第91話 【指定封印/閲覧不可】№06-01


№04 №05 現時点では不適と判断





◇調査対象:サロタープ




 サロタープ・バーケット 12歳。

 

 南西の領地、バーケット家の領主の長女。


 下に腹違いの弟と妹が2人いる。


 彼らは妾の子供で、サロタープの母親が死んだあとに、正式にバーケット家の一員となった子供達である。


 通常、そのような子供達などと良好な関係は築けないモノだろうが、サロタープは、弟と妹達のことを溺愛していた。


 それは、もしかしたら無くなった母親の代わりに肉親の情を求めていたのかもしれないし、彼女なりに気丈に振る舞った結果なのかもしれない。


 だが、サロタープの彼らに向ける愛に、偽りはないだろう。


 なぜなら、彼らが立派な貴族になれるように、サロタープは、危険な場所であると承知の上で、ここ、『ノーマンライズ』の『ツウフの魔境』にやってきているのだ。


 全ては、魔境で『魔聖石』を手に入れるために。


 弟と妹達が、『神財』を賜れるように。






「お嬢様。野営の準備ができました」


「ええ、ありがとう。アライアス」


 サロタープが従者であるアライアスにお礼を言うと、アライアスが首を振る。


「お嬢様。いつも申しておりますが、私どもに礼などは不要です」


「あら? 私がこうして『魔境』の中で行動できているのも、アライアス達のおかげだもの。お礼くらい言わせてくださいな」


 そして、サロタープはアライアスの後ろで野営の準備をしていた冒険者たちにもお礼を言う。


「『黒猫の陰影』の皆様も、野営の準備ありがとうございます」


「お嬢様!」


「どんな立場であろうと、礼を尽くす。上に立つモノならば、当然ですわ」


 そう言いながら、サロタープは膝をついている『黒猫の陰影』の団長である男性、スカッテンの前まで歩いていく。


 今回、サロタープの護衛として雇われている『黒猫の陰影』は、国中の魔境を巡る10人組の冒険者のパーティーだ。


 その実力は高く、一人一人が『デッドワズ』などの『レベル1』の魔獣程度なら個別に倒すことができる。


 そんな彼らのおかけで、こうして『魔境』のなかでも野営をすることができるのだ。


「夕食に、私、スープを作りましたの。お口に合えばよろしいのですが、よろしければ皆様でお食べになって」


 上位貴族から声をかけられ、なんと答えていいのかわからずにスカッテンは顔を上げて固まっている。


 しかし、サロタープの純粋な目を見て、スカッテンは苦笑して顔を下げた。


「……ありがたく、頂戴いたします」


 スカッテンの返事に満面の笑みを浮かべて、サロタープが用意された天幕まで下がる。


 天幕にはイライアがいて、サロタープのために寝床を整えていた。


「お嬢様。また料理などしたのですか。しかも、それを平民に配るなど……」


 アライアスも天幕に入ってきて、サロタープに詰め寄る。


 かなり不機嫌だとわかるアライアスに、サロタープはそっと息を吐いた。


 アライアスも、イライアも、サロタープが幼いころから側にいる従者であり忠臣だ。


 今、アライアスがサロタープを叱っているのも、その忠義からであることは、サロタープもわかっている。


 サロタープのため『ツウフの魔境』にまでついてきてくれるのだ、その忠誠心に疑いはない。


 しかし、叱られても気が滅入らない理由にはならない。


 助けを求めるようにサロタープはイライアの方を見るが、イライアは目線をそらして助けてくれなかった。


 声には出さないだけで、イライアもアライアスと同じ気持ちだったのだろう。


 まだ、アライアスの説教は続いている。


 サロタープもそろそろ聞き飽きてしまった。


「わかったから。もういいでしょう、アライアス」


「よくないですよ、お嬢様。平民ごときに、貴族が料理を配るなど」


「……その貴族の料理に助けられたのは、アライアスもでしょう?」


 サロタープの返答に、アライアスが口を閉じる。


「彼らとあのときのアライアスたちでは、状況が違うけど……食事は人の心を豊かにする。ただでさえ危険な場所だもの。食事で少しでも互いの距離を縮めることも大切だと思わなくて?」


