第89話 『ツウフの魔境』の攻略 3

「……しかしなぁ、少年」


「なんですか?」


 しばらく歩いていると、不満げな顔を浮かべてジスプレッサが聞いてきた。


 ちなみに、まだしっかりと手はつないでいる状況である。


「『魔境』は、奥地の先もあるのだろう? それなのに手前で引き返していては、いつまで経っても最奥にある『魔聖石』までたどり着かないのではないか?」


「そうですねぇ……帰ってから説明しようと思っていたのですが、まぁいいでしょう。ジスプレッサ様は、奥地までいくのに僕たちが何回魔獣に襲われたか覚えていますか?」


「ん? 何回だったかな……8回、とか?」


「正解は12回です」


 ビジイクレイトはこれまでに倒した魔獣の魔石が入った袋を見せる。


 50個はあるだろう。


「……そんなに戦っていたか。少年が魔獣たちを一カ所に集めてくれて、そこに打ち込むだけで正直楽勝だったからあまり戦った気がしないなぁ」


「ジスプレッサ様が一撃で焼き尽くしてくれたので、こちらも安全に戦えました。っと、そんな話ではなく、明日はおそらく、今日の半分……5回ほど戦えば、奥地にたどりつくことが出来るはずです」


「……どういうことだ?」


 ジスプレッサが首を傾げる。


「魔獣も生き物です。そして、生き物は学習する。危険な存在に対しては学んで警戒するんです。僕たちが魔獣に襲われたのは、はじめてみる人間の子供だったからです」


 魔獣だって、人間は危険な存在であると認識はしている。


 しかし、子供や、武装していない弱そうな人間には襲いかかるのだ。


「今、魔獣たちは僕たちの情報を共有しているはずです。人間の子供ふたりだが、危ないぞって」


「そういえば、行きと違って帰りは襲いかかってこないな……」


 行きと帰りは違う道を通って帰っているのだが、これだけ歩くと行きのときは魔獣に一度は襲われていた。


 しかし、今はその気配がない。


「情報が回っているんでしょうね。もっとも、完全に襲われないってことはないでしょうけど」


「ふむ……信じられないが、少年の言うとおりみたいだな」


 ジスプレッサが、少しだけ疑うようにビジイクレイトをみる。

 

「どうされました?」


「いや、少年はそんな情報をどこで知ったのか、と。魔獣が人を個別に認識して警戒するなんて話は聞いたことがないぞ?これでも、いろいろ冒険者の話は聞いたことがあるのだ」


 ジスプレッサの家は、元貴族だ。


 そのつながりで、冒険者が家に遊びに来ることも多かったらしい。


「ただの学説ですからね。そして、学説の多くは『なんとなくそう思っていることの説明』が多いんですよ。だから、ジスプレッサ様のお知り合いの冒険者の方も、話はしなくても経験として、魔獣が学習していることを知っていると思いますよ?」


「そうか……ん?」


「魔獣みたいですね」


 足を止めて、ビジイクレイトが剣を抜く。


 ジスプレッサはそっとビジイクレイトから離れた。


「では、まとめてきますので、あとはお願いします」


「……ああ。任せた」


 ジスプレッサは杖を握る。


 その様子を確認して、ビジイクレイトは魔獣が隠れている通路へ向かった。








「こちらが本日買い取りした魔石の買い取り金額でございます。ご確認ください」


 行きと帰りに遭遇した魔獣から手に入れた魔石を『ツウフの魔境』で換金したビジイクレイトは、内容を確認してお金を受け取る。


『デッドワズ』など、レベル1の魔獣たちの魔石が合計で97個。


 レベル1の魔獣の魔石は、1つで10000シフが相場だ。


 開拓が公開されていることで増えている買い取り金額と、手数料などが相殺されて合計で約100万シフが、今回の探索の成果となった。


『こちらの通貨、1シフが1円くらいの価値なのだったね、主よ』


『まぁ、だいたいそれくらいだな。もちろん、モノによってはそもそもの金額が違うから、目安というか感覚的なものだが』


 たとえば、平民の平均年収は100万シフくらいだ。


 価値とは、簡単に比べられるモノではない。


『それでも、100万円近い金額が手には入ったのだよ? 興奮しないのかい?』


『俺は、元々貴族だからな。これくらいは、大騒ぎするほどじゃないというか……』


 100万シフが入った袋を雑にビジイクレイトは背嚢に入れる。


『なるほど。しかし、彼女も平然としていないかい?』


 ビジイクレイトの隣にいるジスプレッサも、普段と様子が変わらなかった。


 じっとビジイクレイトがジスプレッサを見ると、ジスプレッサは不思議そうに聞いてきた。


「どうした?」


「ん、いや……今日の成果ですけど……」


「ああ……それは少年のモノだ。100万シフくらいあるのだろう? それでなにを買うのかい?」


 ジスプレッサが笑っている。

 何の裏もなく、ただうれしそうに。


『どうやら、彼女もそこまで驚いていないようだね。元貴族だからか?』


『そんな感じかな? たぶん』


 マメと軽く会話したあと、ビジイクレイトはジスプレッサとはなしながら宿へ向かう。


「しかし、まさか一日でそんなに倒せるとは思わなかったな。私が今まで倒してきた魔獣の数よりも多いと思うぞ?」


「……奥地の封印が解放された『魔境』での成果ですからね。通常時よりも魔獣の数が多いですし」


「……そうか」


 そこでジスプレッサは会話をやめて、じっとビジイクレイトの目を見つめてきた。


「どうしました?」


「いや、なんでもない」


 ジスプレッサは軽く笑うと、すたすたと歩きはじめる。


「なぁ、少年」


「はい。どうしましたか?」


「『魔聖石』を、手に入れることは出来るんだよな?」


 少し考えて、ビジイクレイトは答える。


「今日の探索に、問題はなかったように思えます。明日、奥地に入ってみて大丈夫なら……手に入れることが出来るのではないでしょうか」


 ビジイクレイトの答えに、ジスプレッサはうれしそうに笑う。


「そうか。信じているからな、少年。二人で『魔聖石』を手に入れよう」


 ジスプレッサはビジイクレイトの手を握った。


 そのまま、二人は並んで歩いていく。



 そして、次の日。


『ツウフの魔境』で、『魔聖石』を獲得した者が現れた。

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