『……こんな化け物でも、レベルは5か』
つまり、5人の騎士で戦う相手。
ビジイクレイトが5人いても、この『デッドリー・ボア』に勝てる気はしないのだが。
『今ので、冒険者たちは皆倒れてしまったようだね』
起きあがっていた者もいた冒険者たちは、意識を失ったのか、地面に倒れていた。
『……死んだ?』
『確かめる余裕はないな』
冒険者たちにとどめを刺そうとしているのだろう。
ビジイクレイトの存在に気づいているはずの『デッドリー・ボア』は、冒険者たちの方を見たまま、鼻を鳴らしている。
そして、そのまま彼らに向かって突進しようとした。
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