第88話 『ツウフの魔境』の攻略 2

「あいかわらずの火力ですね。『威風の外套』がなかったら、僕も普通に火傷していますよ」


 通路の端の方で、『威風の外套』で身を守るようにしていたビジイクレイトは、デッドワズの群が動かなくなっていることを確認すると、ジスプレッサの元にむかった。


「褒めてくれるのはうれしいが……あのまま少年が『デッドワズ』を倒してしまってもよかったのではないかい?」


 ジスプレッサは頬を赤く染めている。


 照れているのではない。


『火の希望』を使用した反動で、体が熱を持っているのだ。


「僕が倒すのは無理ですよ。言ったでしょう?相手は魔獣です。剣があれば僕でも傷を負わせることくらいはできます。しかし、命を奪うのは容易ではありません。『手負いの獣が一番危ない』というでしょう?」


 魔獣の生命力は、通常の生き物とまるで違う。


 普通の獣でさえ、致命傷を与えてもしばらくは動くのだ。


 魔獣の場合、心臓を貫かれようが、頭を切り落とそうが、数秒は動ける。


 そして、その数秒で、周りに被害を与えるのだ。


 ビジイクレイトの説明に、ジスプレッサは少し不服そうだ。


「仮に、僕が『デッドワズ』のとどめを刺そうとしたら、その『デッドワズ』に妨害されて、ほかの『デッドワズ』に殺されます。わかっていると思いますが、僕は弱いんですよ。出会ったころ、殺されかけていたでしょ?『デットワズ』を殺すなんて、僕にはできません」


『聖剣士』であるヴァサマルーテほどではなくても、カッステアクやカッマギクの実力があれば、『デットワズ』の群れを一人で倒すことができるかもしれない。


 しかし、弱いビジイクレイトでは、せいぜい傷をつけるのが精一杯なのだ。


「なので、ジスプレッサ様のその火力は、正直助かっています。僕には出来ないので」


「……そうか。わかった。では、そろそろ頼む」


 ジスプレッサは力無く座り込んだ。


「はい。では失礼しますよ」


 そういって、ビジイクレイトはジスプレッサの外套を開ける。


『チュンチュン……』


『違うってわかっているだろ』


 ジスプレッサの体から熱気を感じる。


 そのジスプレッサの腰に手を当てると、肌に張り付いている運動着の箱のような部分の蓋を開けた。


 中には透明の石が入っている。


 その透明な石と、水色の石を入れ替えて、蓋を閉めた。


「んぁ……はぁ……生き返る」


 すると、ジスプレッサがほっと息をついた。


「『氷華の衣』の冷却機能に問題はないですか?」


「ああ、ありがとう……」


 ジスプレッサから感じていた熱気がどんどん下がっていく。


『あいかわらず、無駄にエロいね』


『……一応、人命救助というか、なにもしていないからな? ただの仕事だ』


『火の希望』を使用したあとに上がる体温を下げる『氷華の衣』の冷却機能。


 ジスプレッサがビジイクレイトに協力を求めたのは、その『氷華の衣』を動かしている『魔石』を交換させるためだった。


『しかし、腰に下げている『魔石』を交換するだけだったら、彼女でも出来るだろ?  主がする必要があるのかい?』


『ほら、冷却用の『魔石』って以外とかさばるし、荷物持ちとして俺はいたほうが……』


『いや、だから交換は彼女自身で出来るだろう? なんで主がわざわざ交換しなくてはいけないんだい?』


 それは、正直なところビジイクレイトにもわからない。

 最初は、拳二つ分はある大きな『魔石』の運び役としてジスプレッサはビジイクレイトを必要としていると思ったのだ。


 しかし、なぜか腰の部分にある『魔石』の交換までジスプレッサは求めてきたのである。


 頬を赤くして、少し息づかいが荒い少女に近づくのは、ビジイクレイトとしても思うところはあるのだが。


『ふむ……やはり、これはチュンチュンチュン!』


『昼チュンじゃないって言っているだろ!だから、昼チュンってなんだよ!』


 ビジイクレイトとマメがそんな会話をしている間に、ジスプレッサも体温が下がったのだろう。


 ゆっくりと起きあがる。


「……よし、待たせたな。では、先へ進もう」


 ジスプレッサの顔色は元に戻っていた。


「ええ、では僕が先導します」


「頼む」


 ビジイクレイトを先頭に、彼らは『魔境』の奥へと進んでいった。



 通路の先に、開かれた大きな扉がある。


 これまでの通路はすべて光沢のある白色の素材で出来ていたが、その扉は光沢がなく、どこか異質だ。


 そのことで、その扉が本来この『魔境』に存在するモノではなく、あとから人工的に作られたモノだとわかる。


「ここから先が、これまで封印されていた『ツウフの魔境』の奥地のようですね」


 扉の先から伝わる、これまでとは違う空気の圧のようなモノを感じて、ジスプレッサはのどを鳴らした。


「ふ……ふふ。面白い。さぁ、行こう少年。私たちがここの『魔聖石』を手に入れ、貴族となるのだ!」


 意気揚々とジスプレッサが一歩踏み出す。


「はい。じゃあ戻りますよ」


 そのジスプレッサの手を引いて、ビジイクレイトは彼女の歩みを止めた。


「うおっ!? なんで!? なんで止めるんだ少年!?」


「なんで、って打ち合わせはしていたじゃないですか。初日は封印されていた奥地には行かずに、それ以外を探索するって」


「しかし、だね……」


「僕も、ジスプレッサ様も、今回が初めての魔境ですよ?それで、ここまで来られただけでもスゴいんですから、今日はあきらめて帰りますよ」


 ぐいぐいとビジイクレイトはジスプレッサの手を引くが、ジスプレッサも涙目で抵抗する。


「ううう……ここまで来て帰るなんて……というか、帰る? え、少年。帰るって探索をするのではないのかい?」


「いえ、帰りますよ? もう鐘一つ分は魔境を歩いたのです。様子見としては十分でしょう」


「イヤだぁあああ! 早すぎるぅううう!」


 だだっ子のように抵抗し始めたジスプレッサにビジイクレイトは諦めと呆れを混ぜ合わせたような顔を浮かべる。


 そして、彼女の手を強く引いた。


「うおっ!?」


 突然強く手を引かれてバランスを崩したジスプレッサを、ビジイクレイトが受け止める。


 そして、ジスプレッサの耳元で強い口調で言った。


「ワガママ言わずに、帰るぞ? いいな?」


「は……はい……」


 背中をぞくりと振るわせ、ジスプレッサは大人しくなった。


『チョロすぎではないかね?彼女』


『それは俺も思ったけど、まぁ、大人しく帰ってくれるならそれでいい』


 ビジイクレイトが手を引いて、彼らは魔境の奥地から遠ざかった。



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