第92話 『ツウフの魔境』の奥地 1
次の日。
ビジイクレイトとジスプレッサは、魔境の奥地までやってきた。
ここまでで、鐘一つ。約1時間。
『ツウフの魔境』が夜になり、閉まるまで、あと9時間といったところだ。
「ジスプレッサ様! 今です!」
「『火の希望』」
ビジイクレイトの合図に答えるように、ジスプレッサの杖から業火が放たれる。
その炎が、地面に倒れているコウモリのような魔獣達を焼いてしまった。
「お見事です」
完全に燃え尽きた魔獣たちの様子を確認しながら、ビジイクレイトはジスプレッサの戦闘服の魔石を変えていく。
「……ここまできて、今日初戦闘か。奥地でもあまり襲われなくなってきたな」
「毎回、きっちりと全滅させていますからね」
奥地にいくと、魔獣の種類が変わる。
簡単に言えば、強くなるのだ。
レベル1相当の『デッドワズ』ではなく、さきほど襲いかかってきた大きなコウモリのようなレベル2相当の魔獣。
『シュモンシュクレガー』などが襲いかかってくる。
しかし、レベル1の魔獣も、レベル2の魔獣も、ジスプレッサの炎で燃え尽きることに変わりはなかった。
「ジスプレッサ様のおかげですよ。奥地の魔獣を一撃で燃やして、警戒されるほどの炎とは思いませんでした」
ビジイクレイトの賛辞に、ジスプレッサは少し不機嫌な顔をする。
「あまり褒められている気がしないな。私としては、レベル2の魔獣たちでも、一カ所に集めてしまえる少年の方がよほどスゴイと思うのだが……」
「前も言いましたが、それも含めてジスプレッサ様の功績ですよ」
実際、ジスプレッサが一撃で魔獣たちを葬ると思っているからこそ、ビジイクレイトも無茶が出来るのだ。
普通に戦えば、レベル2の魔獣という『神財』を持った騎士が二人も必要になる化け物に、ビジイクレイトはすぐに殺されるだろう。
「回復したら進みましょう。今日の狙いが何かわかっていますね?」
「ああ……今日こそ、最奥にある『魔聖石』を手に入れるのだろう?」
ジスプレッサは、目を輝かせていた。
「え? 違いますよ?」
そんなジスプレッサを、ビジイクレイトは即座に否定する。
「違うのかい!? 朝言っていたじゃないか!」
「僕は、これまでの情報から、一番最奥のある確率が高い道を進むと言っただけです」
ビジイクレイトの返答に、ジスプレッサは頭を横にする。
「それは……同じではないのか?」
「違います。いいですか、確率が一番高い道を進むだけで、最奥がなかったら戻りますし、時間が来ても戻ります」
「……む」
つまり、ビジイクレイトが言っているのは、今日、なにがなんでも『魔聖石』を取りに来ているのではないということだ。
そのことを、ジスプレッサも理解したのだろう。
不満げな顔を浮かべてビジイクレイトをみる。
「……あの貴族のような少女たちは、あの日からずっと『ツウフの魔境』に籠もっているのだろう? あの装備であの人数だ。そろそろ『魔聖石』を手に入れてしまうのではないか?」
ジスプレッサが言っているのは、受付で会った上位貴族のサロタープのことだ。
彼女たちは、あの日からこの『ツウフの魔境』の探索を続けている。
「逆に言えば、まだ手に入れていないのですよ。おそらく、選んだ道が最奥に続いていなかったのでしょう」
ジスプレッサの顔色がかなりよくなる。
彼女が立ち上がるのに手を貸しながら、ビジイクレイトは言う。
「彼女たちが進んだと思われる道は検討がついています。今日行くのは、別の道なので、僕たちが『魔聖石』を手に入れる確率は十分ありますよ」
「……少年がそこまで言うなら、信じるぞ」
ジスプレッサの言葉に、ビジイクレイトは笑顔を返した。
『……それで、実際のところはどうなんだい?』
『どうって?』
『主は、今日の探索で『魔聖石』を手に入れることが出来ると思うのかい?』
『んー……無理じゃない?』
しれっとした顔でビジイクレイトは言う。
『おいおい主よ。それはさすがに……』
『そんなこと言われてもな。ルート的には、今日進むのは五番目に最奥がある確率の高い道なんだ』
『おいおいおいおい。先ほど、チョロプレッサには『確率が一番高い道』を進むとか言っていなかったかい? うら若き少女に嘘をつくとは……このクズ主め』
『おまえ、ジスプレッサのことをそんな風に言っていたのか……確かにチョロいな、って思うことは多いけど、やめろよ。あと、嘘は言っていないからな。俺的には、この道が一番確率が高いと思っているんだ』
魔境は複雑な迷路であることが多い。
特に、封印された奥地となると、長い年月を経て文字通りの『魔境』となる。
十日以上、『閃光部隊』が探索しても、最奥があると思われる道は二十を越えるのだ。
統計などから、どのルートに最奥があるのか分析はされているが、それでも一番確率が高いルートでせいぜい三十パーセントといったところなのである。
そして、その一番確率が高いルートの先に、最奥はおそらくない。
『一番確率が高いルートには、これまで何組も冒険者達が向かっているが、最奥にはたどり着いていない。探索が続いているから、最奥がないか、それでも最奥があるが、とても遠い場所なのかのどちらか、だ』
この程度、後発組であるサロタープ達も気づいている。
『だから、二番目に確率が高いルートをサロタープ達は選んでいるはずだ。しかし、それでもまだ『魔聖石』を手に入れてはいない』
『それだと三番目や四番目に確率が高い道を選んでもよかったのではないかい?』
『三番目も四番目も、探索はある程度進んでいるが、奥まで調べ終わっていないからな。けっこう複雑で長いルートみたいだ』
『ふむ。日帰りするには不向きなルートというわけだね。では、今日進む五番目のルートは短いのかい?』
『短いってほどじゃないけど、俺とジスプレッサなら奥まで進んで戻れるはずだ。それに、このルートはちょっと気になっていてな』
ビジイクレイトが、少しだけ笑う。
『気になるとは?』
『このルートで、一昨日、『魔聖石』が見つかったんだ』
『それは、何か関係あるのかい?』
『まぁ、あまり公にはされていないけど……昨日、『魔聖石』を食べる魔獣がいるって話をしただろ?』
『ああ、言っていたね』
『『魔聖石』を食べた魔獣は、その味を覚えて、最奥の『魔聖石』を目指すって話がある。で、最奥の『魔聖石』を魔獣が食べると死ぬけど、『聖石』で作られた質の悪い『魔聖石』を食べても、『デッドワズ』みたいな弱い魔獣なら数日で死ぬんだよ。そして、死んだ魔獣から出た『魔聖石』は、別の魔獣に食べられる』
『もしかして、そうやって質の悪い『魔聖石』が最奥の『魔聖石』に近づいていく、と?』
『そういう仮説があるってだけだ。ただ、そうやって最奥に近づいた『魔聖石』を見つけられたとしたら・・・・・・』
『ふむ。つまり、ここは統計では5番目に確率の高いルートだが、『魔聖石』が見つかった道だから、『最奥』に続いている確率が高いというわけか。しかし、主は本当に物知りだ』
『本があったから、読んだだけなんだがな』
それから、ビジイクレイト達は一時間ほど五番目のルートを歩き続けた。
途中で一度だけ魔獣の群と遭遇したが、問題なく倒せている。
そこまで進んで、ビジイクレイトたちは足を止めた。
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