 黙って聞いているアライアスに、サロタープは続ける。


「本当は一緒に食事をとることができればそれがいいのでしょうけどね」


「彼らは所詮、雇われただけの平民です。それに、『黒猫の陰影』は全員男性です。お嬢様と食事の場を共にするなど、許可できません」


 寝床の準備をしていたイライアが、サロタープに言う。


「そうでしょうね……女性だったら、食事を共にすることはできたのかしら」


 サロタープは、ふと受付で出会った少女のことを思い出した。


 おそらくは、サロタープのことを貴族の子供だと理解していたのに、毅然した態度で意見を言ってきた少女。


「ジスプレッサ、だったかしら。本当に、あの子を護衛にできていたら、楽しかったでしょうに……」


「そんなに、あの者のことが気に入ったのですか?」


「同年代の子だったから……彼女も貴族なのかしら」


「それはないでしょう。お嬢様が家名を名乗ったのに、あちらは何も言わなかったのですから」


「それもそうね……」


 しかし、サロタープは気になることがある。


「けど、強そうな護衛の子を連れていたわよね?」


 サロタープは、ジスプレッサの隣にいた男の子のことも気になっていた。


「……護衛の者はおりましたが、強そうでしたか?」


「お嬢様と同じくらいの年齢の少年でしたが……」


 アライアスとイライアの意見に、サロタープは苦笑する。


「そうですわね。私と同じくらいの年齢の少年でしたし、そう思うのも無理はありませんわね」


 しかし、サロタープはしっかりと彼のことを見ていた。


「けど、あの立ち振る舞い……まったく隙がありませんでしたわ。私も貴族の端くれですもの。ある程度の訓練は受けておりますから……」


 サロタープは上位貴族の娘だ。


 そのため、レベル1の魔獣程度なら倒せるように訓練を積んできた。


 しかし、ジスプレッサの隣にいた少年に勝てるとはサロタープは少しも思えなかったのだ。


 サロタープの父や、教えに来ていた教師の騎士と比べても、遜色ない実力はあるはずだ。


「もしかして、彼が貴族なのかしら」


 ふと、サロタープは思いつきを口にしてみた。


「貴族だとしたら、どこのかしら……『ノーマンライズ』に近い貴族で強い者が多いのは、『ノールィン』だけど、あそこは『聖剣士』様がいるから違うでしょう。遠いけど、『アイギンマン』には神童がいるのだったかしら?けど、『アイギンマン』の神童は、双子という話ですし……」


 色々と予想まで言い出したサロタープの意見に、アライアスもイライアもそろって否定する。


「それはないでしょう。貴族が平民の護衛など、フリでもするとは思えません」


「装備も、平民の少女の方が『魔聖具』の武器を持っておりました。ありえないでしょう」


 アライアスもイライアも、ここまでサロタープの意見を否定するのは、彼らが実際にジスプレッサに切りかかった際に、少年、ビジイクレイトが彼女を命がけで守ったからだ。


 仮にビジイクレイトが貴族だとしたら、ジスプレッサを守ろうとすることはおかしいだろう。


「でも、気になりますわね」


「そんなことよりも、お嬢様。お嬢様が気にするべきは、今の我々の状況でしょう」


 うーんと考えていたサロタープに、アライアスは言う。


「今、我々は2番の道を進んでいます。しかし、丸二日探索しても、『魔聖石』は見つかっておりません」


 2番とは『ツウフの魔境』の奥地に道に付けられた番号だ。


 意味はそのまま、『魔聖石』が発見される確率が2番目に高い道のことである。


「そのことですか。『黒猫の陰影』の皆様はどのような意見でしたか?」


 昨日、アライアスに同じことを聞かれて、サロタープは『黒猫の陰影』に意見を聞くように命じていた。


 しかしサロタープの返答に、アライアスはさらに顔を険しいモノにする。


「お嬢様。貴族が平民の意見を求めてはいけません」


「……『黒猫の陰影』は優秀な冒険者たちです。彼らに今の状況について意見を聞くことは間違いだと思いませんが」


 アライアスとイライアは、そろって大きく息を吐いた。


「いいですか、お嬢様。彼らは優秀だといっても、所詮は平民です。彼らの言葉に何の意味もありません」


「お嬢様は、『魔境』についても学んで来たはずですよ?それならば、この程度のこと、ご自身で判断するべきではないですか?」


 アライアスとイライアの意見に、サロタープは思わず怪訝な顔をする。


「『魔境』について学んだといっても、座学のみです。実際に行動して得た経験が、本に記されている内容に勝るとは思えません」


「だから、平民に意見を求めるのですか? 上位貴族の娘として、情けないと思わないのですか?」


「……意見を聞くという判断をしているのです。アライアス。『黒猫の陰影』の皆様にこれからの方針について尋ねて来なさい。その答えによって、私が決めます」


 わざとらしく息を吐いたあと、「情けない」とこぼしながら、アライアスが天幕から出て行く。


 イライアは額に手を当てて、嘆いていた。


 仕える主のために、苦言を呈すのも、従者の仕事の一つだろう。


 サロタープ自身も、上位貴族の娘としては平民に対して距離が近いとは分かっている。

 しかし、そのことが悪いとはどうしても思えないのだ。


 意見が食い違うアライアスたちに対する不快感と不信感を、サロタープは自分が作ったスープと共に飲み込んだ。

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