第90話 『聖石』と『魔聖石』
「うそつきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
ジスプレッサが、泣きながらジタバタと暴れている。
昨日、二回目の『ツウフの魔境』の探索を終えて戻ると、受付所が盛り上がっていた。
なんでも、『白猪の長牙』という冒険者のパーティが、『魔聖石』を見つけたらしい。
彼らは、初日に冒険者の死体を回収していた冒険者たちだった。
そのことを知ったジスプレッサは、機嫌を悪くして、昨日から泣いているのだ。
「いいかげん落ち着いてください。もうお昼ですよ?」
「落ち着けるわけがないだろう? 『魔聖石』を手に入れて貴族になるためにがんばってきたのに……うううう……」
「『ツウフの魔境』で『魔聖石』を手に入れる機会はまだありますから、落ち着いてください」
「……どういうことだい?」
ずっとベッドの上で暴れていたジスプレッサは、ビジイクレイトの言葉を聞いて、顔を上げる。
「調べてみましたが、どうやら昨日『白猪の長牙』が手に入れた『魔聖石』は、『ツウフの魔境』の最奥にある『魔聖石』ではなかったようです」
『魔聖石』は、『魔境』の要として最奥に一つ、必ず存在している。
しかし、一つの『魔境』に『魔聖石』が一つとは限らない。
『魔境』の道中に、いくつか『魔聖石』が発生している場合があるのだ。
「『魔境』の奥地は、開拓するとき以外は封印されていることは知っていますよね?」
「ああ、神殿が封印するんだろ?」
「そのときに、『聖石』が使われるんです」
『聖石』とは、主に神殿で作られる白く輝く石だ。
十聖式の試練の時に使った石である。
「『聖石』は『魔石』とは違って弾く性質があるのですが……長い間『魔境』に置いておくと、『聖石』に『魔境』の要素が……『魔石』の要素が混ざっていきます」
「混ざる?」
「ええ、そうやって、『聖石』が『魔聖石』変化してしまうのです」
ビジイクレイトの説明を、ジスプレッサは理解するように何度か頭を動かす。
「変化してしまう、という言い方が気になったのだが、何か不都合があるのか?」
「不都合というほどではないですが、そうやって出来た『魔聖石』は、『魔境』の最奥にある『魔聖石』よりも質が悪いです。それに、その『魔聖石』を『魔獣』が食べる……なんてこともあるんですよ」
「『魔聖石』を魔獣が食べる? そんな話は聞いたことがないぞ?」
『……しまった。これ、たしか、一般には公開されていない秘蔵図書の内容だ』
ビジイクレイトは図書室の本をすべて読んだので、一般的に知られていない知識も持っていたりする。
『それは、知られてはまずいことなのかい?』
『んー……まぁ、特に問題はない、かな?』
しかし、念のために誤魔化すことにする。
「あー……僕も噂に聞いただけなので、詳しくは知らないんですけどね。普通は食べないでしょうし」
「まぁ、そうだな。魔獣が『魔聖石』を食べるなら、最奥の『魔聖石』はなくなるはずだ」
ジスプレッサの指摘は、もっともな点だ。
『最奥の『魔聖石』が食べられないのは、なぜだい?』
『単純に、質の違いだな。最奥の『魔聖石』は、魔獣に食べられるほど弱くないってことだ』
『弱くないとは、まるで『魔聖石』と戦うような言い方だな』
『……戦うわけじゃないが、『魔聖石』は高純度のエネルギーの固まりだからな。ほとんどの魔獣は、『魔境』の最奥にある『魔聖石』なんて食べたら即死するぞ?』
ビジイクレイトはマメとの会話を止めて、ジスプレッサをみる。
「とにかく、道中にある『魔聖石』は、『聖石』が変化したモノでも、自然に発生したモノでも、質も良くないです。どこにあるか……そもそもあるかどうかもわからない。なので、最初から狙っていた『魔聖石』ではないので安心してください」
「……つまり、私はまだ貴族になれる可能性があるということ、か」
「はい」
ビジイクレイトの答えに、ジスプレッサは満面の笑みを浮かべて跳ね起きる。
「よかったーーー! そうか! そうか!!」
ぴょんぴょんとはねて、ベッドが揺れる。
ついでに、ジスプレッサの豊かな胸も揺れまくる。
『まったく、主は、この光景をみるためにあんなことを言って……そんなにおっぱい地獄がほしいのかい?』
『断じて違うからな!? ジスプレッサにおっぱいがあってもなくても、言っていた内容に変わりはないからな、マジで!』
マメからの風評被害を、ビジイクレイトは否定する。
『そのわりには、しっかり見ているようではないか』
『それはそれだからな』
いいものが見れました。
ひとしきり飛び跳ねたジスプレッサは、目を輝かせてビジイクレイトに言う。
「よし! では少年! さっそく『魔境』に行こう!」
「今日は行きませんよ?」
「なぜだい!?」
ジスプレッサは、わかりやすく驚いている。
「なぜだいって言われても、もう昼ですよ? 今から準備して出かけても、探索なんてマトモに出来るわけがないじゃないですか」
「そんなぁ……」
ジスプレッサがまたベッドに倒れ込む。
「だったら、『魔境』の中で泊まり込めばいいじゃないか。先に進んでいる者たちは、皆そうしているのだろう?」
「泊まり込んでの探索はしないと、話しましたよね? 二人だと、見張りを立てるのにも限度がありますから」
「それで本当に『魔聖石』は手にはいるのかい?」
またジスプレッサはグスグスと泣き出しそうになっている。
「……『魔聖石』を手に入れるために、必要だと思っています。死んだら、『魔聖石』は絶対に手に入らないんですよ?」
ジスプレッサは口を閉じる。
「これから、僕は少しでも『魔聖石』を手に入れる確率を上げるために、情報を集めてきます」
「じゃあ、私は……」
「ジスプレッサ様は、明日からの探索のために心身を整えておいてください。明日も泣いたら、探索を中止しますからね」
「うう……わかった」
しゅんと落ち込んだジスプレッサを残して、ビジイクレイトは部屋を出る。
そして、そのまま宿の受付までやってきた。
「こんにちは、ジスプレッサ様の様子はどうですか?」
受付にいたカッツァが、ニコリとビジイクレイトに挨拶をする。
「明日には探索が出来るようになるかな……それで、頼んでおいたことは、何かわかったか?」
「はい。それでは、あちらで話しましょうか」
カッツァに連れられて、奥の部屋へ行く。
カッツァとビジイクレイトは、向かい合うように座ると、一口お茶を飲んでから話し始める。
「依頼されていたバーケット家とノーマンライズ家の関係についてですが、バーケット家がノーマンライズ家に色々援助しているようですね」
よその貴族に自分の領地で採れる『魔聖石』を譲ることは、ほとんどない。
貴族の子供が貴族として『神財』を賜るのに必要で、さらに下位の貴族を増やすためにも使うのだ。
『魔聖石』なんて、いくらあってもいい。
そんな貴重で重要な『魔聖石』の採取を許可するなど、それ以上に重要な関係でなくてはいけない。
「それで?」
「……現在、『ツウフの魔境』を開拓しようとしているサロタープ・バーケットですが、どうやら母親を殺されているようですね」
カッツァは、サロタープの家族構成が書かれた書類を広げる。
「……そうか」
書類に書かれている情報は、ビジイクレイトが予想していた内容と、それほど変わりなかった。
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